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将来の夢。

1525年(大永5年)春~暮れ 筑前国 博多 ~ 周防国 大内館。


綾小路 興俊 8歳。


徳政一揆。

要は借金を棒引き(帳消し)にして欲しいと大内館に集団で訴えているらしいです。

引き金は寧波の乱。

先にも述べたように日明貿易によって、毎回莫大な量の銅銭が細川氏の堺と兵庫津や大内氏の長門国にある赤間関あかまぜきから全国へ出回りました。

その銅銭が毎回波のように物価高騰と明銭の暴落を招いていました。

遣明船の寄港地はその影響を最大且つ即座に受ける為、証文などを通じて一種のリスクヘッジが生まれました。

物価が高騰すると判っているならばなるべく多く商品を抱え込んで高騰後放出すれば良いし、明銭が暴落するならば割高で宋銭を購入し暴落後の明銭と交換すれば差額が儲かります。

10年に1度の交易と言う事でイベント化されていた遣明船が出先で問題を起こして逃げ帰って来た為、商人だけでなく商業経済の影響を受けていた武家や農民も同様に被害を被りました。

その為破産するものや生業が立ち行かなくなるものが増え社会問題化して、遂には借金棒引きを求めて徳政一揆に発展したそうです。

この一報をお屋形さまやあにうえさまが聞いた時、尼子方に組する生城山天野氏いくのやままのし天野興定あまのおきさだ殿が籠る米山城よねやまじょうを包囲する陶中務少輔殿の後詰としてお屋形さま達は安芸国に居られました。

その為直ぐに周防国に戻る事が出来ず、僕に鎮圧の命が下ったのです。

九州勢と水軍衆を差し引くとおよそ6000程の軍勢となります。

これを率いて赤間関向かおうとした時更なる知らせが入りました。

上さまのご舎弟で僕の義兄、九郎二郎さまが危篤との報です。

早く戻りたい僕は向かう軍勢を2つに分け、船足の速い軍船で僕達は直接赤間関に入港し代官所や抽分司ちゅうぶんしを囲む民衆を排除し徳政一揆を鎮静化させました。

その後、休みも取らず進み、何とか最後に立ち会う事が出来ました。

僕が語った物語や訪れた所の出来事、食べ物などを聞いて本当に楽しかったと義兄上は優しくお話ししてくださいました。

そして、翌朝お亡くなりになりました。

その後、副将の内藤弾正忠殿が安芸国に行かれ陶中務少輔殿の援軍に入られました。

それによって米山城も陥落間近となり、3月に大内方に寝返った毛利元就殿の仲介もあって開城し降伏しました。


しかし納得がいかない。

僕はもっともっと義兄上とお話がしたかった。

一人ぼっちになった僕に天が与えてくださった家族。

その中でも僕のお話をとても喜んでくださった義兄上。

そんな兄上の危急に駆けつける僕の前に立ちふさがった金の亡者たち。

内藤弾正忠殿が聞いてくださるなら根切にしてくださいと頼みたかった。

結果が判ってるから口には出さなかったけど。


「パンが無ければお菓子を食べれば良いのに!!」


「銅銭が無くても大内家なら石見銀があるじゃないか!!」


ごめんなさい。

勘違いしてました。

わんわん泣きながらお方さまに話したら、石見では銀は取れないんだそうです。

そんな馬鹿な。

大河ドラマでも石見銀山の取り合いしてるじゃない。

戦国ゲームでも佐渡金山と石見銀山は定番だよ?

生野銀山は微妙だし場所も良く知らないけど。

と言う訳で、天の声が聞こえたとか厨二病全開で葬儀の後銀鉱探しをお屋形さまにお願いしました。

歴史の授業ではポトシ銀山と張り合うくらいだったんだから絶対あるはずなんだ。

旅行で見学した事も無いから石見のどこにあるのかも知らないけど、お屋形さまは博多の商人に探させてみようとおっしゃてくださいました。

チートってどんな影響があるか判らないから最近はあまり関わらない方が良いかなって思ってたんだけど、どんなに頑張っても銭不足はしばらく解消しないんだから少しくらいお手伝いしても良いよね。

でも僕は何を目指すべきなんだろう?

