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汝は裏切り者なりや? シリーズ

汝は裏切り者なりや?3 IF タイガードの龍

少女は生まれつき、不幸な人間だった。

 少女が生まれる前から、自国は他国と戦争をしていた。

 歩けるようになってすぐの事だ。家を敵軍に燃やされ、別の家に引っ越すことになってしまった。

 まだ幼く、思考能力も未発達だった少女には理解出来なかったが。母が泣き、今は家にいない父が私を抱きしめていた為今でも覚えている。

 少女の父は言っていた。勝つのは我々であると。

 だがそんな父に似て、子供離れした頭脳を持つ少女にはわかった。

 

 その時の人口は、二千人弱。対して敵国は、その倍以上。

 文明のレベルも、敵国や他のアジアの国と比べれば大きく遅れており。銃を持つ兵士は、少女の国では珍しく、銃は敵国の落とし物を拾っただけのもので、在庫は限られており。

 銃を手にできる兵士は、少女の国では王が認めた強者だけだ。

 この国はいつか滅び、生き残ったとしても敵に捕まれば、人権は無くなる。子供だが賢かった少女には、それが分かっていた。彼女が指導者なら、まず国を捨てることを考えていただろう。

 しかし再び、少女は考える。一人で誰の意見を訊くことなく。もし本当に捨てることになったとして、自分はその運命をおいそれと受け入れるだろうか・・・・・・と。

 この家、この国。それらに対する執着が、自分に全くないと言えるだろうかと。

 

 その時少女は、一つ理解した。父が、母が、この国の民が、そして自分が。この国に居続けようと抗う理由。

 皆、少しでも今の生活を守りたいのだ。

 出来るだけ失わないように。だが、失ってもまだ取り戻せるものを先に犠牲にして。

 そんな事を考えながら、人形遊びを続ける少女。

 この国では、時には主婦ではない若い女性も戦争に駆り出される事もあるが、まだ十にも満たぬ少女には先の話。

 戦時中、幼い子供というのは学校以外で外に出る事が無い為、敵の襲撃が無い時は暇なのだ。

 少女の父は遠征に、少女の母は一階で敵国の襲撃を常に警戒しているという状態ではあるが、少女は特に何もせず、こうして戦時中の民の行動一つ一つに対し、疑問を抱いては、その疑問に対して自分で答えを出す。

 それが、少女の『日常』だ。

 

 だがそんな少女は知らなかった。物心ついて初めて失うものが、どれだけ大きいかを。

 コンコン、とドアがノックされる。

 それを聞いた少女の母が、木で出来たドアを外側に開けると、茶色の軍服に身を包む二人の男が見えた。

 母がその男と話し始めて数秒後。

父が戦場に行く時つけている頭巾とゴーグルを、男が母に手渡し。

何の話をしているか分からないが、男が頭を振り、それを見た母がその場で泣き崩れた。

 父は確か数週間前から、敵国攻めに参加していて家にいない。

 父の身に何があったのか気になった少女は、母に近寄って軍服の男に言う。

「父さんは、父さんはどうなったんですか!?」

 国に執着などない。家に執着などない。生きていれば、また手に入る。

 だが父は・・・・・・、父は失えば二度と手に入らない。

 眼を閉じ、頭を振った軍服の男。そしてそれを見て泣き崩れた母。それらを見れば、少女のように賢くなくても、何があったか、そしてこの男が次に口にするであろう言葉は容易に想像出来る。

 それを聞くのが、怖かった。

 少女は目を閉じ、それを聞く覚悟をした。

 男は目を瞑り、少女の背の高さまでしゃがんでから言う。

「ペテロは・・・・・・、君のお父さんは。仲間と共に銃弾に撃たれて死んだ」

 覚悟はしていた、筈だ。だが、どこかでそれを否定したい自分がいた。

 気づけば、賢く冷静な筈の少女は、大粒の涙を零しながら叫んでいた。

「なんでだよ。なんで父さんを助けなかったんだよッ!」

 男は悲痛な顔を浮かべながら言う。

「すまない・・・・・・。他の仲間も、ペテロの親友も死んでいたんだ

この遺骨も、彼のものだ」

 バックパックから取り出した壺を丁寧に置く男。

 冷静さを失った少女はそれを蹴飛ばし、それによって割れた壺と遺骨を指さし叫ぶ。

「こんなものが私の父さんなわけがないッ!

他の奴らが死んだなんて知らない! なんで父さんを生かして帰さなかったんだよ!!」

 少女の無礼極まりない言葉を聞いた男は、腰から剣を抜き両手で掲げた。

 それを見たもう一人の男は止めようと、剣を持つ男にしがみつく。

 母親は、少女を庇った。剣を見た少女は、瞳孔を開きながら、口を小さく開く。

 しがみつかれて自由を失った男が、剣を掲げながら言う。

「あいつらは、お前達を守る為必死に戦った・・・・・・。

あいつらが死ぬ覚悟で戦ってくれなかったら、お前達が死んでいたんだぞ。

お前はたった一人なんかの為に、他の兵の命を軽んじて見ている。

そんな無礼者に対し、何で剣を振り下ろすことを許してくれないッ!」

 剣を振り上げながら、硬直する男が言った。

 次いでしがみつく男も口を開く。

「ここでこの少女を殺しても、意味などありませぬ!

