すれ違い
過ぎ行く電車のモーター音を聞きながら、僕は階段をあがる。前を歩く人は、ゆっくりと階段を上がっている。手元を見てみると、スマホを持っている。どうりで遅いわけだ。
東京の大学に通うようになって、僕の歩くスピードは速くなってしまった。この前、地元の友達と久しぶりに会って、カラオケにいったのだが、そのときに言われたのだ。
「前はおまえ、結構とろかったのに、いつのまにそんなに速くなったんだ?」
東京の人は、本当に歩くのが速い。一番最初に東京に行ったとき、向こうから来る人よりも後ろから来る人の方が僕にぶつかってくるのだ。みんな黒いカバンとスーツを着て、忙しそうに歩いて行く。暇な大学生とは大違いのようだ。
階段を登りきって、乗越し精算機の前を過ぎると、すぐそこに自動改札がある。僕は何人かのことを追い越して、スマートフォンをポケットから取り出した。スマホケースに定期を入れてあるからだ。
しかし、自分の三人ほど前の人が、改札に引っかかった。東京ではよくあることで、もう慣れてしまた僕は、スピードを緩めることなく、左側の改札に進路をかえる。
そのとき、引っかかった人のすぐ後ろの女性に目がいった。黒色のショートヘアで、水色のコートを着ている。かつて、何度もみた姿だ。彼女を目の端に止めながら、僕は改札に定期をかざす。
引っかかった人が改札を抜けてきて、彼女が後に続く。先に出た僕は右に進路をかえる。その後ろで、彼女が反対側へと曲がっていったのを感じた。
おもわず、足が止まった。すぐ後ろを歩いていた人が、舌打ちをしながら僕の横を通り過ぎていく。
彼女は、あのころよりも美しくなっていた。最後にあったのが中学校の離任式の日だったから、もう四年もまえである。あの日も、そしてそれ以前も、彼女は僕にとって、天使そのものだった。
きっかけはほんの些細なことだった。ただ、席替えで席が隣になっただけだ。こういうのを、一目惚れって言うんだろうな。
朝、学校の机に教科書をしまうとき。昼、テーブルを並べて給食を食べるとき。放課後「また明日」と手をふって彼女が帰るとき。その動作一つ一つに、気がつけば、僕の胸は躍っていた。
部活をやっている間。家に帰っている間。晩ご飯を食べている間。お風呂に入っている間。ベットに入っている間。そのどの瞬間をとっても、僕は彼女のことを考えるようになっていた。
僕は、完全に「恋」に落ちていた。
でも、僕がそれに気づいたのは、もう中学を卒業して、高校生最初の夏休みに入ってからだった。気づいた日には、もう後悔の念しかなかった。もっと彼女と話したかった。もっと彼女といたかった。でも、自分の気持ちに気づくのが遅すぎた。
その彼女が、いま、僕の横にいた。考えただけでも、鳥肌が立った。
これは、神様が僕にくれた最後のチャンスなのではないか。中学生のとき、伝えられなかった想いを伝えるために、神様が差し向けてくれたのではないか。
そう思ったら、もういてもたってもいられなかった。僕は振り返り、いつもとは反対側の出口へと走り出す。もう階段をおりてしまったのか、彼女の姿は見えない。
階段の真ん前まで来ると、彼女はちょうど階段の一番下にいた。
「酸漿!」
四年ぶりに、僕は彼女の名前を呼んだ。階段に響いた僕の声に、登ってきている人が僕を見つめる。彼女と目が合ったのは、その後だった。
こんどこそ、僕は彼女に伝える。四年前、気づかずに言えなかった彼女に対する自分の思いを、今度こそ。僕は、駅の階段の一段飛ばしで降りはじめた。