武将を目指すには覚悟が要るし、お師匠さまみたいな文化人を目指すなら才能が要るし、商人かな?

商人なら簡単な簿記は出来るし統計学ならこの世界でなら誰にも負けない。

まぁ~関数計算機が無いから精密さは望むべくもないけど。

それに義兄上が遠い場所のお話に凄く興味を持っておられたように、旅行記や地誌を義兄みたいな方に届けるのも良いかもしれない。

それにはやはり交易商人でお屋形さまを資金面や情報面で援護したりすべきだよね?

なんならポルトガル船の種子島上陸を待つまでもなくこちらから香料島とかに鉄砲や硝石を買い付けに行っても良いんだし。

そうすれば種子島銃でなく大内銃が日本を席巻し、結果的に争いが無くなるかもしれない。

こんなくだらない人殺しの世の中なんて日本だけでも無くなればどれだけ笑顔が増える事か。

その為には何がチートなのか?

それを頑張って考えなきゃならない。

取りあえず頭の中に世界地図があるのはチートだ。

しっかり間違いなく書ける訳じゃ無い。

だいたいこうだろう?ってくらいのいい加減なものだけど、どこに地中海が有って、ヨーロッパが有って、アメリカ大陸が南北に有ってカリブ海では切れかかってるとかアフリカ大陸が有って西アフリカに象牙海岸とか南アフリカに金やダイヤモンドとか、東南アジアならゴムが取れるとか、これからやってくる南蛮人の首都マドリードがどこだとか?リスボンはここで小さな国だとか?

前世では中高生でも知ってる当たり前のことがここでは驚異のチートになる。

どこか遠いところからやって来た謎の商人では攻撃も脅しもしようがないが、ヨーロッパのここの国からやって来たあなた方が中南米で何をやっているのかを知っている者は恐怖だろう。

赤道で地球一周が4万kmと言うのもある種のチート知識の筈。

円周率3.14で計算すれば、地球の半径は6369km。

そして33寸を1mと知っていれば、世界地理の距離感は抜群だろう。

多少誤差があっても学生の常識はこの世界ではチートの筈。

まだまだ色々考えて、しっかり準備してから始めるだろうけど、その時には皆に言おう。


「海賊王に俺は成る!!」


と、、、、

うん、恥ずかしいからしっかり準備してから、まだまだ後の話だよね。

そんなくだらない事考えていると、8月になって尼子方で佐東銀山城の武田刑部少輔殿が降伏したばかりの米山城の天野興定殿に攻め込みました。

まぁこのままだと桜尾城の友田興藤殿と吉田郡山城の毛利元就殿、そして米山城の天野興定殿に囲まれて何も出来なくなるものね。

救援の為に周防国からも後詰が出たようです。

12月も暮れようとしている頃、冷泉下野守殿の妻女つまり少納言と僕の乳兄妹の良ちゃんがやってきた。

しかし、京の土産話を聞いたらびっくり。

京都では痘瘡とうそうが大流行だそうで人がバタバタと倒れているらしい。

痘瘡って天然痘だよね?

医で仁の人が江戸に飛ぶ奴だよね?

前世では絶滅した病気だからピンとこなかったけど、倒れた人の名前を聞いて怖くなりました。

今年の4月に管領の細川さまが厄年との事で出家され管領職を嫡男の六郎さまに譲られたんだけど天然痘に掛かって10月に亡くなったらしい。

18歳だよ。

早すぎるわ~

それで細川さまは又管領に戻ったらしい。

都の噂では凄くがっくりされているらしい。

当然だよね、一人息子だし。

土佐刑部大輔とさのぎょうぶのたいふ殿、僕のとっては土佐のお爺ちゃんも亡くなったらしい。

高名な絵師だったらしいけど、何よりお師匠さまとの連歌、和歌仲間で色々教えてくれた人なんだ。

他にも先の高辻権中納言さま。

この方は天然痘じゃないけど、僕の烏帽子親の近衛家の月次和漢会の執事を務めていたいわゆるプロデューサー?

凄くまじめな方で、仕事中毒の人。

他の人が1やるところを10も20もやっちゃう猛烈社員で有名な人だったんだ。

凄く残念だ。

来年は良い事がありますようにお願いします。














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