どうかお止めになって下さい!」

 しがみつく男が言い終えると、剣を振り上げていた男が脱力する。

 そうやって、戦いは新たな憎しみを生んでいく。

 味方と敵だけでなく、味方同士で憎しみ合いだす。

 もう一つ、少女は賢くなった。戦乱は、人を狂わせ、冷静さを失わせると。

 敵国たるマグニ帝国の国民が勝利という精神麻薬でハイになるのに対し、負けている自分達は自信を無くし、それによって力を失い、滅びの時を待つばかりになっている。

 男二人は辛い顔を浮かべながら、扉を閉めた。

 母親は泣き崩れながら少女から離れ、リビングに戻る。

 母が置き忘れたゴーグルと頭巾を拾い、少女は自分の部屋に向かう。

 少女の名はコリューメ。青い瞳と薄いツンツンした金髪を持つ少女。

 村の一部の人からは、美少女と呼ばれていた者だ。

 

◇◇◇

 

 時が経過し、少女――コリューメが十五歳の時の事。

 家の扉を開け、コリューメは母といつもの挨拶をする。

「ただいま、母さん」

「おかえり、コリューメ」

 自室は父が死んだ当時と比べ改築され、二階にある。もともと少女の部屋だった場所は現在・・・・・・。

 コリューメは元自室の扉を開け、明かりを点ける。

 私物は二階に移動させたので、当然ここにはない。あるのは、小さな机と花瓶。

 そして、父の遺影。

 父親の遺品である、ゴーグルを外し。眼を閉じてから、音を立てずに手を合わせる。

 ――父さん・・・・・・。

 眼を開け、再びゴーグルをつける。

 コリューメは父の死後、学校に行く時も、何をする時も、ゴーグルと頭巾は手放さなかった。故に、学校でコリューメと知り合った者は、コリューメの素顔を知らない。

  因みに頭巾とゴーグルの事を、学校を兼ねた訓練所で女子――たまに男子に言われたりするが、コリューメ自身は彼らに対し、「放っておいてくれ」と思っている。

 二階に行き、頭巾は被ったまま、ゴーグルのみを外してコリューメは布団に入った。

 その時だ。

 ドガーン、という爆発音が耳に響いた。

 目を開け、ゴーグルを着用し、母がいる一階に行く。

「また誰かの家が!?」

「そうみたい・・・・・・。しかも特攻部隊がもういないから総攻撃を仕掛けてきたみたい。コリューメ」

 総攻撃で国に仕掛けてきたということは、ほぼ必然的にこの家は焼かれる。だけど、母はこの家と、今だ心に生き残る父と共に死ぬ気らしい。

 そんな状況でコリューメに何を言うか、ほぼ予想していた。

「多分今日か、明日にもこの国はおしまいよ。でも私は、最期はあの人と死ぬって決めてるから・・・・・・。あんただけは、この国から出なさい!」

 母は泣いていた。本当は死ぬときは、娘にも側にいてほしかったのかも知れない。だが母は気を遣って、自分のわがままに、娘を巻き込まないようにしたのだ。

「はい」

 コリューメは冷たく、母に返事をした。

 

 家の扉を開け、敵兵を拳で払い除け、国の外を目指して走る。

 そんなこと、自分には造作も無かった。自分が生き残る為なら、国も、家も、家族も・・・・・捨てる。父が死んだ時に出来なかったことを、今度はやるんだ。

 母を捨ててでも、前に進む。

 集落程の大きさしかない、小さな国の出口目指して駆け出し。

 出口前に来た時に。

コリューメは、自分が涙を流していることに気付いた。

 自分に母などいなかった。そう思い込み、忘れようとしているのに。

 涙は溢れるばかり。

 

◇◇◇

 

 そして、コリューメが国を出て数時間後。

 マグニ帝国の軍は、国王ガザ―ドと、その息子シャルルを殺し。

 タイガードはマグニ帝国に占拠された。

 

◇◇◇

 

 五時間を掛け、国外の森へ隠れることに成功した。

 そこで自分以外の二十九人がいるということは、国から逃げ延び、生き残れたのだ。

 皆生きているというのに、辛い顔――中には泣いている者さえいた。

 仕方ない。皆国と住む場所、中には大事な人を失った者さえいるのだから。

 コリューメは東を見た。自分が住んでいたのは、アジアの小国。中国の近くに存在する。

 現在戦争をしているのは、コリューメの国とあの黒い兵装を纏う敵兵達の国だけではなく、交戦権を否認している国全てだ。

 また国対国だけで無く、ロシア、中国などの主な大国では内戦が起こっているところもある。

 一部の国ではこれを、第三次世界大戦と呼んでいる。

 国を失い、住む場所を失ったコリューメ達に出来る事は一つ。

 戦争を行っていない平和な国に、亡命すること。

 だが皆、亡命する為のプランが思いついていない者だらけだ。

 一人で亡命しよう。他人の力など借りるだけ無駄だ。

 皆考え込んでいたが、コリューメはあの山に向かおうと歩き出す。

「待て、どこへ行く?」

 男の声。その声で足を止めてから声の方向に振り向き、答える。

「決まっているだろ。亡命するんだ。

今戦争をやっておらず、難民を受け入れてくれる国など日本以外あるまい」

「待て。ならお前を筆頭に、亡命したい。ダメか?

