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Call 10―弱音ならいつでも聞いてあげる

 1コールでは千佳は出ない。

 2コールでも電話は取られなかった。

 3コール、4コール。取られない呼び出し音が続く。

 あからさまに苛立った口調であんなことを言ったのだ。千佳だって電話に出たくないだろう。

 しかしここで謝っておかないと、もう一生千佳とは話せなくなる。

 そんな危機感が俺を襲っていた。


 俺は一回電話を切り、ラインで千佳にメッセージを送った。


『さっきはごめん。俺めっちゃひどいこと言った。ちゃんと謝らせて欲しい』


 ラインの既読は割と早く付いた。

 すぐさま俺はもう一度通話ボタンを押そうとするが、同じタイミングで千佳から電話が掛かってきた。


「千佳……ごめん。俺、どうかしてたわ、めっちゃ苛立ってた……」

『うん。大ちゃんがこんな怒るの珍しいから、何かあったんかなと思ってた……。けど、あたしも無神経やったね……。ごめん……』

「千佳? 泣いとる……?」

『泣いと……泣いとらんよ。けど、言われてみればあたしめっちゃ酷いなぁって……うう……っ』

「いや、ちゃうって! 千佳が悪いんちゃうんやって!」


 案の定千佳は泣いていて、電話の向こうから絶えず鼻を啜る音が聞こえてくる。

 しまったと思いながら、俺は仕事で失敗してその対応や職場の人間関係にストレスが溜まっていることを千佳に話した。

 俺が話している間、静かに相鎚を打って聞いてくれていた。


『そっか。そらあピリピリするし、何かに当たりたくなるわな』

「ほんまごめん。お前に当たることちゃうかったわ」

『ええよええよ。だって会社じゃ大ちゃん、気張ってやっとんのやろ? しかも大ちゃん、今までそつなく何でもこなしてきたから、余計に焦っとるんやろ?』

「そつなく……ってほどでもないけど。他にもミスはあるわ」

『でもこんな苛々するほどのミスってよっぽどなんやと思うよ。だって大ちゃん、多少の事じゃ動じひんやん。きっと相当焦って気張って苛々してたんやね。さっきのでガス抜きになったんやったら良かったわ』

「千佳……」


 まだ鼻声気味の明るい口調で、千佳は何度も「良かった良かった。大丈夫大丈夫」と言う。その「良かった」と「大丈夫」には、少なくともさっき俺と絶交しかかったことへの安堵も含まれているのだろうか。

 真相は分からないが、今目の前に千佳がいたら、彼女は俺の背中を叩いてあやしてくれていただろう。千佳はそういうヤツだった。


 特別な言葉があるわけではない。

 今まで会社の上司や同僚や、他の女たちからもらったフォローの言葉に比べれば、かなり雑な励ましだ。


 だけど長年俺を近くで知っているからこその千佳の言葉が、尖っていた俺の心を解していく。


『大ちゃんってあんまり弱音吐かんやん。やから余計に溜めやすいんやろ。そんなん言える相手も限られとるやろうしな。こんな酔っ払いでも良ければ、いつでも聞いたるで、へへへ』

「何だよそれ……」


 電話の向こう側で、千佳は照れ臭そうに笑う。

 俺もつられて苦笑を漏らした。


 あぁ、今もの凄く千佳に触れたい。

 千佳が恋しい。千佳が欲しい。

 いつでも相談に乗ってくれるなんてそんな風に言ってくれる癖に、何でお前はそんな遠くにいるんだよ。

 何で別の男を選んだんだよ。


 俺はもっと近くで、そばにいて欲しいのに。

 俺には、お前しかいないのに――。


「千佳……」

『ん? どうしたん?』

「いや、俺さ……」


 お前のことが好きだ。


 口の先まで出かかっているのに、やっぱり言葉にするのは怖くて、俺はその先を続けられない。

 「どうしたん?」と電話の向こう側から千佳が心配そうに声を掛けてくる。


「いつも、ありがとうな」

『へへへ、何急に。こちらこそやで』

「うん」


 それから中断していたショーコさんの結婚話と大学時代の話をいくつかして、通話は修了した。

 またしても素直に気持ちを言えなかったことに、ため息が出る。

 しかし、それと同時に自分の中での千佳の存在のでかさをつくづく実感した。


 どれほど千佳の軽薄さに苛立たされても、どれほど千佳に嫉妬させられても、たった一言千佳に励ましの言葉をもらうだけで荒ぶっていた俺の心はあっという間に穏やかにさせられる。

 結局それは千佳に振り回されているわけだが、しかし今回のことでよく分かった。


 もう自分を誤魔化すのはやめよう。


 自分を誤魔化そうとするから生活にだらしなくなって自暴自棄になって全てが悪循環で。何もかもが終わっていた。もしかすると千佳はこんな俺を知っても失望しないかもしれないけど、やっぱりこんな自分は嫌だし千佳に顔向けできない。


 そうだ。

 今の俺は最悪だ。

 だから変わらなければならない。

 きちんと千佳に見合えるように。

 きちんと千佳を守っていけるように。

 きちんと千佳に手を取ってもらえるように。


 そして――ちゃんと言おう。

 俺の正直な気持ちを。


 そのためにも、まずは仕事を片付けないとな。

 俺はスマホをテーブルに戻すと、顔を洗いに向かった。

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