プロローグ
勇者アンフィは歯を食いしばる。
やはりまだ早かったか……。
魔王城の玉座の間までたどり着くまでに、苦戦らしい苦戦をしなかった。
それすら罠だったのだ。
魔王の側近二人を相手に四人で互角の戦いをしてはいる。
が、魔王ゾルマ自身は玉座に座ったまま面白そうに戦闘を眺めているだけだ。
――――魔王ゾルマ
二千年の時を経て蘇った最凶最悪の魔王。
二千三百年前、世界の半分を隷属し、三百年もの間、暗黒の時代を築いた悪夢の化身。
決起した人間と、勇者アサルトに討たれ、それでも殺しきれずに神の力を借りて封印された。
体は闇のオーラに覆われ、その赤い眼光は見るだけで呪われる邪眼だ。
人を憎み、神を憎み、神話の時代の魔法をいくつも使いこなす。
正体は一切謎に包まれている。どこで生まれたか、なんという種族なのか。
それすらわからない。
その魔王の前に立ちふさがるのは魔華四天王のうちの二人、黒いドレスの魔女レダと、虎魔人ガレスだ。
――――魔女レダ
大きく胸の開いた黒いドレスをまとい、先のとがった幅広の帽子を被ったいかにもな魔女だ。
しかしその力はすさまじく、体の周りに黒い球体を何十も浮かべ、こちらの魔法はその黒い球体がぶつかると、すべて相殺されてしまう。
黒い魔女の出現の報告は数年前からあちこちであったのだが、腐敗した冒険者ギルドによってすべて一笑に付された。
その結果レダにより魔王の封印を解かれ、あっという間に二つの国を落とされてしまった。
その独特の暗黒魔法により、様々な闇の魔物をあやつる。特にお気に入りなのは常に体に巻き付いている、巨大な蛇の魔物だ。
暗黒時代には生きたまま食われた人族の逸話がかなりの数残っている。
――――虎魔人ガレス
東の密林の種族、虎人族。虎人族は二千年前にも魔王ゾルマの手足となり戦ったという記録が残っている。
その姿は直立した虎だ。ゆったりとした袴を羽織り、その外見に似合わず優雅な立ち居振る舞いをしている。
ガレスは虎人族の現王だ。魔王ゾルマの復活とともに魔王側につくと宣言し、魔王ゾルマに下った。
虎人族は獣人の中でもトップクラスの力を持ち、さらにその剣速はあまりに早く、並みの戦士では目で追うことすらできない。
ガレスは剣神の称号を持ち、剣術だけを見れば間違いなく世界一であろう。
さらに魔王から力を授かっており、体からは黒いオーラが立ち昇っている。
拳神の称号を持つ武闘家の青年レンと、勇者アンフィの二人がかりでやっと戦えている現状だ。
魔女レダはにやにやと醜い笑みを浮かべている。
虎魔人ガレスは言い放つ。
「さあ、もっと来い。我らをもっと楽しませるのだ!」
はぁはぁと息を切らせながらアンフィが叫ぶ。
「らちがあかない!みんな、全力でいくよ!」
アンフィは言い放つと集中し魔力で身体を強化する。
全身から真っ白にオーラが吹き出ると天へと轟く。
そして光のオーラはすべて体に収束し鎧と剣ににまとわりつき、光の鎧と光の剣と光の翼と成す。
バチバチと収束しきれなかった魔力の光がはじける。
「女神の加護をここに」僧侶アンリが防御魔法を全員に掛ける。
全員の物理防御と魔法防御が上昇し、さらに。
「おおおおおおおおっ! 」
武闘家レンは全身に気を溜め、一気に爆発させる。
恐ろしいほどの闘気が上方に立ち昇る。
「竜鎧展開! 」
レンが叫ぶと鎧がガシャガシャと音を立て、変形する。
展開した鎧は肉に食い込み、鎧と体の境界線をなくしていく。
フルフェイスの兜が竜の形に変わっていく。
「がああああああああああああ!!! 」武闘家は吠える。
両手にオリハルコンの爪を構え四つ足に構える。
魔法使いマナは最高ランクの魔法を唱えるべく、呪文を詠唱する。
4つの魔法陣がマナの周りに出現する。
――――いくよ、
レンとアンフィがバックステップでガレスと距離をとる。
アンフィは叫ぶ!