お前は見たところ、只者に見えん。一度お前に任せてみたい」

 皆が、その男性の言葉と共に立ち上がる。

 正直言うと、リーダーなど自分には向かないのだが。

「分かった。ただし、着いてくる覚悟のある奴だけだ。

それで死んでも、責任は取らない。良いな?」

 コリューメはそのまま、山への道を歩き始める。

 

◇◇◇

 

 その山はかつて、タイガード人が国を手に入れる為に隠れていた山。

 タイガード人は中国の共産主義社会に耐えかね、自由を求めた中国人だった。

 彼らは自由を求め、元は異民族が住んでいた土地を侵略し、自分達の国とした。それが、タイガード共和国。

 その国も、今は滅びてしまったわけだが。

 故に、タイガードの公用語は主に中国語だ。

 

 敵国が望遠鏡や衛星――或るいはそれより高度な技術で、自分達を探しているかも知れない。

 それを警戒しながら、静かに山を登る。

 洞窟がどれくらい登った先にあるのかは、既に記憶している。家から撮影機器を持ってきていなかったが、コリューメは並外れて記憶力が良い。

 だが洞窟に入ってさえしまえば、危険は比較的無くなる。

 勿論、仲間の内誰かを外の見張り役として置く必要はあるが。

 コリューメが歩き始めて三時間後。洞窟の入口を発見した。

 

◇◇◇

 

 全員が洞窟に入ったのを確認し、一番奥で胡坐をかいて座る。

 洞窟の奥は灯りが無ければ何も見えない程暗い。

 なるほど。侵略時に隠れる場所に選んだ理由が少し分かった気がする。

 だが高度な文明を持つマグニ帝国が、タイガードが出来た経緯を知らない筈がない。

 コリューメ達が過去の記憶を辿って、ここに隠れたことが分かってしまえば、すぐにでも兵士をここに向かわせ、退路を阻んで蜂の巣にするだろう。

 ここで休むのは、長くて一日が限界だろう。もとより、日本に亡命し安全な生活を求める以上、ここで長い間留まるわけにはいかないのだが。

 コリューメは落ち着いた声音で、指示を出す。

「灯りは最低限周りが見える明るさで使用しろ」

 それから、と事前に仲間から貰った名簿を見ながら、

「フィナード。お前は外で見張り役だ」

 そう言って、彼女はフィナード――ツンツンした白い髪を持つ少年を一瞥する。

「ああ」

 少年は外に出て、見張りを始めた。

 彼の年齢は、私より一つ年上の十六歳。

 銃が希少だったタイガードで、戦争時に銃を扱う権利を得たにも関わらず、剣で戦うことを選んだフィナードは、《剣豪》として名が通っていた。

 そして彼の容姿は、国で一番怖いと噂されている。

 白いツンツンした髪、エラの張った顔つき、鋭い一重瞼の黄色い瞳、百八十五センチという高身長。

 彼を知っている多くの人は、鬼のような容貌、と評している。

 もっとも、一部の人間の中では彼をカッコいいと言う者も多いようだが。

 そんな男に冷静に命令を下したコリューメに、彼を知る者は驚きの視線を向けていた。

 

 さて、この大移動のメンバーは三十人――つまりあの森に避難した生き残り全ての筈だが。

 その中にはフィナードだけでなく、彼の妹も一緒に来ているようだ。

 名はストラノ。彼女はフィナードと対照的に、私より二つくらい年下の小柄な美少女だ。

 鬼と評される彼とは、正反対の存在。戦闘能力は皆無で、運動も苦手と名簿に書いてある。

 ここまでは順調に進んでいる。だがこの先、マグニ帝国だけでなく、別の国も戦争をしている。他国の流れ弾や襲撃を喰らって犠牲者が出るかも知れない。

 彼女は、もしかしたらこの後犠牲になるかも知れない。

 そう考えると、少しだけ胸が痛い。

もとより、コリューメは一人で亡命するつもりだった。人が死ぬところを見るのは、嫌なのだ。父の時や、母の時のように、心を痛め泣いてしまうから。

それが見知らぬ他人の死であっても、だ。

ひょっとしたら、敵を殺すことすら躊躇ってしまうかも知れない。

だから、比較的敵に見つかりにくい一人での亡命を選択しようとしたのだが、気づけば全員がついてきていた。

今の内に、心を強く持たなければ。

ゴーグル越しに、今にも出そうな涙をどうにか抑え、別の男を一瞥し呟く。

「エド、お前は今の内に寝ておけ。就寝時間になったら、フィナードと交代だ」

 エドはフィナードと同等の強さを持つ老戦士。

 コリューメの父が死ぬ前に兵士をやめたが、未だ負けたことが無いらしい。彼も銃を持つ権利を国から与えられたにも関わらず、刀で戦っている。

「御意」

 その命令に文句を言わず、彼は目を閉じた。

 次に青い髪に朱色の瞳を持つ童顔の青年が、酒を飲んでいたのを視線で刺しながら言う。

「グーシン。死にたくなければ、こんな状況で酒を飲むな」

 苦笑交じりに、グーシンは酒の瓶の口をコルクで塞ぎ、バッグに収納する。

「へいへい」

 年齢はフィナードと同じくらいと聞いたが、親父臭い返事をコリューメにした。

 それと同時に。

 自分の国で、何かが爆発する音が小さく耳に響いた。


◇◇◇

 

 起床したのは午前七時。

 携帯食料で朝食を済ませ、洞窟から別の隠れ場所への移動準備を焦らず開始した。

 前日は敵襲が無く、熟睡とはいかなかったがそれなりに眠れた。

『今は』、まだ安全だ。敵襲の合図が無いうちは、こうしてゆっくりと準備を進められる。

 昨日の爆発音は、フィナード曰く、自分達の家や田畑を破壊していた時に生じた音らしい。

 彼は泣いてはいなかったが、悲痛な表情をしており、コリューメも辛くなったが表情には出さなかった。

 その時、フィナードが動揺していたように見えたが、それが何故なのかは分からなかった。

 任された身ではあるが、リーダーたる者、常に冷静さを欠いてはならない。家や畑が焼けたぐらいで動揺や辛い表情をしては、示しがつかない。それは例え、仲間が死んだとしても、同じこと。

