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Call 2―そのときは味噌汁作りに来たらいい

『大ちゃーん、こっちいい人おれへん』


 契約を結んでから3ヶ月後、酔っぱらった知佳から電話がかかってきた。

 聞けばどうやらあれから知佳は会社の人から言い寄られはしているらしいのだが、どの男も会話のレベルが低いだの、女慣れしていなくてキモイだの、日本語が通じないだの、やはり知佳のお眼鏡にかなう男はいないようだ。


『誰か紹介してよー』

「そうは言われても、こっちとそっちじゃ新幹線でも3時間くらい離れとるから無理や」

『えぇーいい人おらんよぉ……』


 電話の向こう側で知佳が項垂れるのが分かった。それはいつもと同じように男男と言う酔っぱらいの知佳なのだが、今日はどこか元気がないようにも思えた。先ほどから何度もため息が聞こえてくるのも少々気になった。


「なんや、なんか悩み事でもあんのか?」

『ぇえ~? 悩み事? んなもん、彼氏できひんことで』

「ちゃうやろ。何かあったんとちゃうんか?」


 少し追究すれば、知佳は簡単に心の内を話し出した。何でも、会社で上司のセクハラに遭っているらしいのだが、これがまたあからさまじゃないから知らない人からすればいちゃいちゃしているように見えるため、それを良く思わない女の先輩から嫌がらせされて困っているのだとか。


『今の会社、イヤや。あたしおる場所ないもん、辞めたいわ。やけど辞めたところで転職なんか上手くいかへんやろうし』


 知佳が今務めている会社は、都市での就活で何度も不採用を食らった後にようやく内定をもらったところだ。むしろこの就職氷河期の中、いくら地方と言えども内定をもらえたのは幸いなことだったのではないかと俺は思っている。


 だから知佳の言うとおり、今の会社を辞めたところで先詰まりということになるのだが。


「会社で他に相談できる人おらんのか? 同期とか上司とかさ」

『うーん、おれへんことはないけど、そんなん言いにくいやん』

「そうは言うても、こればっかりは会社内で解決しやなどうしようもないことやしな」

『うーん……』


 知佳ははっきりしない返事を返してくる。次第に電話の向こう側から鼻を啜る音が聞こえてきた。どうやら相当今の環境が辛いらしい。

 こういう「女の泣き」的なものを耳にすると、どうにかしてやりたい気持ちが湧いてくるが、遠く離れている俺に出来ることなんてほとんどないわけで。


「よし、分かった。じゃあとりあえず転職の準備だけ始めよや。どうせまだ調べてないんやろ?」

『うん……』

「やったらここで辞めるとかうだうだ言っとらんと、行動行動」

『うん、そやな。大ちゃんの言う通りや』

「で、会社で相談できるヤツにちゃんと相談する、と」

『えーそんなん無理や。ますます居づらなるわ』

「まぁそうやろうけど、相談はちゃんとせぇよ。ちゃんと解決できるヤツがおるはずなんやから」


 そう言い聞かせること15分、知佳は渋々といった様子でようやく頷いた。

 果たしてこれが吉と出るか凶と出るかは分からないが、知佳自身が問題解決に行動するのなら、俺はその背中を押してやるだけだ。

 そしてその役目はこの電話で終わるのだ、今日も俺はいいことをしたと自分自身に浸り始める。


『でも、会社も行きづらなって転職も上手くいかへんかったらどうしよう……?』


 しかし、知佳がまたもや自信なさげに尋ねてきた。

 ただ酔っているだけならいつもはへらへら楽しそうにしているくせに、こういう時の知佳は果てしなくネガティブでかなりしおらしい。俺としてはいつもみたいにへらへら笑ってくれていた方が助かる。


 だから俺は冗談めかして言ってみた。


「じゃあそのときは――うちに味噌汁作りに来たらええ」


 そう、これはあくまで冗談。本気なんかじゃない。

 なのに電話の向こう側で鼻を啜っていた音が聞こえなくなった。

 まさか真に受けたのかと、言い出した俺自身が焦るも、すぐに知佳の笑い声が聞こえてきた。


『へへっ何それ大ちゃん。未だに彼女おれへんからそんなん言うんやろ』

「うっさい。ほっとけ。そんな事態にならんでくれることを祈っとるわ」

『うん、そやね。でもありがと、大ちゃんのおかげで元気出たわ』

「そうか」


 これでようやくいつものへらへらな知佳が戻ったようだ。相談に乗っていた俺としても安心だ。

 しかし再び電話の向こう側で音が途絶えた。


『じゃあ、万が一上手くいかへんかったら……大ちゃんちにお味噌汁作りに行くな』


 言われて、今度はこちらが言葉を失った。

 確かに俺はさっきそう言ったけど、それはあくまで冗談であって――。


『なーんて、冗談。だってそんなんイヤやろ?』

「え、お? おぉ、イヤや。やから頑張り」

『うん、頑張るわ』


 相談するだけしてすっかり元気を取り戻した知佳は、「もう寝るわ」と言って電話を切っていく。俺は未だに電話を持ったまま呆然としていたというのに、身勝手なヤツだ。

 しかし、例え冗談だとしても一度言ってしまったことだ。仮に知佳がこのまま上手くいかなかったらそのときは――。


 そのときは知佳と結婚しようか。


 別に未だに知佳に対してそういう感情があるわけではないけど、そうなってもいいと思った。少なくともこの瞬間だけは、本気で考えてやろうかという気にもなった。


 だが、その決心もまた、無駄だった。

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