表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/69

帰京。

アンケートに答えてくださいましてありがとうございました。

皆さんのご意見を踏まえて、ほのぼのとした物語の中にシリアスを少し挿入していきます。

頑張りますのでこれからも宜しくお願いします。

1526年(大永6年)6月中旬~8月初旬まで 周防国 大内館 ~ 京の都 綾小路邸。


綾小路 興俊 9歳。


厳島より船に乗り翌月の終わり近くに京へと入りました。

先ずは庭田参議にわたさんぎさまや中山権大納言なかやまごんだいなごんさまがたに帰京の報告をしました。

私が周防国へ下向して直ぐに庭田頭中将さまは参議へ、中山権中納言さまは権大納言へ、私が侍従職を務めていた時に同じ侍従職として色々教えてくださったご子息の中山侍従殿は、左近衛少将となっておられました。

その時の旅の土産話の中で摂津国の高槻の富田道場へ立ち寄って線香を上げた事をお伝えすると、権大納言さまの義弟であった富田道場の二代目住持の故、蓮芸さまの兄君で本願寺派第九世宗主である実如じつにょさまも昨年亡くなられたとお聞きしました。

実如さまの後継は孫の証如しょうにょさまだそうです。

しかし証如さまは未だ11歳との事で叔父君の蓮淳れんじゅんさまが補佐されているとの事です。

帰京の報告より三日ほど後、新しいご主上さまよりお召しがあり参内しました。

そして前のお主上さまの崩御にたいしてお悔やみを申し上げた後、私の懺悔と悔恨をありのままに告白し亡くなられたお主上への感謝を申し上げるべく泉涌寺せんにゅうじへこれより参詣する事を申し上げました。

又石見国で銀が出た事をご報告申し上げ、初掘の銀10貫を献上いたしました。

お主上は国で新たな銀が出た事に大変慶よろこばれました。

銀10貫と言っても米にすれば500石ほどの価値です。

銭で見れば250貫です。

綾小路家の荘園と大内家からの援助を併せた年収が200貫なのでそこまで大きな金額では有りません。

それでも応仁の乱以降の皇室の平均収入が750貫なのでそれなりの金額ではあるのだけど、金額そのものより国が富むと言う事実を喜ばれているようでした。

又、先帝さまが昨年京で大流行した痘瘡を大変気に掛けられ自筆の般若心経はんやしんきょう仁和寺にんなじ延暦寺えんりゃくじへ奉納されていたとお聞きしました。

少しばかり先帝さまのお話をさせて頂いた後内裏をさがりました。

そして泉涌寺を訪れ陵墓に線香を立てお花を添えさせて頂きました。

泉涌寺。

聖徳太子の頃に仏教が伝来し奈良時代に国家仏教として皇室に大きな影響を与えた頃より皇室の菩提寺として存在するお寺で、先帝さまをはじめ多くの皇族さまの陵墓があります。

応仁の乱の戦火で焼け落ちてる為、再建後も皇室歴代の尊牌は般舟院はんじゅういんに安置されています。

因みに前世では皇室は日本神道の頂点のような気がしましたがこの頃の皇室は深く仏教に帰依されており、御所にも黒戸くろどの御所と言う部屋があり、御仏壇があってお主上さまが毎日の勤行をされているそうです。

寺へ来るまでの間も道の端には死体が放置されていたりして昨年の痘瘡の恐ろしさがうかがえました。

痘瘡、即ち天然痘は前世では絶滅した病気です。

前世での僕は予防接種をしていません。

僕が生まれた頃、日本ではすでに予防接種が必要では無かったのです。

そして小学生の頃学校の先生が世界から天然痘は駆逐されたと教えてくれました。

確か江戸時代に飛ばされる仁と言うお医者さんが牛の膿を使って天然痘退治で活躍する話だった気がする。

牛の膿と言うなら天然痘に対して免疫ワクチンを作るのは凄く簡単だと思う。

でもこんな子供が神のお告げだからって牛の膿を塗りつけようとしたら気が狂ったと思われるだろう。

銀山なら当てれば儲けものと考えられるけど、牛の膿では余りにも怪しすぎる。

どうすれば良いか?

あぁ~そうだ、周防国へ行く旅で寄った難波大社で凄いお医者さまの噂を聞いた気がする。

前回の遣明船で明へ渡り、寧波の乱で焼かれなかった管領さまの遣明船で堺に帰って来られた方だ。

確か下野国の足利学校へ行かれると旦那衆が言っていたような気がします。

確か名前は田代三喜たしろさんき先生。

堺の若旦那さんにお願して書状を届けてもらおう。

神さまのお告げでは胡散臭すぎるから、博多の神屋さんが明から情報として疱瘡の治療術を持ち帰ったが、牛の膿を使う珍妙な方法なので情報をそのまま伝えるので高名な先生に一度見分して欲しいとそんな内容で良いかな?