 ゆっくりと準備を進め、全て荷物を詰め終わったその時だ。

「敵襲だ! 敵が山に登っている! コリューメ!」

 フィナードの叫び声に反応し、コリューメも叫ぶ。

「皆の者! 東の森へ行くぞ!」

 ゆっくりと準備を進めていた洞窟内の皆が急ぎだす。中には大きな荷物を捨てる者もいる。

 見張りをしていたフィナードが準備を終え、まだ途中だった彼の妹――ストラノに声を掛けた。

 

 全員の準備が終わったのを確認してから、急ぎで指示を出す。

「私を先頭、フィナードとエド、グーシンが殿(しんがり)だ。良いな?」

「ああ」「御意」「へっ、任せな嬢ちゃん」

 了承した三人は洞窟に残り、私達二十七人がまず逃げ出す。

 

 あの洞窟から東の森に逃げる為には、ここから東への下り道を駆ける必要がある。勿論舗装されていない道故、行き止まりなどもあるだろうが、その時はロッククライミングなどで移動しなければならない。

 予想通り、道が途切れた場所に辿り着き。

 コリューメは失敗して落ちることを恐れず、一気に飛び移る。

 不安定な場所で着地するがバランスを崩さず、次の者の為に素早く前に進む。

 飛び移ることに成功した者も、彼女に続く。

 フィナード達のおかげで、大体の者が飛び移れているようだ。

 振り返ることなく、全力で東の森へ到着。他国ではもう当たり前である携帯端末や通信機器の類はタイガードには無い為、安否確認は不可能。

 それを意識の外に出し。

 コリューメ達は何とか、東の森にある粗末な小屋に到着した。

 

◇◇◇

 

 それと同じくらいの時のこと。

 ストラノは一番後ろで、兄・フィナードの活躍を見ながら逃げていた。

 そんなことをしていては、余計に死の危険性を高めるだけだ。そんなことは分かっている。

 だが、兄が死ぬのは、自分が死ぬのと同じくらい嫌なのだ。

 兄が殺されるくらいなら、いっそ自分が殺される方がマシだ。

 コリューメ達が既に飛び越えた崖を、躊躇いながらも飛び、兄の姿を見続ける。

 獣のように叫びながら、フィナードは銃を持つ敵を圧倒している。

 エドやグーシンと共に、二人を倒してから、フィナードはストラノがいる崖に向かって飛ぶ。

 当然のように彼らが足場につくのを見届けてから、ストラノは見た。

 既に斬られ、絶命した筈の敵兵が、立ち上がるのを。

 彼は最後の力で、銃口をフィナードに向ける。

 その時にはストラノは動き出していた。兄を救わんと。

 飛び越えた崖をもう一度反対側へ飛び。両手を広げて叫ぶ。

「兄を撃ちたいのなら、私を殺してからにしなさいッ!」

 怖かった。

 当然だ。見える地獄に足を踏み入れるような行為をしているのだから。

 ストラノは、兄が『好き』だ。

 何度でも言う、自分の中にある死への恐怖さえ誤魔化す為に。兄が死ぬくらいなら、自分が死にたいと。

 この時、ストラノは少し考えた。

 何故自分の頭の中に、兄と共に生き、兄と共に死にたいという選択肢が無いのか。

 やっぱり自分は、運が悪かったのだ。

 ストラノの両親は、フィナードとストラノを逃がし、マグニ兵に殺された。

 自分の友達も、親や家族を敵に殺されたと言う人が何人もいた。

 ストラノはそんな世界に生を受け、こうして兄の為に死を選ぼうとしている。

 誰かを救いたいと願うなら、まず自分が盾となり、散る。そうするしかない。

 それが兄と生死を共にしたいという選択肢が自分の中に無かった理由で。こうして自分が敵兵に飛び込んだ理由で。敵兵の意思一つで自分が絶命する運命にある理由である。

 さあ、ストラノ。言うんだ。

 大好きな兄さんに、最後に伝えたい事を。

 兄がいる方向を向いて、

「兄さん、早く逃げて! 絶対に、生き延びてッ!」

 フィナードは、鬼という仇名に似合わず涙を流しながら手を伸ばす。

 だがエドとグーシンが、無理矢理フィナードを引っ張って進む。

 それを見届け、ストラノは正面を向く。

 時間が、遅く感じた。

 敵兵の銃口から、勢いよく放たれた銃弾。

 この速さなら、避けられるかな。そんな言葉が、意識を支配するが。

 体が動かない。

 動け、動け。兄は先に逃げた。これを避けて、敵兵の行動を封じることが出来れば、兄と共に生きられるんだぞ、と心に叫んでいるのに。

 人が生まれるのは、母が苦しんで産んだ結果で、大変なものなのに。

 人の死というのは、どこかの誰かの気まぐれで、簡単に起きてしまう。

 弾丸が、自分の体を穿ち。

 貫かれた箇所から、緋色の液が流れ出す。

 時間が戻る。

 右手で口に触れると、その手が瞬く間に赤く染まった。

 それを見てから、視界が閉じ始め。

 意識が途切れた。

 

◇◇◇

 

