Call 7―あのさ、俺……
それから二週間して、酔っ払った千佳が電話を掛けてきた。
『やあやあ、一人寂しい大ちゃん。お一人様生活を満喫しておるかね?』
「うーわ、リア充うぜー」
お調子者の千佳は、幸せオーラを全開に例の先輩との話をし始める。
毎回の如く思うが、そんなに好きなら普通はそいつに電話するだろう。しかも今は付き合っているんだからさ。
そう思うものの、千佳が俺に電話を掛けてきているという状況は、確実に俺を安心させていた。
もう少し千佳の気持ちが知りたくて、俺は上の疑問をそのまま彼女に投げかける。
『え、何で大ちゃんに電話掛けるのかって? そりゃあ特別やもん』
「特別?」
『うん。もちろん彼氏に電話したいけどさ、こんな時間に酔っぱらいが掛けたって迷惑やん。でもあたしは誰かと話したいやん?』
「待て、それは俺なら迷惑掛けてもええんか?」
『うー。でもそんなん言うて、大ちゃん何だかんだ相手してくれるやん。なかなかおらん貴重な友達なんやで』
それはまた、あまりにいい加減で都合の良い回答だ。
しかし俺は悪くないと思ってしまった。
何だかんだ千佳にとって彼氏は気を遣わなくてはいけない存在で、俺は違う。
果たしてどちらが千佳に近い存在か、それだけではっきりしている。
恋愛対象として見れば今は差があるのかもしれないが、長い目で見た場合どちらがいいか、言うまでもないことだ。
俺はスマホを握りしめた。
「千佳、あのさ」
『ん? 何ー?』
「俺、さ……」
お前のことが――。
口の先まで出かかって、俺ははたと止まる。
不自然な沈黙が電話口に漂うが、先の言葉を紡げない。
『大ちゃん? どうしたん、いきなり黙り込んで』
「あ……あぁいや、ちょっとふと仕事のことで心配事があってさ」
『え、大丈夫なん?』
「おお、平気。それよりお前、あんまり飲み歩くのもほどほどにせえよ。そんなん引かずに相手できるん、俺以外には普通はおらんのやからさ」
『あはは、ほんまやね。ほんま大ちゃん気遣わんで楽やわー。ええ友達持ったわ』
「せやろ。感謝しーや」
それから二、三話して千佳は電話を切っていった。
俺はスマホを片手に自分自身に呆れ返る。
胃がきりきり焦れた。
何を躊躇う必要があったのか。
言ってしまえば良かったんだ。
赤裸々に自分の気持ちをぶちまけてしまって。
しかし、別の恐怖が俺を思いとどまらせた。
言ってしまえばどうなる?
このまま素直に気持ちを告白して、二人の関係はどうなるのか――と。
千佳が快く答えてくれたら最高だ。
しばらくは遠距離恋愛になるだろうが、そのまま結婚まで突き進めたらそれでいい。
しかしこれが単なる俺の思い上がりだったとすれば?
ふられてしまったらどうなる?
変わらず友達で、などと千佳かあるいは俺が言うことになるかもしれないが、果たして今まで通りの気楽な関係で居続けられるのだろうか。
いや、仮に恋人同士まで発展したとしても、その先は?
結婚まで行かなかったら、終わる関係でしかない。逆に結婚したとしても、それがずっと続かない場合もある。
今ここで俺が気持ちを告白することが、この気を遣わなくていい強固な友達関係にヒビを入れてしまうことになる気がして、俺はどうしても言えなかった。
恋愛を持ち込まない友情には、終わりがない。
しかし、それなら千佳と彼氏には終わりがあると期待して良いのか?
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
そして俺は気が付いた。
すっかり千佳のペースに飲まれていると。
前には進めない。
止まる方が今の俺には一番いいんだ。
しかし、同時にそれはかなりきつい。
千佳への気持ちを自覚した状態で悩まされるのはごめんだ。
俺はスマホをタップすると、そこそこ仲の良い女友達に連絡を送った。