リヨンと闇の種子
リヨンは満足に獣を食べ、木に寄りかかりながら、うつらうつらとしていた。
最近のリヨンは人の町の事も忘れ、ただただ本能に従い動いていた。
唯一思い出すのは彼の事。
オルター・ドヴェルク。
リヨンの可愛い思い人。
たった一人、彼の事だけ。
そしてもう、敵としてしか見ていない彼の周りにいる者達。
中でも猫の獣人。
屈指の強さでオルターを自分の物だと思っているあいつ。
それを倒すにはすべての闇の種子を集めないといけない。
リヨンの中の誰かが甘く囁く。
そうすれば彼と甘美な時を過ごすことが出来る、と。
永遠に。
夢うつつのリヨンに、そうなった時の生活が思い浮かぶ。
甘く睦み合う二人。
リヨンとオルター。
自然、リヨンの口に笑みが浮かぶ。
今もう三つの闇の種子を取り込んだ。
一つ取り込むと、体の中から力が湧いてくる気がする。
リヨンは思った。内なる声に導かれるまま。
でもまだ足りない。
全然足りない。
あいつに勝つにはもっともっと力をつけなければいけない。
次の闇の種子を持ったヤツの場所まで、もう少しだ。
そしてリヨンにははっきりとわかった。
それを持った相手は今までよりも強い。
今までの三つは全部普通の獣が持っていたから一撃で終わったが、今度のはそうはいかない。
二つの種子を持っている。
なんとなくわかるだけだが、魔族やリヨンのような魔物だ。
知性がある相手だ。
だから今日はもう休み、力を蓄えねば。
リヨンは大きな木のうろで体を横たえる。
明日の決戦に向けて。
***
リヨンとその男は湖のほとりで対峙した。
魔族だ。
剣を持っている。
マントの下には鎧も着てるようだ。
リヨンはいつもなら出会った瞬間に一撃で殺すのだが、この男にはそれをしてはいけないと本能が言っていた。
「オーガか。お前、話すことはできるか?」
男はリヨンに話しかける。
リヨンは一瞬呆ける。
それから声を出す。
リヨンの体の中の何かが、男の二つの種子に反応して甘美なハーモニーを奏でている。
「お前を殺し、その二つを手に入れる」
男は答える。
「呑まれるぎりぎりだな。気をしっかり持て。オーガの娘よ」
その男には殺気がなかった。
あり得ない。
今までリヨンが会った、種子を持った三匹の獣はどれも殺気を振りまいていた。
リヨンも抑えることなく殺気を振りまいている。
だからリヨンは警戒しつつも男の動向を見守る。
姿かたちは全然似ていないのに、リヨンにはどことなくオルターと同じ雰囲気を感じてもいた。
その男は言った。
「参ったな。俺にはお前に勝てそうにない」
リヨンは答えた。
「ならばそれを置いていけ。そうすれば見逃してやろう」
「俺もそう思うんだけどね。これは特殊な呪文か、死ななきゃ取り出せないんだ」
リヨンは眉をひそめた。
「その呪文を使え。使えないのか?」
「ああ。どうやって手に入れるかさえ分からない」
リヨンはそれを聞くと、戦闘態勢に入りガントレットを構えた。
「それならここで死ね。痛みも感じないよう一撃で殺してやる」
「結局そうなるのね。まあ俺も死にたくないし。殺り合うしかないか」
男の体から闘気と一緒に強烈な殺気が放たれた。