Call 3―結婚の約束した相手には幸せになって欲しい
『大ちゃん、どうしよう? あたし、好きな人できたかも』
「はあ?」
前回の電話から更に3ヶ月後、酔っぱらった知佳が俺に電話を掛けてきた。
あれから上司のセクハラや女の先輩の嫌がらせなどを仲の良い男の先輩に相談したら、その人がそれとなく上司や女の先輩たちに諭してくれたようで、今ではすっかりセクハラも嫌がらせもなくなったらしい。知佳にも上司や女の先輩にも嫌な気持ちを与えることもなく円満に解決したその先輩が、知佳にはとてもかっこいい救世主のように映ったようで、すっかり恋に落ちてしまったらしい。
「それは良かったやん。彼氏出来て」
『ううん、ちゃうねん。その人彼女おるんやって』
「は?」
『でももう別れそうなんやって。いけるかな、いけるかな?』
そんなことを俺に聞いてどうしろというのだ。
「……そんなんアプローチしてみな分からんことやろ」
『うー……そうやな、でも久々にかっこええと思ったわ! あんな人身近におるとは思わんかった』
「そうか」
それから知佳はその先輩の魅力について熱心に語り出す。だが知佳の口から出る言葉は「かっこいい」だとか「誠実」だとか、果たしてどこがかっこよくて誠実なのかがまったく伝わってこない。それは言い換えれば、どこが、などと考える余地もなくその先輩が魅力的ということなのだろうが。
『あ、でも、思えばこんな話を大ちゃんにするとか、あたし悪女やね』
ひととおり語ると、ふと知佳が言ってくる。
俺は一瞬、こいつは頭がいかれたのかと思った。
『だって一度は契約結んだ相手やもんな。やのにあたしがこのままゴールインしたら大ちゃんやばいね』
その言葉に、咄嗟に「うっせ」と返しそうになって俺は口を閉じた。
確かに二人の救済措置として知佳と結婚の契約はしたが、それはあくまで二人が30歳になったときの話だ。だから知佳に相手が出来たとなれば、その契約はそのまま破棄だ。
まぁ、知佳がこのまま結婚まで行ければの話だが。
なんだかめちゃくちゃアホらしいことをしている気分になってきて、思わず笑い声が漏れてしまう。
「ふん……確かにひどい話やんな。やけど仮にも一度結婚の約束した相手が他のヤツと幸せになるんやったら、俺はそれでもかまわんで」
『あっははっ何それ大ちゃん! ほんま大ちゃんイイヤツやんっ』
「んなもん知っとるわ」
『そやな。じゃああたし頑張るわ! 大ちゃんもはよ彼女作りや』
それだけ言うと、知佳はまた「眠いから切るわ」とか言って電話を切っていった。
暗くなった電話の画面を眺めながら、俺は非常に何とも言えない気分になっていた。
仮にも、ほんの片隅であったとしても、知佳との結婚を考えてしまったのが、かなり損した気分になってくる。別に嫉妬とか失恋とか喪失感とか、そういうものではない。そもそもそういう感情すらないのだから。
だが、妙に込み上げてくるこのやるせなさは何だ。もやもやを感じるのは気のせいだろうか。
いやでも、知佳がこのまま幸せになってくれたら、俺も知佳を娶らずに済むし、全て解決じゃないか。
俺はそう思うことで、この妙な気持ちに蓋をした。