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Call 9―もう電話掛けるのやめるね

 電話が連日鳴り響いた。


 ほとんどは仕事の電話。

 連日俺は関係者の対応に追われていた。

 会社に寝泊まりしながら何枚もの始末書を書き、失敗したところの修正に当たる。

 修正を手伝ってくれる上司や同僚は優しい人もいれば、白い目を向けて文句を言う奴もいる。

 俺に非があるから仕方のない話ではあるが、徐々にストレスが溜まっていく。


 そんな生活をしているから、当然プライベートの時間はほとんどない。

 女との約束もほとんど断って、ドタキャンした約束もそれなりにあった。

 たまに女から電話が掛かってくることもあり、事情を話してもなかなか納得してくれないヤツもいて、苛々させられる。すんなり引いてくれる子からは励まされることもあったが、知った風な口調のそれは、ただ俺をむかつかせるだけだった。

 本当に見境なく手を出していたんだなと、心底後悔した。


 多忙な毎日と、大きなミスをした事による社内での居心地の悪さ、女たちへの面倒臭さに、俺の精神状態は悪くなっていく。


 千佳から電話が来たのは、そんなときだった。



『もしもし、大ちゃん。彼女できたー?』

「ぁあ?」


 受話ボタン押して一番に飛んできた台詞は、早速俺を苛立たせた。

 脳天気な千佳は、それには気が付かない。


『なぁ、サークルの二つ上のショーコさん覚えとるー? 大ちゃんあんま絡みなさそうやったから印象薄いかもしれへんけど、今度結婚するんやってー!』

「……へえ。良かったやん」

『ほんまによかったよなぁ! どんな人かラインで写真見せてもらったんやけど、めっちゃかっこいいの! 経産省の出世コースなんやて!』

「へぇ。すごいな」

『な、すごいよなぁ? 性格もめっちゃいいらしくて、めっちゃ幸せそうやった! 顔良し、頭良し、仕事も出来て優しいって、なかなかないで?』

「……そやな」


 どうせ俺は仕事も失敗するような平均的男だよ。


『あ、でもあたしの彼氏も優しいし仕事も出来るんやけどなぁ。それで言うとこの前さぁ――』

「――あのさあ、それ今話さないかんことか?」

『……え?』


 あまりに無神経すぎる千佳の発言を、俺は苛立ちのままにぶった切った。

 電話の向こうから困惑が伺えて自分でもまずいと思ったが、一度噴き出した苛立ちは、止まりそうもなかった。


「正直ショーコさんとか今千佳に言われるまで存在すら忘れとったのに、結婚とかどうでも良いわ。興味ないのにうだうだ話されても知らんし」

『……えっと、大ちゃん、怒っとんの……?』

「声で分からんか? そんな話、彼氏にでも聞いてもらえや」

『だって彼氏に言うたってショーコさん知らんやんー! ってかそんな急に怒らんでもいいやん。いつも快う聞いてくれるのに……どうしたん? 何かあったん?』


 心底意味不明という様子を醸し出しながらも、相談に乗るでと言わんばかりに俺の心情を伺う千佳。

 それが余計に無神経に思えて腹が立つ。


「何かあったって? あぁあったけど千佳には関係ないことやわ。つーか、お前はいつも何やねん。一方的に電話掛けてきて、好きなだけ喋って切ってってさあ。こっちの都合とか考えたことある?」


 こっちは死ぬほど忙しいというのに、彼氏だショーコさんだ、どうでも良いことばかり言ってきやがって。


「大体お前の話のネタは何やねん。彼氏のしょーもない惚気ばっかり聞かせやがって。そんなん聞かせて俺がフリーなん馬鹿にしとるんか、ほんまどうでもいい」


 そんなどうでもいい話題でこっちは散々振り回されたというのに。


『……大ちゃん、ほんまはそう思っとったん……?』

「あぁ思っとったよ! 上司ガー先輩ガー人間関係色々あるんやろうけど、しょっちゅう酒飲んで遊んどる酔っぱらいの相手するほどこっちは暇ちゃうねん。無神経にも程があるわ! それこそ優しい先輩に相手してもらえや、俺はお前の世話係でも何でもないんやからさ!!」


 半ば、自分でも何を言っているのか分からない状態だった。

 とにかく何もかもが腹立たしくて苛々して、千佳の全てが憎らしかった。


 俺が好きでもない女に手を出すようになったのも、そのせいで仕事も失敗したのも。

 それもこれも全部、千佳が彼氏なんか作らなければこんなことにはならなかった。

 千佳が30歳の結婚の話を出さなければ、俺もおかしくならなかった。

 千佳の電話が忌々しくて仕方がない。


 千佳なんて――。


『……そう。分かった。もう大ちゃんに電話するのやめるわ』


 ぽつりと言った千佳の言葉に、俺の思考が停止する。


『今まで……迷惑掛けてごめんな』

「あ……いや、ちが――」

『ほなね』


 しまったと思ったときにはもう遅かった。

 電話はツーツー音を鳴らしている。画面は空しく待ち受けに戻るだけだった。


 最悪だ。

 一番やってはいけないことをしてしまった。

 仕事のストレス、ここ最近付き合った女への苛立ち、そして女に逃げて仕事を疎かにした自己嫌悪。

 それら全てを千佳にぶつけてしまった。

 千佳に非がないとは言わないが、いやでも、千佳を責めてもどうしようもない。

 俺だって、例え彼氏の話だろうが俺の知らない会社の話だろうが、千佳が電話をくれることが何より嬉しくて、手放したくない時間だったというのに――。


 俺はすぐに千佳に電話を掛けた。

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