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いじめられっ子は異世界にて主人に仕える

作者: ひとりごと

 アルカンティー王国辺境。自然豊かな土地に広大な田畑を持ち、隣国の街との交易で栄えるルート辺境伯領。

 そのルート辺境伯家の屋敷のベランダでは、色素の薄い金髪に青の煌めく瞳を待つルート家の長女が、彼女自身の使い魔である雪兎の精霊シラユキとお茶をしていた。


「シキ」

「はい」


 シキと呼ばれた少年は使い魔としての契約者であり、従者としての主人である少女クレアの背後に現れた。


 黒色のモーニングコートとウェストコートの内には白のワイシャツ。首元を締めるネクタイも黒が採用され、色は徹底されてない。コールズボンはバランスを取るためにグレーが使われているが、靴はやはり黒の革靴。

 モノクロ服を着こなす(似合わないという方が珍しいが)シキは身長的にもスラリとしており、しかしそれでいて控えている。

 ぼやけてしまいそうな、儚げな雰囲気を持つのがこのシキという少年だった。


 現実に浮き上がるように姿をあらわにしたシキに驚くことなく、むしろその態度にむくれたクレアは言う。


「もう……シキ、堅いわよ。それじゃあ楽しくないじゃない」

「自分に楽しさを求めないでください。自分はつまらない人間なのですから」

「シキ、わたしの前で自分を否定するのはやめて。わたしが見込んだあなたで、わたしの最強なのよ? 」

「失礼しました」

「だから、もう……」


 主人の小言にも些細な変化を見せることはなく、シキの態度は一貫して変わらなかった。


「無駄だよクレアー。シキ、そんじょそこらの堅物とは比べ物にならないくらい堅いから」

「ほっといてくださいよシラユキ先輩」

「むぅ。大事な後輩くんを気にかけるのは当然だと思うがね」

「ありがとうございます」


 小柄なシラユキが言うと精一杯背伸びをしている子供に見えるが、年齢的にも霊格的にもシラユキはシキよりも上であり、『後輩くん』という呼び名が示す通りクレアと契約したのもシラユキの方が早い。

 だからこそ師匠とも呼べる存在であるシラユキにシキも敬意を払っている。


「シキ。今用事があるのはわたしよ。無視するなんて寂しいわ」

「いえ、そんなつもりは」

「わかっているわ。ただ、シキはからかいたくなるの」


 にこりと満面の笑みを浮かべられてしまえば、シキにはぐうの音も出せなかった。だから無理やり話を進める。


「それで、ご用件はなんでしょうか」

「今度王都で勇者が召喚された祝賀会が開かれるのだけど、あなたもついて来てねシキ」



 ***



 自由奔放で考えていることがわからない。それがクレアに対する周囲の評価だった。しかし、召喚術士としての腕はまだ16歳でありながら一流。単騎で軍をも相手に出来る使い魔シラユキを従えているとして、その名は国内に留まらず周辺諸国にまで伝わるほどだ。


 そのため、シキには一つ疑問があった。


「今回の祝賀会はどちらのクレア様として招待されたのですか?」

「今回はルート家の令嬢としてかしらね。楽しみね」

「そうなのですか?」

「もちろんじゃない。色々な人と話せるのよ」

「では。私は霊体化していますのでご存分に」


 そういって透明となるシキ。正確には人間には見えなくなっているだけだ。もちろん主人であるクレアを守るために側に使えている。

 クレアはその安心感を胸に祝賀会の会場、既に多くの貴族で賑わう豪華絢爛なホールへと分入っていった。


 見た目は楚々で麗しいクレアが着飾れば、それだけで視線は集まる。思慕、情景、羨望といった好意のものから、嫉妬、嫌忌といった敵意まで。男女による差はなく、その容姿に感嘆するかしないか、召喚術士としての実力を賞賛するかしないかといった内訳だ。