 あの洞窟からこの小屋まで向かうのに、三時間が掛かった。

 全員が戻る前に、コリューメのみ別室に移動し、全員の帰還を待っている。

 荷物の整理が終わると同時に、ノックの音。

 ドアが開かれ、フィナードが入室した。

 眼を閉じて、少々涙を流しながら彼は言う。

「コリューメ、ストラノが――妹が死んだ」

 それを聞いて、重くなった心を何とか抑え。

 頭巾とゴーグルの下に隠された顔が歪むのを止め、コリューメは素っ気なく、フィナードに言う。

「そうか」

 名簿にストラノのところにバツ印をつけ、フィナードに背中を向け、元々この家にあった椅子に座る。

「おい」

 当然重く響く、フィナードの声。

 次の声が聞こえた時には、フィナードは既に眼前に回っていた。

「貴様、ふざけているのか?」

 コリューメは抵抗しなかった。そのままフィナードは、椅子に座る自分の胸倉を掴み、壁に叩きつけていた。

 コリューメ自身も、何故胸倉を掴まれたのか意味が分からない。

 突然怒りだしたフィナードは、コリューメを睨みつけて言う。

「いいか!? 人が死んだんだ! なのに何故お前は平気そうなんだ!」

 

 なんだそういうことか。

 フィナードは別に、コリューメにリーダーをやれとは言わなかった。

 だが他の皆がリーダーと慕っているのに、泣くことも動揺することも出来ない。

 冷静になれ、コリューメ。そして目の前の男を黙らせるんだ。

「人が死んだから、どうしたの?」

 機械のような、落ち着いた声でコリューメは言う。

「だからッ

「人が死んだのを泣いたり、喚いたり、怒ったりして、それに何の意味があるの?

そんなことをしたって、君の妹は生き返らない。

私にそうして欲しいなら、そうするべき理由を説明して欲しい。

ともかく、明日敵が来るかも知れない。今日はもう休みなさい」

 言い終えた途端、フィナードはコリューメを解放した。

 そのまま部屋の外に向かって歩き出し、乱暴にドアを閉める。

 そして不意に、何故か涙腺が崩壊した。

 胸倉を掴まれたからではない。怒られたからではない。自分は、悲しんでいるのだ。ストラノの死を。

 机に頭を伏せて、コリューメは眼を閉じた。

 

◇◇◇

 

 それから半年が過ぎていった。

 犠牲者は増え続け、その度に心を痛め、泣き、心を殺し。

 それを続けて日本まで近づき。

 その末に生き残ったのは、コリューメ含めて十六人。

 とある夜の事。あの時と同じように、フィナードがドアを開ける。

 殺意に満ちた顔を、コリューメに向けていた。

 この半年間で、コリューメに不満を持つ者は急激に増えた。

 リーダーになったのは、コリューメの意思ではないのに。

 フィナードは剣を片手で構え、口を開く。

「コリューメ、俺と勝負してもらおう」

 いつも通り、淡々と答える。

「私に、挑むのか?」

「これ以上、お前の為に命を捨てることを誰が望むものか! リーダーなのに、仲間を守ろうともせず、仲間が死んでもそれだけで片付ける。

そんな無慈悲な貴様に、リーダーたる資格は無い!」

 それが、彼の答え。

 コリューメは思った。

それだけで済ませている? 馬鹿馬鹿しい。

 どれだけ心を痛め、どれだけ泣いたのか。そんなことは、自分が影で苦しむ所を見ていないフィナード達に分かるわけがない。

 自分の意思で勝手についてきて、よく言えたなとコリューメは心で呟く。

 黙って何も言わずにいると、フィナードが続けて口を開く。

 いや、これは。

「――はっ・・・・・・あはは。ははははははははははははははッ!!」

 彼は笑った――否、発狂したと読み取るべきだろうか。

 そして感情の籠っていない声で、フィナードは言う。

 

「お前には、感情が無いのか?」

 

 その時だ。

「・・・・・・してよ」

「あ?」

 

 私の心は、遂に限界を迎え。

 制御が、効かなくなった。

「言って、分からないのなら、こうするよ」

 

 震え声でそう言ってから、コリューメは自分の頭巾とゴーグルに手をかけてから、素早く外した。

 父が死んで以来、誰にも見せたことのない泣き顔を曝しながら、コリューメは言う。

「勝手についてきた身で、何偉そうなことを言ってるの?

私だって、周りで人が死んで悲しい。例え敵であっても殺したくない。

だから出来れば、ついてきて欲しくなかった。

一番心を痛め、涙を流していたのは私だよ」

 しょんぼりした顔で、フィナードが言う。

「すまん・・・・・・コリューメ」

「私こそ、ごめんね。フィナード。

でもお前のおかげで、泣いて良いって分かった。

ありがとう」

 コリューメはフィナードを抱きしめながら、涙を流してそう言った。

 そしてまた一つ気付いた。

 この男は、実は不器用だったのだと。

 リーダーだけど泣いていいと言い辛かった故に、酷い言葉をぶつけてしまったのだと。

 

◇◇◇

 

 次の日の早朝。

 亡命まであともう少し。朝の支度を済ませ、部屋から出ようとした時の事。

『コリューメ。コリューメ』

 自分の・・・・・・声?

