聖女アンリ2
マナが跪き、アンリの手を握る。
「私が誰だかわかりますか?」
アンリの視点がマナで止まる。
「誰?……、ん。……マナ?」
マナはアンリに抱きつく。
「よかった。アンリ良かったよお」
マナは今にも泣きだしそうだ。
「ちょっと待ってね、今、頭の中がぐちゃぐちゃなの」
アンリは眉をしかめ、何かを考え込む。
ふと、思いついたかのように、布団から手を出し、握ったり開いたりしている。なにか不思議そうだ。
「?」
マリーナが声をかける。
「エリクサーを使ったからね。体に不調はないはずだ」
そこでやっと、マナ以外の人がいるということに気が付いたらしく、僕らの方に視線をさまよわせた。
「……あなたは?」
「マリーナ。世間からは賢者マリーナと呼ばれている」
「あなたが孤高の……」
一応知ってはいるらしい。
それから視線を僕で止める。
「お久しぶりです、聖女アンリ様」
アンリとはアンフィを連れていくときに会ったことがある。
アンリは僕の事を見つめている。何かを思い出そうとしているようだ。
「勇者アンフィの弟のオルターです。姉さまがお世話になりました」
「……アンフィ。……おとうと。オルター」
アンリがオウム返しにつぶやく。
「ん。……思い出した」
アンリの視線がぼーっとしたものから、しっかりしたものに変わっていく。
「……オルター。私の想像以上です。よく助けてくださいました」
するとマナの方を見て、
「マナ、ごめん。ちょっとオルターと二人きりにさせてもらえないかな」
マナは頷くと、
「じゃあ部屋の外に出ておくね」
「うん。ごめんね」
僕以外の全員が部屋の外に出ていくと、アンリは喋り始めた。
「もうわかっているかもしれませんが、私はアンリであってアンリではありません」
僕は頷く。
「女神様、でしょうか」
「はい。女神ラマスティフィーの、一部でした。今は完全に本体との接続は切れています」
「どういうことですか?」
「まず、聖女アンリと呼ばれていた魂は、すでに天へ召されています。私が降臨した時にです。ですがアンリの記憶は私が引き継いでいるので、私はアンリと違いはありません」
僕の頭は混乱する。どういうことだ?
「本来なら女神降臨の呪文の効果が切れたところで、アンリの体は魔王城で死ぬことになっていました」
ただし、と続ける。
「アンリの体をあそこに残してしまうと、確実に魔王に利用されてしまうことになったと思います。それを危惧した私は、アンリの肉体に人間一人分の魂と同じ量の自分の魂を与えました。それが今の私です。その際に魂の量がどうやら足りなくて、起き上がれない状態だったのです」
「なるほど。では女神様ではなく、聖女アンリとして接すればいいわけですか」
「そのようにお願いします。くれぐれもマナにはバレないように。自分を責めてしまいますから」
僕は気になってたことを聞いてみる。
「はい。それで私に何か伝えたいことがあるのではないでしょうか」
アンリは頷く。
「魔王なのですが。おそらく魔王城にいる魔王は偽物まではいかないまでも、本体ではないようなのです」
アンリは続ける。
「なので、アンフィを助け出し、魔王を倒しても決して油断がないように。おそらく事が動くのは魔王を倒した後でしょうから」
僕は頷いた。
「わかりました。肝に銘じます」
「実はここに来てから私、薄く意識があったのです。夢の中に居るような感じでしたが」
「そうだったのですか」
「それで私、初めてだったんです」
「何がです?」
「ファーストキス。責任取ってくださいね」
女神、いや聖女アンリはそういうと、唇に人差し指を付け、いたずらっぽく笑った。




