秘密の真相は…
「秘密……」
「そうだよ。聞きたいでしょ?」
街灯から離れた紫苑の顔は影になっていて、今どんな表情をしているのか読み取れない。
紫苑自ら、自分のことを敵だと言った。紫苑が上条家と雨宮家の秘密を知っていて、その敵である私にその秘密を教えようとしている。
そう考えると、その秘密とは本当なのだろうか?
それに、志摩子の養子とはいえ、どうして紫苑が自分も知らないことを知っているのか……
―もしかすると、これは紫苑の罠?
「ユイちゃん。頭の中であれこれ考えてないで、僕の話を聞いてから、自分で判断すればいいよ。そうでしょ?」
暗闇の中でクスリと笑う紫苑の気配がした。
「その秘密って……」
すぐに聞きたいけれど、聞いてはいけないような気もする。
でも。
怖がってばかりでは、それこそ何も解決などしない。
紫苑が言ったように、聞いてからその話が本当かどうか判断すればいい。そう安易に考えてしまった。
何も言わない結菜を紫苑は話しを聞く覚悟が出来たのだと思い話し始めた。
「僕が知ってるのはね……ユイちゃんのパパとママが亡くなった本当の理由だよ」
「だって……あれは事故って……」
「表向きはね。でも。本当は違う」
「本当は……本当は何なの?」
いったい何があると言うのだろう。
一歩近づいた紫苑の顔が月明かりに照らされた。悪辣そうに笑みを浮かべている紫苑の表情にゾクッと寒気が走る。
「本当はね。殺されたんだよ……」
「え……!?」
―今……なんて……?
「殺されたんだよ。
蓮くんの父親にね…………」
***
どこをどうやってここまで来たのか覚えていない。
今が何時なのか。
今自分はどんな顔をしているのか。
今という時が本当に存在しているのか……
それさえも分からなくなるほどに無心で、ただ、本能のままに歩き、そしてここに辿り着いた。
白く聳える長い長い塀は、自分がここへ来ることを拒んでいるようで、太陽はこんなにも自分を照り付けているのに、その白くて固い壁は、無性に冷たく感じた。
空を見上げると、高く昇った太陽が眩しくて手を翳し、目を細めると、もくもくと綿飴みたいな入道雲が覆い被さり、突き刺さる光線を半減させた。
空を滑るようにゆっくりと移動する雲を見ていると、時間は止まることなく流れ続けていると改めて思わされる。一秒も同じ時はない。そう思うからこそ『今』が本当に大事なんだとそう思った。
「蓮くん……」
そう名前を呟いてみても、隣には愛しい人はいてはくれない。
紫苑が言ったことを真に受けたりはしない。そんなはずはないとそう思っているし、間違いだとそう信じたい。
雨宮グループの裏の組織が人殺しまでするようなところだったとしても、まさか蓮の父親が両親を殺すなんてあり得ないのだ。
蓮の父親の側近、進藤が言っていた。
蓮の父親と自分の両親とはコウナン学園の同級生だったと……
知らない相手だったらともかく、同級生を手に掛けるなんて、そんなこと信じられるはずがない。
「そうだ。ケイに聞けば何か分かるかもしれない」
独り言を言い、ウンウンと頷くと、結菜は来た道を戻ろうと踵を返した。
「あら?上条先輩じゃなくて?」
振り返ると、そこにはひまわりのような笑顔の里沙がいた。いつも学園で蓮の隣にいる里沙が学園だけではなく、蓮の家から出てくる光景に戸惑いを覚えた。
「…………」
白い塀が途切れ、大きな門の柱に備え付けられているカメラが、機械音を鳴らしながら、里沙の後ろ姿を捉えるように向いた。
「レンにご用事かしら?でも残念だわ。リサたちこれからデートだからぁ〜
ねえ?レン。早くいこうよぉ」
門柱の陰から蓮が出てくると、里沙はこれ見よがしに蓮の腕に自分の腕を絡めた。
「暑ちいから離れろ」
「いいじゃない。リサとレンは恋人同士なんだからぁ」
『恋人同士』という里沙の言葉を別に否定するわけでもなく、それでも蓮は里沙の手を振りほどこうとしているが、意地でも離さない里沙に根負けしたようだった。そして、蓮が怪訝そうな顔を上げると――――目が合った。
「上条……」
驚いている蓮と結菜の間に素早く里沙が割って入る。