 幻聴だろうか。その声の方向に振り向く。

 そこには、実体ではないが。確かに自分がいた。

 コリューメはそれに向かって、言葉を返す。

「お前は、誰だ?」

『私は、コリューメ・ドーラ。紛れもないお前そのもの。

だが、私はこことは違う時間流に存在するお前。一つの可能性だ』

 どういうことだ、と聞き返す前にもう一人の自分が言う。

『コリューメ。お前はこの後フィナードを失いながらも、日本への亡命は成功する。

しかし、その後今生き残っている仲間はお前以外全て死んでしまうぞ』

 その発言を聞いて凍り付く。回避する方法は無いか、そうコリューメはもう一人の自分に聞く。

『ある。マグニ帝国を、今のお前達で滅ぼすんだ』

「何?」

 呆然と聞き返すコリューメに、もう一人のコリューメが続ける。

『方法を今から説明する。良いな?』

 そうして具体的なプランを語りだした。

 ――・・・・・・。

『・・・・・・という感じだ』

 ――話は聞いた。だが思った。本当に十六人で、十万人は軽く超えるマグニ帝国を滅ぼせるのか、と。

『出来るさ。この作戦の通りやれば。

それを完璧にこなせるだけの力は、お前たちには十分ある。

日本の軍師・竹中半兵衛だって、信長が苦戦した稲葉山城を十六人でおとしたんだぞ?』

 私が本で読んだことのある情報を、もう一度自分に言われる。

『さあ、伝えるんだ。そして、お(わたし)は負けるなよ?』

 その声に対して、私は父の死以来に笑顔を作り、呟く。

「お(わたし)の事情は理解した。負けないさ、お(わたし)の願いは私が叶える」

 

 意識が覚醒した。

 なるほど、やはりあれは夢だった。

 だが、あの夢と、その中身。それには必ず意味がある、直観的にそう思ったコリューメは、ドアを開けて全員に言う――。

 

「全員、亡命はここまでだ。これからは我らが、奴らに奪われたものを返してもらう番だ」

 

◇◇◇

 

「どういうことだ、コリューメ?」

 フィナードが訊く。

「信じられない話かもしれないが、私は別の時間流の自分と会話した」

 コリューメの言葉を聞いた全員が、驚愕の表情を浮かべる。

 そのまま続ける。

「そいつ曰く、このまま私達が安全に亡命出来ることはないらしい。

彼女が提案したのは、このまま元タイガード領まで撤退し、マグニ帝国の王を倒すこと。

これから、具体的な戦術を言う」

 

 夢の中で彼女がコリューメに言った戦術を、一言一句漏らさずに伝えた。

「この作戦が成功する保証は、残念ながらない。

このまま亡命したいのなら、それでも構わない」

 

 淡々と、作戦を伝えたコリューメにまずフィナードが口を開く。

「何を言っている。生き残る策があり、尚且つ自分の住んでいた場所に帰れる可能性があるのなら、乗るしかないだろう。俺は、お前の意見に賛成だ」

 全員が手を挙げる。賛成してくれたようだ。

 別の時間流の自分が教えてくれた、マグニ帝国王城の簡易図と、敵の大凡の配置。そして戦略。

 それらを全員で眺めてから、コリューメは言う。

「それでは、出陣だ!」

 全員が返事をする。

「おう!」

 

画像

 

◇◇◇

 

 生まれて初めて見るマグニ帝国城を見て連想したのは、亡命する予定だった日本にあったらしい城、安土城が浮かんだ。それくらい豪華、ということだ。

 四か月掛けて、コリューメ達はマグニ帝国城の入口に到着した。

 十六人から一人の犠牲も出すことなく、ここまで来られたが、別の時間流の自分が言ったみたいに上手くいくか、コリューメは心配している。

 既に城の周りの人物は撃退した。あとは、四天王を倒し、マグニ帝国の皇帝・シジン・マグニを倒すだけ。

「いよいよ、来たんだな・・・・・・」

 十万の大軍を十六人で制しただけでも信じられないのに、これから四天王と戦うということが、もっと信じられない。

 いつも通りゴーグルをつけてから、少女は言う。

「行くぞッ!」

 

◇◇◇

 

 コリューメが勝負を仕掛けた四天王は、ゲンブという名を持つ、黒い初老の大剣使い。

 本に書いてあった文章を思い出すと、マグニ帝国の四天王と皇帝は、神器を使い戦うらしい。

 彼は、今は亡きグーシンや、まだ生存し今も尚戦うフィナードやエドに勝るとも劣らない実力の持ち主。

 対してコリューメは、何の武器も持たず、拳を握った。

 昔から得物を使う戦闘より、拳による肉弾戦を得意としているコリューメ。

 勿論武器を全く持たないのは危険故、腰に短剣を携帯しているが。

 ゲンブは剣を背中から抜き、構えてから口を開く。

「俺との勝負に拳で挑むとは・・・・・・俺をからかっているのか?

弱小国の小娘」

 コリューメは少し笑いながら返す。

「その弱小国の小娘相手に、十万の内の殆どを気絶させられたわけだが、そこに関してはどう答えるのだ?」

 その一言で、動揺するゲンブ。

 だがすぐに冷静さを取り戻し、くくくと笑ってから、

「なに、貴様を倒せば快進撃もここまでだ。

死ぬまでやるか?」

「いや、私は出来れば無駄な血は流させたくない。

この戦で流れる血は貴様の王の血だけだ。

こうしよう。お前は私を殺せば勝ち、私はお前を殺す以外で戦闘不能にすれば勝ち。

これでどうだ?」

 余裕で言うコリューメに、ゲンブは言う。

「ははは、面白いな。好きにするが良い。

始めよう、闘争をッ!」

 重い音を響かせながら、ゲンブはコリューメに向かって駆け出した。

 両手剣を使い慣れているとは言え、この速度では逃げるのも躱すのも容易だ。

 例え敵の姿を見失っても、音で位置を把握し、対応することが出来る。

 勝負など、始める前からついている。

 コリューメに接近したゲンブが大剣を振り下ろす。

 それを軽々と躱す。

 否、躱す筈だった。

 確かに、躱すことは出来たが。大剣を振り下ろす速度だけは、ずば抜けて速く・・・・・・コリューメはギリギリ躱したのだ。

「くッ!」

 だが此方にここで止まっている時間など無い。

 ゲンブに向かって、昔学んだ格闘術を放つ。

龍之回転(ドラゴン・スクリュー)