 当の本人はそれらの視線をまるで気にすることもなく、悠々と楽しそうに回っていた。そして、いつの間にかクレアの周囲には彼女と話したいという者が男女に関係なく集まる。

 嬉々として談笑を楽しむクレアを見るのは嬉しことだが、それだけ気苦労も増えるとあってシキには悩みの種だ。

 もう一体の使い魔シラユキは自分でかってに現界し、霊体化をしたまま会場の食事を楽しんでいるのだから、なおさらだった。


 しかし忘れてはならない。これは勇者が召喚されたことを祝う祝賀会であり、当然主役は勇者だ。その勇者を放っている集団があれば勇者も興味が湧き、その中心にいるクレアを見て話したいと思うのは自然なことだった。勇者は男なのだから。

 

「俺とも話しませんか」


 人混みをかき分けーー貴族が空気を読み道を開けたーー勇者の少年がクレアへと話しかけた。その少年を見た時シキに僅かな動揺が走り、思わず息に詰まっていた。


「あなた?」


 が、まだ勇者を知らないクレアからはその言葉が出て来た。

 少年は苦笑いしながら答えた。


「俺は波木(なみき)拓也たくや。拓也って呼んでくれ」

「そう。タクヤは私に何か用かしら?」

「勇者として自己紹介をして回っているんだ」

「まあ、あなたが召喚された勇者なのね! そう、そうなの」

「まあね。けど、実は召喚されたのは俺だけじゃなくて、ほら。あそこに固まっているのは俺の仲間なんだけど、みんな召喚されたんだ。聖剣を扱えるから勇者は俺ってことになっているけど」

「あんなに召喚されたのね。少し驚いたわ」


 会場の端、といっても舞台側の端に固まっている少年少女は人数にして45名もいた。


「こういう機会にはなれていなくてね、みんな緊張しているんだ」

「あなたは?」

「緊張しているさ。けど、一人くらいは動かないと」

「たしかにそうね」


 タクヤと楽しげに話すクレアを見てシキは珍しく魔力を洩らした。使い魔として低位の霊格でありながらその技術は抜きん出ているシキ。だからこそクレアは異常だと判断した。


「……ごめんなさい、少し失礼するわ」

「え、ああ」


 戸惑うタクヤは深くは聞かなかった。女性にそれを訪ねるのは流石にマナー違反だし、品がないと格付けされる。足早に去ったクレアのおかげでもあった。




 会場を抜け出し人の寄り付かない庭園の端に来たクレアはシキを呼び出した。

 呼びかけに答え、数秒の間が空きシキは霊体化を解いてクレアの前に姿を現わした。その表情は無表情に見えるが、クレアにはどこか異変があることを見抜かれていた。


「シキ、何かあったのね。どうしたの?」

「……」

「勇者ね。勇者が来てから様子が変だったもの」

「っ! ……はい。クレア様には敵いませんね」

「あなたが悲しいと私も悲しいもの。当たり前よ」


 クレアは話してと促した。


「勇者は、召喚さらた者達は、自分の世界でのクラスメイトーー学友です」

「そう……。彼らが、ね」


 にこにことしていたクレアの顔が曇る。『彼ら』というのが何を意味しているのかは、シキが初めて召喚された時にまで遡る。


 シキは日本の高校生だ。ただし、いじめ被害者というワードが付く。

 シキが初めて召喚された時、シキはぼろぼろの状態で召喚したクレアは驚いた。召喚直後に服が破れ大量のあざと血に染められた使い魔を見たら誰でもそうなる。

 あまりの惨状にクレアは屋敷の使用人に命じシキの治療をした。


 シキが目を覚ましたのは3日後のことだった。目を覚ましたシキはこれまでの境遇からかクレア達に警戒の色を示した。しかしそれも徐々に薄れていき、反対に信頼の二文字が色濃くなっていった。