教養だけでなく実学の兵学や医学も教える関東の最高学府だから効果が有ればあっと言う間に広がるだろう。

そうすればその情報を日本各地に届ければいい。

京の邸宅に帰って来ると庭田参議さまのご息女明子あきこさまより『松姫物語まつひめものがたり

と言う絵草子が届けられていました。

これは下向の途中で創作とうさくした桃太郎の物語を庭田邸へお邪魔した時に幼い明子さまにお聞かせしたお礼なのだそうです。

そういえば、庭田参議さまの妹君が富田道場の二代目住持で本願寺八世蓮如上人さまの八男、蓮芸さまの奥方である事はすでにお話ししましたが、、、

この蓮如上人さま。

大変な子沢山で5人の奥さんと13男14女を儲けておられます。

二代前の飛騨国司である姉小路中納言さまの妹さまの宗如そうにょさまが蓮如上人さまの第四夫人に当たり、その息子さまが蓮芸さまに当たります。

しかし庭田参議さまと妹君のお母上は蓮如上人様の第二夫人の蓮祐れんゆうさまの娘さまの祐心さまです。

そして昨年亡くなられた本願寺派第九世宗主である実如さまと同母の兄妹でいらっしゃるのです。

つまり庭田参議さまの実家である中川家と言うのは大変本願寺の本流と関係が深いのですが、姉小路中納言さまのお孫さまは、兄君が今の飛騨国司姉小路家の家督を継がれ、弟君は庭田家庶流の田向権中納言たむけごんちゅうなごんさまの養子となられ、侍従として私の同僚でもあるのです。

帰京後、私も侍従職に再任されました^^;

ホントに世の中狭いと言うか蓮如上人さまがお盛ん過ぎると言うか、ネット小説の戦国モノだと決まって本願寺は主人公によって石山御坊で袋叩きに遭うのですが身寄りの殆どない綾小路家では、それをやると自分の手や足に噛みつくような行為で凄く不毛なのです。

なので土用の丑の日のキャッチコピーと並ぶと個人的に思ってる


「信者を併せて丸儲け。」


と言うネット小説の名スローガンは永久封印なのです(泣


で、この松姫物語。

能の五番目物「車僧くるまそう」の前日譚ぜんじつたんの部分を切り取った悲恋モノなのですが、前世で成り上がりとかハーレムとかチート無双とかそう言う系統の小説を好んでいた私の趣味では有りません。

と言うかこれが当世の女の子向けの物語とは信じられません。

と言う訳で二次創作して明子さまに贈る事にしました。


都に住む五条中納言重忠さまの息子の路美緒ろみお中将殿は、気晴らしにと友人の路連須ろれんす頭弁殿に誘われて忍び込んだ山科の祭りで左衛門尉殿の娘の樹里榎戸じゅりえっと姫と出会いたちまち恋に落ちてしまいました。

しかし、身分違いの恋に中納言家は反対します。


「あぁ~ろみおさま、ろみおさま。

貴方は何故中納言家のろみおさまでいらっしゃるの?

貴方がただのろみおでいらっしゃれば良いのに。」


「あぁ~じゅりえっと。

何故あなたは左衛門尉の娘であるのか?

しかし、左衛門尉の娘である事が変えられないならば僕が中納言家を捨ててただのろみおになろう。」


そうして中将殿は密かに松姫の元に通われ三ヶ日のお団子を一緒に食べられました。

しかしその直後、朝廷の政変に巻き込まれ中将殿は播磨国の国司へと左遷され地方へ飛ばされてしまいます。

一方、父左衛門尉殿は悲しみにくれる姫に、太閤さまの親戚の受領と結婚させようとします。

姫に助けを求められた頭弁殿は、彼女を中将殿に添わせるべく播磨の国へおつれします。

そして再開した二人は播磨の明石の浜で報われぬ恋に殉じ明石の海で心中するのです。

事の真相を知って悲嘆に暮れる両家。

こんな事になるのならば結婚を認めればよかったと両家が反省した頃に二人は都へ戻ってきました。

実は心中したと言うのは頭弁殿の嘘だったのです。

そして両家は二人の仲を認め、ロミオとジュリエットは幸せに暮らしたと言う事です。


追記。

左遷された人が勝手に戻って来るって大丈夫なの?とか前関白さまの親戚が受領なんて可笑しいとかの突っ込みはNGです。

物語とはそう言うモノです。

又、NGとは何?と言う方は500年後くらいに再度質問なさってください。

又お父さまの庭田参議さまが来年か再来年順当ならば権中納言か中納言になられるとか、諱が重忠ならぬ重親さまである事もただの偶然です。


明子さまは喜んでくださるでしょうか?


























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