 ハリケーンの如く打ち出した連続回し蹴り。

 命中したが、決定打にはなっていない。

 すかさず、とどめの技を繰り出す。

虎之襲撃(タイガー・レイド)ッ!」

 虎が得物に噛みつくが如く放たれた正拳突きが、ゲンブの心臓に命中する。

 怯んだ。

 そのチャンスを逃さず、短剣を抜き、ゲンブの右腕に刺した。

 痛みで腕を抱えながら、ゲンブは悶絶し。

 そのまま意識を失った。

 コリューメが実戦で、“殺さず”に敵を倒したのは、これが初めて。

 ここに来るまで、マグニ帝国の奴らだけではない――命ある他国の人間、そして自分を殺そうとした仲間も、正当防衛だと自分を納得させてきた。

 コリューメにとって“殺す”とは一切の躊躇が許されないことは知っており、今までそれに躊躇などしたことがなく、終わってから影で泣いていたが。

“殺さない”戦いは、自分を強くする良い機会だと、心から思った。

 もう既に、気絶し、意識が無い敵に向かってコリューメは呟く。

「悪いけど、私は行く。

お前が目覚める頃には、血以外の景色が見える世界と変わっていることを約束しよう」

 第三次世界大戦が始まったのは、三十年前の事。

 何故それだけ長い期間戦争が出来るのか、コリューメは未だに疑問を抱えている。

 でも、これだけは言える。

 終わりが来ないなら、自分達が終わりにしてしまおう、と。

 最後にこれだけ呟いてから、コリューメはその部屋をあとにした。

「戦争が終わったら、再び殺し合いではない勝負をしよう」

 

◇◇◇

 

 王の間に入る前に、全員が集合した。

 フィナードはセイリュー、エドはスザーク、レベッカという女性にビャーコを倒させ。

 ほぼ皆ボロボロの状態だ。

「というかコリューメ殿、年寄りにあの熱い男の相手はきついですよ」

 スザークは拳使いの熱血漢だったと聞いている。もう七十に近いエドが相手するには無理があったのだろうか、少し疲れが見えている。

「大丈夫だ。この先にいる皇帝さえ倒してしまえば、しばらくは休める。

頑張ってくれ、エド」

 自分の数倍は生きている年上の男に淡々と言う。

「それからフィナード。この後の戦い、お前の力は必要だ。

最後まで生き延びろ」

「言われなくとも。妹に生きろと言われているんだ。

それで、休憩が済んだなら。行くぞ」

 フィナードはそのまま、王の間の扉を開ける。

 その背中を見た時、少々心臓がとくん、と脈打った気がした。

 それが何なのかは、今のコリューメには分からなかった。

 

 その男は、赤と金で構成された豪華なローブを纏っていた。

 顔は予想に反して幼く、王様には見えない。

 腰には、派手な装飾が成された金の長剣。

 だがあまり強そうには見えない。

「へー、よく来たねえ。まさか十六人で来るとは思わなかったよ」

 幼い顔に半目で笑みを浮かべ、子供のように呟くシジン。

 自分と歳は変わらない筈なのに、神話に出てくる魔王や巨人を目の前にしているような、圧倒的な威圧感。

 王座から立ち上がり、ゆっくりと段差を降りる皇帝。

「父さんと一緒に、ここまで大きくしたマグニ帝国をここまで追い詰めるとはね。見事だよ。

だけど、それもここまでだよ・・・・・・」

 シジンは腰から剣を鞘ごと取ってから、鞘を投げ捨てて構える。

「僕の望みは一つ。父さんが大きくしたこの国を君達から守り・・・・・・。世界征服の糧とすること」

 コリューメは拳を握る。

「させない。私達の国、返してもらうぞッ!!」

 子供のように不敵に笑うシジンに、名を叫びながら突撃する。

「――行くぞ、シジン!!」

 十五人も突撃しようとするが、突如現れた深紅のレーザーに阻まれる。

「これは僕とコリューメの戦い、邪魔しないでくれ」

 彼我の距離が一メートルまで迫ってから、両足を蹴り飛び出す。

 真っすぐに右拳を伸ばし、シジンの懐に飛び込む。

 少年は笑っていた。敵の攻撃が迫っているというのに。

 その時。シジンは動いた。

 右手に持つ剣を横に薙ぎ、コリューメの腹を切り裂く。

「ぐ・・・・・・」

 飛び込みからの正拳突きは成功せず、その場で膝をつく。

 再び剣を構えなおし、笑顔で口を開くシジン。

「あれ? 君は十六人で僕の手下を屠ったすごい人なんだよね? それがこんなに弱いなんて、期待外れだなあ」

 目を丸くして、ゴーグル越しに上目遣いでシジンを見るコリューメ。

 相手が、怖い。

 そして、死ぬのも・・・・・・。

 子供離れして頭が良い筈のコリューメは冷静になれず。

 涙を流したまま、跪くことしか出来ない。

「・・・・・・ぁ。あぁ・・・・・・」

 声にならない喘ぎ声を漏らしながら、ただ斬られるのを待った。

 その時だ。

「うおおおおおおおッ!!」

 一つの絶叫。先までの戦いでボロボロになっていた黒いハーフコートが破け。

 レーザーの痛みに耐えながら、フィナードがシジンの前に立つ。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

