交差する想い
結菜と蓮が別れるフリではなく、本当に別れたということだろうか……?
そして、結菜と蓮は別々の人と付き合っている?
それにはなにか事情があって、こっちはこっちで結菜は付き合っているフリをしているんじゃないかとケイは言った。
どんな事情があるのか……
そして、蓮の方にもまた、何かがある……?
「まさか。な?そんな話し。誰が信じる」
「オレだって信じられないさ。でも。ヒカルだって見ただろ?結菜以外で蓮の傍に近づける女なんかこれから先いないって思ってたけど」
確かにそうだ。
それにしても、ここから視界に入っている蓮の姿には、信じがたいものがある。
里沙という、年下の幼なじみに無理矢理連れて行かれた先には、同じような年頃の里沙の友達らしき女の子達が蓮を囲んで笑顔で会話をしている。中心にいる蓮は、いつも見るような眉間にシワを寄せた不機嫌な顔をしているけど、その場から逃げるような様子もなく、表情を変えずただ黙って話しを聞いている風だった。
「おかしいな。今日は蓮の隣には結菜がいるはずだったんだけどな」
蓮の隣をしっかりキープして、未だに蓮の腕に自分の腕を絡ませている里沙を訝しそうに見ながら、ケイはそう呟いた。
「結菜は昨日蓮と一緒だったのか?」
「ああ。結菜がいたオレの部屋にたまたま蓮が来たから、オレは気を利かせて、ツレんとこに泊まったっていうのに。あの二人はなにやってんだか。みてるこっちが苛々するよ」
「結菜。家に帰ってなかったのか……」
自分は忙しすぎて、結菜が家に居ないことすら気づいていなかった。少し前ならこんなことはなかったはずなのに。タキがいなくなってしまったことも、広海と自分の仕事が忙しいことも重なって、結菜をあの家で一人きりにしてしまっていたとが悔やまれる。
「昨日の蓮は酔ってたみたいだしな。覚えてないのかも。もし、知ってたって、あの様子じゃ、喋ってくれそうになさそうだし?」
ケイは半分諦めたようにそう言った。
蓮は話さない。覚えていないかもしれない……
だったら……
「蓮以外の知ってる人に聞けばいいじゃん」
そう言ってヒカルは携帯電話を取り出し、結菜に電話をした。
「どうだ?」
「だめだ。出ない」
家の電話も鳴らしてみるが、呼び出しのコールが虚しく延々と続くだけだった。
「ったく。結菜もなにしてんだよ」
日が長いといっても、ここを出ると辺りはすっかり暗くなっているはずだ。蓮はここにいる。そして、兄貴の自分もここにいる。結菜は友達の所にいっているのか……それとも……
「仕方ない。じゃあ。他に聞く奴は一人だ」
ヒカルは立ち上がると、真っ直ぐに蓮の座っているボックスまで歩いていった。
「あれ?もしかして、HIKARU?」
「ホントだ。HIKARUだよね?」
派手に化粧をした高校生達が自分を見て、口々にそんなことを言っている。
「ちょっと、いいか?」
ヒカルはそんな女の子たちを無視し、蓮の隣に張り付いている里沙を呼んだ。
「里沙ばっかり、ずるい〜。ねえ。里沙は、雨宮先輩と付き合ってるんだから、HIKARUは、あたしたちと遊ばない?そうしなよ〜」
「付き合ってる?」
ヒカルが蓮を睨んでも、蓮は顔色一つ変えず、そして、ヒカルとも目を合わそうとはしなかった。
「みんな、忘れたのぉ?この方、上条先輩のお兄様よ」
「あ……」
里沙の発言で、今まで目を輝かせて笑っていた女の子たちが一斉に身を引くのが分かった。
「リサに用事があるんでしょ?」
行けばいいんでしょ。と言うように、里沙は蓮の腕を漸く放すと、席を立った。
レストルームに通じる通路に入ると、ヒカルは足を止めた。
付いてきているのは里沙だけ。また少し疑問が沸く。