 その過程でクレアはシキに起きていたことを聞き及んでいた。毎日の暴力。根も葉もない噂。空気という圧力。助けのない日々。愛のない家族。そして孤独。

 シキから打ち明けれるのをクレアはただ頷いた。よくやった、辛かった、なんて言葉もかけず、シキの吐露の捌け口になったのだ。


 そうした過程を経てシキはクレアに対する忠誠を誓った。助けられた恩と、初めて向けられた愛に報いたいと。


 シキの凄惨な過去には、いつもにこにこなクレアも怒りを抱いていた。


「シキ、行くわよ。御前試合に参加しましょう」

「……はい?」



 ***



 御前試合。これは今回の祝賀会の一つのイベントだ。異世界から召喚した勇者の武威を示すため、闘技場で勇者と低級騎士が一騎打ちをするのだ。

 それに、クレアは参加すると言った。


 そのためクレアは国王陛下にこう進言した。


「異世界から召喚されたのは勇者だけではないと聞きました。であるなら、その方々の力も見せる方がよろしいかと。……はい、その通りです。わたしの使い魔と召喚された方々全員で御前試合をいたしましょう。人数に差はありますが、勝てれば名誉、善戦すれば賞賛、仮に敗戦だとしても勇気ある者として箔がつくかと。もちろん、こちらは一人だけしか出しません。手も抜かせますので、いかがでしょう」


 と、虚実を混ぜ混んだ屁理屈にも近い言葉はなんと了承された。もちろんシキが一人で戦うが、クレアはシキに負けるなと言った。国王のご機嫌とりも、勇者達の顔立てもいらないと。


 そしてシキは今、一般客の歓声に沸く闘技場の中心でクラスメイト達と相対していた。


終夜よすがら、まさか君も召喚されていたなんてね。今までどうしていたんだい?」


 そう問いかけたのは勇者タクヤだ。クラスのリーダー出来る存在で誰とでも仲良くするタクヤはまさに勇者の名が相応しかった。


「そうですよ終夜くん。私も心配していたんですよ」


 担任である長居(ながい)マリがそう言葉にした。良き先生であり人気もあるマリは、たしかにシキを心配していた。

 しかしその実クラス内でのイジメには気がついていなかった。これはみんな仲良しのタクヤも同様だ。


「答える義理はありません」


 他人に対する振る舞いをとるシキ。それが癪に触ったのか、


「よーすーがーらーくん。ちょーと生意気じゃない? それにあの娘顔立ちは幼いけど、いい体してるよなぁ。どうやって取り入ったんだ?」


 イジメの主犯、新島だ。新島はシキの後方、闘技場の隅で佇むクレアに下衆な視線を送った。


「審判。はじめてください」


 シキはまるで動じることなく、ただ淡々と作業をこなすように審判に命じた。そして、少し前クレアに言われた言葉を思い出す。


「わたしが見込んだあなたで、わたしの最強があなたなのシキ。だから、自信を持って。前のあなたじゃないわ」


 シキの瞳にはかつての淀んだ色はなかった、代わりあったのは、敬愛する主に勝利を捧げるという信念のみだった。


「試合開始ッ!」


 ゴーンッという鐘で火蓋は落とされた。


 クラスメイトの多くは戸惑いにあった。イジメの最中、気がついていながらも見捨て筈のシキが、異世界にいたことに。そしてこうして今戦うことになり、復讐されるのではないかと。だから彼らはシキにこの世界に来て手に入れた力を放った。


 一方イジメの主犯新島とその取り巻き達には一切のためらいがなかった。むしろムカつく虫を合法的に叩きのめすことが出来る機会だと、快楽する期待していた。だから彼らは全力で攻撃をした。


 勇者タクヤと担任長居は仕方がなく攻撃をした。タクヤは勇者として泊をつけるため、また試合は正々堂々全力でやるべきだという考えで。長居は生徒に攻撃するのは気が引けるが、やはり試合だから手は抜けないと。だから二人はクラスの中でも飛び抜けて強い力をシキに向けた。


 開幕直後にシキを襲う嵐のような攻撃。異世界人特有の強力な力に任せた攻撃は、もはや砲撃と言って差し支えない威力だった。当たれば。


 シキは異質な存在だ。それは異世界人としてという意味でなく、おそらく世界に唯一の存在という意味でだ。

 クレア単体の力で異世界から召喚されたシキは、使い魔としてこの世界に現界している。その際なんの因果か、シキは人間の部分の使い魔である精霊の部分が交わり、半霊半人になった。