 レーザーに焼かれ、彼は左腕を失っていた。

 右手のみで剣を振るい、シジンの剣を防ぐ。

「レーザーに焼かれて、左腕を失ってまで人を助けるなんて、そんなにコリューメに惚れたのかい?」

 鍔迫り合いをしながら、フィナードは苦しそうに呟く。

「あぁ・・・・・・。そうかもな。

こんな無茶が出来たんだ。否定はしない」

「でも終わりだ。君は自分の好きな人が死ぬところを見ながら、君も死ぬと良い。

どう足掻こうとも、強者たる僕を超えることなど出来ないよ」

 競り負けたのはフィナード。剣を弾かれ、腹を斬られて飛ばされ。

 彼は、目を閉じた。

 その光景を見たコリューメ。声すら出さず、絶望に満ちた表情で、シジンに首を差し出し跪いた。

 もう、あとはフェードアウトするように、地獄に落ちたい。

 どうせ皆は勝手についてきたに過ぎないのだ。自分に責任などない。

 自分も、仲間も、殺すなら殺せばよい。

 そのまま目を閉じたその時。自分の――恐らく別の時間軸の自分の声が聞こえた。

『また、負けるのか? コリューメ』

 勝ちたい。未来を変えられるのは、別の時間軸の自分から意志を託された自分しかいないのもわかっている。

 だけど・・・・・・。

『まだ終わっていない。さあ立て。お前の未来を、変えるんだ!』

 剣を振り下ろすシジン。それを弾き、コリューメは立ち上がった。

 鉄の籠手を纏った拳で、全力の正拳突き。

 そして自分を応援する、仲間の声。

「うおおおおおおッ!!」

 右足で、怯んだシジンの顎を蹴り上げる。

「な、なんだと・・・・・・」

 そう呟くシジンに向かって飛び、

「墜ちろォッ!!」という叫びと同時にコリューメは、オーバーヘッドキックをシジンの胸に放つ。

 鈍い感覚が、足を通して全身に伝わる。

 再び着地してから、すかさず腰の短剣を、シジンに突き刺し。

 彼は血を吐いて、絶命した。

 

◇◇◇

 

 その日。三十年前に突如出現し、他国を屠り続けたマグニ帝国は。

 たった十六人の手によって、その歴史に幕を閉じたのだ。

 

 かくして、少女は自分達の国を取り戻し。

 マグニ帝国城から、空を見た。

 昇る朝日が、少女達の勝利を祝しているように見える。

 少女の耳に、再び別の時間軸の自分が語りかけたような気がした。

『よくやった』、と。

 

◇◇◇

 

 それから、数か月後。

 自分の家を建て直し、新しい生活を始めたコリューメ。

 今日も父と、母と、そして――義妹に黙祷を捧げてからリビングへ行く。

 そこには、コリューメの夫がいた。

 彼とは、マグニ帝国を滅ぼしてから二か月後に結婚した。

 白いツンツンした髪に、黒い服。

 マグニ帝国の技術を用いて取り付けられた、鉄製の義手。

 剣豪、フィナードだ。

「フィナード、おはよう」

「おはよう、コリューメ」

 笑顔で挨拶し、気分よく朝食を作り、食べながらコリューメは言う。

「私達の問題は片付いたけど、まだ世界では戦争が続いているんだよね?」

「ああ。まだ戦いは続いている。

もう始まってから三十年が経つが、終わらない。終わる気配すらない」

 第三次世界大戦という名を持つ、三十年の間続き、今も行われている戦争。

 あれだけの事をしても、戦争を終わらせることなど出来なかったが。

 それに終止符を打つのは誰なのか、コリューメは気になっていた。

「案外、お前かお前に似た奴かもな」

「まさか・・・・・・」

 苦笑しながらテレビを見ると、あるニュースが放送されていた。

『世界の決定権をかけた、ラグナロクデスゲームが始まると』

 参加者一覧を見る。新生タイガードは参加無し。

 しかし、韓国代表の二人の内の一人。日本風の名前を持つ――或るいは日本人なのかも知れないが、紫の髪を持つ少女の顔が、コリューメに似ているのだ。

「どうやら、俺の予想は当たったようだな」

「ただの空似だと思うけどなぁ」

 そんな話を続けていたが、フィナードは時計を見て言う。

「そろそろ仕事だ。行ってくる」

「待って」

 去ろうとする背中に向かって言う。

 振り向かせてから、コリューメはフィナードに口づけする。

「ありがとう、コリューメ」

 そう言って、フィナードは外に出ていく。

 コリューメは笑顔で、見送った。


皆さん、大変お待たせいたしました。

本来は夏休み企画として出す予定の小説でしたが、諸事情により、この時期に投稿しました。

イラストを依頼していたのですが、イラストレーターの方の多忙により、イラストは届いた後追加します。

どうかご理解の方をお願いします。

そして、汝は裏切り者なりや?4の制作が決定致しました!

一応2018年のお正月までに投稿する予定です。それでは皆さん、またどこかで!

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