「蓮は君のこと、心配じゃないんだ?」
里沙の顔が少しだけ歪み、そしてすぐに微笑みに変わった。
「レンは、リサのこと信用してくれてるから」
「へ〜信用ね?」
「それで、何の用かしら?」
微笑みをかろうじて崩さず、里沙はうなじに垂れている髪をクルクルと指に絡めた。
「昨日、蓮と何があった?」
「直球なのね。そんなこと、女の子の口から言えない。それに、ベラベラ喋る女だってレンに思われたくないし」
蓮と一緒にいる時とは違い、はっきりと話す里沙には敵意が感じられる。
「『話さない』じゃなくて、何もないから『話せない』ってとこだろ?」
「はあ〜?なに言ってるの?ちゃんと既成事実はあったわよ」
「酔った蓮に結菜のふりして近づいたのか?そりゃ言えねえよな」
「…………」
「ほらな。当たってる……だろ?」
「ちが……」
「何?違うのか?だったらホントのこと言えよ」
こんな女に負ける気はしなかった。
どこのお嬢様か知らないけど、伊達に厳しい芸能界にいるわけじゃない。ああ言えばこういう切り返しは、得意中の得意なのだから。
「ホントの事って……」
里沙にさっきまでの勢いが無くなってきた。
「おいおいヒカル。年下の女の子をいじめちゃダメだって教わらなかったのか?」
もう少しで聞き出せるというところで、ケイの邪魔が入った。
「あのな。頼むからケイは黙ってろ」
「あ?ヒカルこそ黙ってろよ」
ケイはヒカルにそう言うと、里沙の方を向いてニコリと笑った。
ただでさえ、タッパもあり、中度の筋肉質で顔もまあまあイケメンで。ケイは蓮と自分とはまた違うタイプ。しかも、蓮はあまり笑うことがないからか、ケイに微笑まれた里沙は少し頬を赤らめていた。
「里沙ちゃん。ホントのこと言おうか?じゃないと、このヒカルくんが東京湾に沈めちゃうかもしれないよ。オレだって助けてあげたいよ?でもね、このヒカルくんは人を殺すのなんてなんとも思ってない壊れた人間だからさ。このオレでもどうにもできないわけ?分かる?
里沙ちゃんは、今朝まで蓮と一緒にいたの?いなかったの?どっちかな」
「あのな〜」
そんな子供だましな脅しに誰が騙されるんだよと、呆れていると、ケイの脅しに里沙は本気で怖がったようで、化け物を見るような怯えた眼でヒカルを見た。
「あの……い、いました。途中から……」
「途中?」
「上条先輩がマンションを出て行った後に、リサが代わりに部屋に入って……」
「へえ〜それで、蓮が眠ってるベッドに忍び込んだんだ?」
「は……はい」
「目を覚ました蓮は、そりゃ〜驚いただろうな」
クックッと笑っているケイに、里沙は後退りをしながら
「もういいですか?」と今にも泣き出しそうな顔をして出口に向かって走っていった。
「結菜と間違えてエッチしちゃったと勘違いした蓮は、里沙の言うことに逆らえなかったってことか。蓮も案外ヘタレだな」
ケイはタバコに火を付け溜息と一緒に煙を吐いた。
「だったら、今すぐに蓮に言った方がいい」
もし、結菜の耳に入ったら、それこそ結菜が悲しむかもしれない。
「勘違いだったって?蓮に言うって?」
もう一度タバコの煙を吐くと、今度は大声で笑い出した。
「なんだよ」
「ヒカル案外真面目だな。いや。蓮じゃなくて、結菜のことが心配なんだよな。なんとなくだけど、オレにも分かるよ。でもな、たまには蓮の奴にお仕置きしないといけない。ヒカルだってそう思わねえか?」
それは、蓮が勘違いしているこの事実を隠しておくということ……?
「それで、あいつらがホントに別れちまったら、どうしてくれるんだよ」
「それはそれで、いいんじゃねえ?なあ……ヒカル」
ケイのニヤリと笑った顔は、自分の中にある何かを見透かしているような、そんな目をしていた。