 その精霊の部分の力は弱い。霊格は低く、精霊として見たときには本当に弱いのだ。しかし、弱いが負けない。捉えられない。


「なっ!?」


 誰かが声をあげた。シキに向って放たれた筈の攻撃が逸れたわけでも防がれたわけでもなく、すり抜けたからだ。

 シキの精霊としての力は【幻夢魔法】。幻と夢を操り、夢幻を体現する力だ。攻撃が捉えていたのはシキではなく、シキが作った幻。認識をズラしたのだ。


 攻撃はそのまま後方にいたクレアに迫るが、突如として現れた六花にいとも容易く阻まれた。シラユキの力【氷雪魔法】による『氷雪壁』だ。

 クレアは信頼していたのかまるで動じず、今もなお自信に満ちた顔でシキの戦いを見ていた。


「ありがとうございます、シラユキ先輩」


 シキは小さく呟くと今度はクラスメイト達に向って叫ぶ。


「攻撃は終わりですか? 終わりならば、こちらから行きますよ」


 望まれるのは勝利。そのために、シキはその特異性の一面を披露することにした。


 通常使い魔は一つの魔法しか使えない。使い魔は精霊であり、精霊は万物の権化であるから当然だ。その元となったものに縛られる代わりに、それに関しては強力になる。


 しかしシキは半霊半人のイレギュラーだ。半霊の力が使えるのなら、半人の力も使えて然り。シキは人間に広まる魔法を体系化した力、魔術を扱う事が出来た。


「《結》」


 たったの一句。それがシキの扱う【結界魔術】の発動方法だった。これもシキが半霊半人が故だ。

 魔力に愛され魔力を手足のように扱うのが精霊。だからこそ魔法が使える。


 しかしもしもその魔力操作技術を魔術で使用したら。それは革新的なまでの改良がされ、異次元の応用を生み出し昇華することとなる。つまり、まるで別物になる。


「うご、かない」


【結界魔術】の本質は空間に作用すること。極めれば、というより精霊レベルの魔力操作で扱えば、ただ結界を張るだけではなく空間を固定することすら出来る。

 指も動かないほどに固定されたクラスメイト。案山子となったそれらにシキはゆっくりと歩み寄る。


「あまり酷いのはやめてね。あなたが本気で悪夢を見せたら使いものにならなくなるから」


 クレアはなんてことないように恐ろしいことを言った。それが聴こえていたのかクラスメイト達は顔を青ざめ、新島に至っては罵詈雑言を飛ばしています。

 やがてクラスメイト達の中心に立ったシキは指を構え、


「おやすみなさいませ、皆さま」


 パチンっと指を鳴らし、クラスメイト達を悪夢へと誘いました。


 圧倒的。この試合の感想を述べるとしたらただそれだけだった。


「おつかれ様シキ。スカッとしたわ」

「それはなによりです」


 闘技場の中心。主従が笑顔で話す傍ら、悪夢に呻くクラスメイト達を見て審判は遅すぎる判断を下した。


「試合終了。勝者、シキ・ヨスガラ及びクレア・ルート様」


 そして置いてけぼりにされていた観衆の歓声が、ようやく追いつき闘技場にあふれた。



 ***



「シキ」

「なんでしょうかクレア様」


 日差しの気持ちいい部屋でその主従は今日も言葉を交わす。


「エルランデ山脈には未知の民族が住んでいるらしいのだけだ、面白そうだわ!」

「寒そうですね」

「じゃあ防寒をしっかりしなきゃね!」

「行くことに代わりはないのですか」

「二人で行ってらー。シラユキは寒いの苦手だから」

「雪兎なのにですか」

「さあ行くわよシキ!」


 これは歴史に名を残す自由奔放な召喚術師クレア・ルートと、伝説となる使い魔シキのシラユキの冒険譚である。

お読みいただきありがとうございます!

評価等をしてくださると本当に嬉しいです! なんならランキングに押し上げてください! ……切実に。


また【かわいい俺は世界最強〜俺tueeeeではなく俺moeeeeを目指します〜】もどうぞ!

知識チート戦闘系チートなんちゃってチートなんかではなく、《チート級のかわいさ》で《腹黒ロリ男の娘》が異世界を行く物語です!


https://ncode.syosetu.com/n4491ep/

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