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ジャンプ  作者: minami
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始まり

この作品はフィクションです。



窓に垂れ下がるカーテンの隙間から、まだ始まったばかりの太陽の光が差し込む。


「う、う……ん」


結菜(ゆいなは、まだ夢から覚めきらない身体を、自分の意識とは関係なくベッドの上で反転させた。耳には、雀の忙しく会話をしている声が確かに聞こえている。


朝?


結菜は、もう一度寝返りをして重い瞼を開けた。次第に焦点が合ってくる。

一番に目にしたものは、クローゼットの前に掛けてある制服だった。


そうだ、今日から高校生……


「ヒカルちゃん!早くしないと置いていくわよ!」

「うっせー。広海ひろみ。黙って待ってろ!」


ヒカルは部屋のドアを乱暴に開け、階段の下から叫ぶ広海に向かって悪態をつくと、また乱暴にドアを閉めた。

その音があまりにも大きく、隣の部屋で寝ていた結菜の耳に一瞬、キーンと耳鳴りがした。


−まだ起きない。起きてたまるもんか。


結菜は布団を頭までかぶり、無駄な抵抗を試みた。

隣の部屋のドアが再び開く気配がすると、今度は地響きがしそうなほどの足音が部屋の前を通過し、階段を駆け下りていった。


玄関の方で二人がぎゃあぎゃあ言い合っているのが聞こえていたが、暫くするとぱったりと声が聞こえなくなった。

やっと出掛けてくれたと思い、結菜は布団の中で深く溜息をついた。



−ヒカルと広海はいつもこんな感じだ。ヒカルは私の一つ上の兄。兄と言っても血は繋がっていない。それを私が知ったのは、両親が事故で亡くなった時。私はまだ10歳だった……



結菜は頭まで被っていた布団を顔が出るまでずらすと、再び目を閉じた。



あの時のことを思い出すと、心が張り裂けそうになる。

あれから、もう5年……広海に引き取られてから5年経つ。



広海は、結菜の父の兄。つまり結菜の伯父である。

他に引き取り手がいないわけではなかった。結菜の生まれた上条家はかなりの資産家で、いくつかの事業も行っている。しかし、長男である広海は、その上条家から勘当同然に家を出ていた。その広海が、ヒカルと結菜を引き取ると言い出したときには、当然のように親戚中が反対した。でも、一番反対すると思っていた広海の父親、義郎よしろうが二つ返事でそれを許したのだ。

上条家では、義郎の言うことは絶対で、反対していた親戚達も渋々承諾した。


「これは、上条家の七不思議に入る出来事よ!!」


興奮気味に広海が言っていた。それほど、父義郎の言動には信じがたいものがあったのだ。



広海は、大学を卒業してから程なくして、タレント事務所を立ち上げた。元々家の事業には興味がなく、天真爛漫でいつも義郎を困らせていた。その上、いつの頃からか、女言葉を使い、それについても義郎や親戚中から敬遠されていた。広海は、タレント事務所が成功している今でも、「上条家の恥」というレッテルを張られているのだ。

見た目は、背も高く、芸能人と言っていいほどの容姿をしているのだが、広海から発せられた言葉は、特に初対面の人にはかなり違和感があるようだ。



結菜は広海が大好きで、小さい頃、広海のところへ父親によく遊びに連れて行ってもらっていた。もちろんヒカルも一緒に。でも、いくら弟が亡くなったからといって、独身の広海が結菜達を引き取るとは夢にも思わなかった。誰もがそう思っていたに違いない。しかも、広海が自ら敵の陣地…もとい、父親と親戚の元へ乗り込み、頭を下げるなんて……


でも、そうしてくれたことで、今の穏やかな生活があるのは確かだ。


結菜は観念してベッドから起きあがると、もう一度、今日初めて着る制服に目をやった。

こうして何事もなく高校に通うことができるのは、広海のお陰だと改めて思う。

心では感謝していても、なかなか言葉に出して言えないところが、思春期特有のものだろうか。





少し前にヒカルが慌ただしく駆け下りていった階段を下り、キッチンへ向かった。


「あら。結菜さん、おはようございます。今日はお早いのですね」


住み込みで働いている家政婦のタキが、いつもと変わらない優しい笑顔で迎えてくれた。


「二人はもう仕事なの?」

「さあ。何も聞いていませんけど……そういえば、まだ朝食を召し上がっていませんね」


−タキさんも知らないのか。


二人が早く出掛けるのは、珍しくない。ヒカルは中学生になった頃から、広海の事務所に入りタレントとして仕事をしている。朝早い仕事などざらにあるのだが……

急な仕事であっても、朝食の用意をしてくれるタキに知らせず出掛けるということは珍しい。


−タキさんに言う暇がないほど、急な仕事が入ったのかな。


ヒカルは最近忙しくなったのか、会えない日もある。忙しいのは良いことだ。人気商売だけあって、忙しいと言うことは、売れている証拠だから。でも、あの憎まれ口が聞けないのは少し寂しい気もする……