「我らの一撃…防げるものなら防いでみなさい!! 」
ガレスが返答する。
「ふはははははは! いいぞいいぞ! 掛かってくるがよい! 」
アンフィが居合の状態で魔力を溜め、叫ぶと同時に聖刀と神刀を抜刀し、破壊の衝撃波を二重に放つ。
超級聖光星爆斬!
間髪入れずレンの技が後を追う。
竜王疾風撃!
残像を残し超速で突進する。
超級聖光星爆斬の着弾の瞬間と同時に攻撃をたたみこむ必殺の連携だ。
虎魔人ガレスも自身の黒いオーラを刀身にまとわせ斬撃を放つ。
が、超級聖光星爆斬はその斬撃を飲み込み、ガレスに迫る。
ガレスの目が大きく見開かれる。
同時に
「これも防げるかしら? 」
マナが呪文の詠唱を終える。
――――神級魔法 エターナルフレア
魔法陣から四つの超高熱のフレアが弧を描きながら魔王に向かう。
これこそ、齢800歳の大魔法使いから授かった神代の魔法だ。
この魔法を使えるからこそ、魔法使いマナは勇者の仲間となったのだ。
魔女レダの顔から笑みが消え、すべての黒い球体をフレアに向かわせる。
攻撃の振動が魔王城をゆらし、玉座の間に爆風が荒れ狂う。
爆風がやみ、アンフィが見たのは……
倒れた魔王の側近と、
そして……
無傷の魔王と、魔王に頭を掴まれ、だらんとした武闘家レンの姿だった。
そんな……
その両腕はあらぬ方向に曲がり、体は背中の装甲がすべてはがれてしまって、黒く焼け炭化している。
魔王は武闘家の体をまるでごみを捨てるように放り投げ、つまらなそうに言い放つ。
「こんなものか?勇者というのは。実につまらんな」
「レンを盾に……」
絶句する。
アンフィはレンのそばまで駆け寄りたい衝動を必死におさえ僧侶の名を呼ぶ。
「おねがいアンリ! 」
アンリは回復魔法をレンに掛けようとして…。掛けようとして……その事実に愕然とする。
レンはもう…
「さて、余興は終わりだ。勇者よ、わが城で永遠の時を過ごすがよい」
魔王が両手にためた魔力を放つ。
――――氷電王ノ世界
周囲に氷の冷気と雷が荒れ狂う。
氷の欠片と絶え間ない電撃がアンフィ達を襲う。
マナが炎の防壁を作り出すも一瞬でそれは破られ、氷の刃に体を切り刻まれてゆく
さらに魔王は呪文を放つ
――――魔封氷牢
身構える隙もなく、アンフィはビキビキと氷に覆われてゆく、
「マナ!あなただけでも逃げなさいっ、まだ希望は……私の故郷に……」
そこまで言うと完全に氷に覆われてしまった。
魔王は満足そうに言う。
「これで勇者は復活できまい。死んではおらんからな、この世界に勇者はもう生まれることはない」
聖女アンリは絶望に包まれそうになるが、
まだ……まだよ……
呻くようにつぶやく。
まだ、私には最後の手段が残されている。
「私の身も心も捧げます。我が女神よ、ここに! ――――女神降臨」
それは神を降ろす禁断の秘術。
「体が動かん、こ、これは女神の気配…女神を召喚したというのか!!」
初めて魔王が焦ったように言い放つ
アンリから光が放射状に広がる。
――――いきなさいマナ、このものの覚悟を無駄にしてはいけません
マナの頭の中に女神の声が響いた
「女神様…」
――――私が降臨できるのもわずかです。アンフィの言葉を信じて
そして……
魔王を睨みつけながら
――――マナはぎりりと唇を噛むと、帰還魔法を唱えたのだった。