「あっ。良かったら、先輩も一緒に行きません?その方が二人より楽しいかも。ねぇ?レン。そうしようよぉ〜」
甘えたように上目遣いで蓮に話す里沙を見ていると、二人は本当の恋人同士に見え、自分の中にある嫌な感情がジワッと沸いてきた。
「私はこれから行かないといけないところがあるから……だから、いいよ」
「上条!!」
逃げるように走った背中に蓮の声が突き刺さった。
昨日の朝、確かに蓮は自分のすぐ傍にいた。何度も名前を呼ばれ、何度も交わしたキスの感触を鮮明に覚えている。
蓮はそのことを忘れているように里沙と一緒にいた……
自分ではない違う女の人と―――
紫苑のあんな話しを聞くと、例え嘘だと思っても、もう少しだけ蓮と話しがしたくなった……
少しだけでいい、蓮の顔を見てホッとしたかっただけ。ほんの少しだけ声が聞きたくて、少しだけ蓮の温もりに触れたかっただけ……ただそれだけで、大きな事は望まない。里沙のように腕を組んでデートをしたいだとか、朝まで一緒にいたいとか。そんな彼女みたいなことはもう望まない。ずっと傍にいたいなんて望まないから……
だから…………
私のことをだけを好きでいて欲しかった―――――
いつの間にか溢れた涙を拭うこともせず、すれ違う人々に好奇の目で見られても、全く気にならなかった。
今想うのは蓮のことだけ。
これほどにも蓮を好きだという自分の気持ちが、いっぱいになりすぎて、涙となって身体から溢れ出ている。
この涙が枯れ果てれば、こんなにも痛い蓮に対する想いが、少しは安らぐのだろうか?
もう、他のことは何も考えられないほどに、蓮のことで頭の中は埋め尽くされていた。
パッパ―――――
クラクションが鳴り、歩いていた歩道ギリギリに一台の車が止まった。
「結菜。何泣いてんだよ」
自動で開いた窓から顔を覗かせたケイが、泣いている結菜をからかうように声を掛けてきた。
「蓮くんがね、んっ。里沙って子とこれからデートだって。昨日あんなことがあってよく他の子とデートなんか、グフッ。できるよね。蓮くんって何考えてるのか分かんない!もう。分からないよ!ズズッ」
「結菜。食べるか、泣くか、喋るか、どれか一つにしろ」
「だって。お腹空き過ぎてて。でも悲しいし。腹も立つし。ご飯も食べたい」
「分かったから、とにかく先に食べろ」
「ん」
呆れているケイの顔をチラリと見てから、また目の前に並んだ料理を口に詰め込んだ。
こんなに悲しくても、お腹は空く。ケイだけではなく自分でも自分に呆れた。
ケイはこれからデートだったらしく、女の人を迎えにいく途中に、運悪く泣いている私に遭遇してしまったらしい。その時点でデートはキャンセル。そして、その女の人と行くはずだったお洒落なレストランに、仕方なく私を連れてきたのだと嫌味たらしく言っていた。
「ヒカルに怒られそうだな……」
「何?」
ボソッと呟いたケイの言ったことが聞き取れず結菜は首を傾げた。
「いや。それが本当なら蓮にお仕置きをしなくちゃなって言ったんだよ」
「別にケイに何かして貰おうなんて思ってないよ。私はただ……」
言葉に詰まった。
ただ……
ただ、ケイに確かめようと思っただけ……紫苑が言ったことが本当かどうか。
でも。もしも、それが本当なら――――?
いや。そんなことはない。絶対にない。
「ただ、なんだよ」
「そんな筈はないよね?」
「だから、何がだ?」
話しが見えなくて、少しムスッとしたケイに、結菜は無理に笑って見せた。
「蓮くんのお父さんが私の両親を殺したなんて、そんなのウソだよね」
「…………」
ケイは結菜の発言に驚いているように目を見開いた。
それはそうだ。突然、突拍子も無いことを言われれば誰だって驚く。
「ごめん。ケイ。こんな言い方ってよくないね。ビックリするよね?」
こんな根も葉もない話し……
「それ、誰に聞いた?」
「え?誰って……紫苑って子だけど。その……今私が付き合ってる、志摩子さんの息子……」
付き合ってると言っても、フリだけれど。
ケイは持っていたワイングラスを置くと、真面目な顔をして結菜を見た。
「結菜。それってウソじゃないかもしれない」
−え…………?