「結菜さん?」


タキの呼びかけにはっと我に返り、目の前のテーブルを見ると、いつの間にか朝食が並べられていた。


「心配ですか?」

「え?なにが」

「最近、お忙しいですものね」


タキは結菜が考えていることを見透かすように、少し微笑んだ。


「べ、別に。いなかったらいないで、静かでいいよ。それに、ヒカルも広海さんもいちいち五月蠅いもの」

「お二人とも、結菜さんが可愛くてしかたないのですよ」

確かにそうかもしれない。しかし、度が過ぎるのだ。




「ただいま−」

「あ〜腹減った。死にそう。タキさん。めし」



タキが用意してくれた朝食を食べ終えるころ、出掛けたはずの広海とヒカルが帰ってきた。


「ヒカルちゃん!何度も言ってるけど、その言葉遣いはやめなさい!」

「広海に言われる筋合いはねえよ」


確かに……と思っていると、ヒカルがお腹をさすりながら、隣の椅子にドカッと座った。後から広海が入ってくるのが見えた。


「あら。結菜ちゃん、おはよう。一人で食べてたの?んもう、待っててくれれば良かったのにぃ」


顔に似合わない言葉を発し、身体をくねらせながら広海も椅子に腰を下ろした。


「二人とも、何処に行ってたの?」


−こんなに朝早くから……仕事ではないわね。


「「…………」」


広海とヒカルはチラッと視線を合わせ、何事もなかったかにように、用意された朝食を口に運んだ。


−怪しい。怪しすぎる。


「何処行っ」

「そうそう、結菜ちゃん」

広海に言葉を遮られ、ムッとしていると、「これ」と言って、広海に紙袋を渡された。

「なにこれ」

紙袋の中を覗くと、なにやら小さい箱がいくつかと、端には分厚い本と薄い本が数冊入ってある。


「それ、携帯電話よ。結菜ちゃんったら携帯電話を持ちたがらないんだもん。何かあったらどうするの。高校生になるんだから、携帯ぐらい持ってなくちゃダメよ」


−そうなのかな。今まで携帯が無くっても全然困らなかったんだけど。

二つ折りの携帯電話を袋から取り出し、パカッと開いてみた。


「わたしと、ヒカルの番号とアドレスは入れてあるから」



プルルル プルルル



広海が言い終わるのと同時に、手にしたばかりの携帯が鳴った。


「あわわ」


結菜は驚きのあまり携帯電話を落としそうになった。なんとか落とさず、手の中に納めると開いていた画面を見た。

画面には『ヒカル』という文字が点滅している。

結菜は隣にいるヒカルに目をやった。ヒカルは出ろよと言わんばかりに顎を上げて無言の指図をしてくる。結菜は仕方なくペアボタンを押した。


「も、もしもし?」


何がしたいのか分からないが、一応呼びかけてみる。


「…………」


−なんなのよ……


結菜は、すぐ横にいるヒカルを睨み付けた。


「やりぃ。俺、一番!」


結菜が睨んでいることはお構いなしに、ヒカルは機嫌良く叫んでいた。そのヒカルの声が横からと携帯からとダブルに聞こえ結菜の耳は今日二度目の耳鳴りに襲われた。


「え〜ヒカルちゃん、ずるい〜!」


広海はそう言うと、はっとして自分の携帯電話を取り出しボタンを押し始めた。

それを見たヒカルは負けてなるものかと携帯電話を弄りだした。二人とも、女子高生並の早さでボタンを押している。


「「送信!!」」


二人が同時に言うと、時間差で手元の携帯電話が鳴った。


「「どっちが早かった?」」


きらきらとした瞳が二つずつ、結菜に向けられ、そして携帯電話に視線を落とした。


「……………」


って、どうでもいいんですけど!!

だれか、このガキ二人をどうにかして!!


結菜の高校生活、1日目はこうして始まった。


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