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Explorer Baby  作者: maria
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五章

 ママに迎えに来てもらって、私は発作のことは勿論言わなかった。ママは色々大学生一日目の様子を聞きたがったけれど、少し疲れたと、そこだけ真実を述べてそそくさと部屋へ入った。そうしてまじまじと結局貰ったのか、借りたのかよくわからないCDを見た。DEATH SENTENCEDという、聴いたことのないバンドだった。タイトルは『wandering UNEBI』。ウネビと言えば畝傍艦の畝傍に違いあるまい。しかしこいつは戦うどころか、フランスの造船会社に発注をされたのはよいものの、引き渡しのため日本にやってくる途中、嵐に襲われて行方不明になったという不遇なやつだ。捜索隊幾つも出しても何の手がかりも無く、誰がどう考えても沈没と決まっているのに、伝説ではどこぞで築かれた新日本帝国の船になって活躍しているとか、実はどこぞで生き延びていた西郷隆盛が率いて帰国するのだか、何故だか庶民の期待がそのまま反映された、みょうちきりんな噂の絶えなかった軍艦。

 私はつまらない曲だったらコピーをするの、厭だなあと思いながら、『wandering UNEBI』をCDプレイヤーに入れて、一曲目からスタートさせた。雨、否、嵐のような音がする。やっぱりな、と思いベッドに横たわる。やがてがっしゃん、がっしゃん、建物が壊される音。退屈、と目を瞑った矢先、私は息を呑んだ。

 脳天を劈くギター。

 テクニック云々ではなく、これしかできない式に心が一点に定まっていて、天を相手取って殴り付ける音。続けて怒涛のドラムとベースが押し寄せる。一縷の希望も言い出せない怒涛の絶望の嵐に、私は知らず声を洩らしていた。目の前にははっきりと、星の光さえない完全な暗黒の中嵐に翻弄される軍艦の姿が浮かび上がっていた。そしてその絶望を完膚無き物とするための、デスボイスが重なった。高宮だ。迸る、強さ、荒々しい、勢い、何を言っても足りない。死は目前に迫る。完璧なデスメタルがここにあった。

 私は暫く唖然とした。今まで大好きなデスメタルバンドは山程あったけれど、ここまで圧倒されるバンドは無かった。二曲目も、三曲目も、心臓が爆発するんじゃないかって程に、凄かった。この因は、何だろう。

 メロディーだ――。

 ギターの奏でる美しいメロディーに絶望と死とが丹念に織り込まれていた。デスボイスは無論単にがなり立てているだけではない、表情があり、ドラマがあった。私はそろそろ理解し始めた。高宮は明日、きっと私をこのバンドにギタリストとして迎え入れるか否かのオーディションを行うつもりなのだ。

 はっとなって、私は慌てて机上からローラアシュレイの花柄のメモ帳とお揃いのペンを取り出し、一曲目からコードを取り始めた。旋律的短音階。決して複雑なものではない。しかしだからと言って単にこの(おそらく何らかの事情で脱退してしまった)ギタリストをなぞっただけでは、高宮を満足させることはできないし、これ程の曲を弾くに値しない。「アレンジは、任せる。」と高宮は言ったのだ――。

 私はひと通りコードを取り終えると、ギターを壁に括り付けたスタンドに掛けて、部屋の中をぐるぐると歩き始めた。

 私のギタリストとしての売りは何だろう。今までバンド経験は無いのだし、ギターを他人に聴かせたことさえないのだから、解るはずがない。ママに聴かせたって「まりあちゃんは、とってもお上手よ」ぐらいしか言ってくれないだろう。

 私は泣きたくなった。どうすればこのバンドのギタリストの座を射止められるのか、欲望はこんなにも突き上げるのに、それを叶える術が、その方向性も何もかも皆目わからないのだ。でも絶対に、この座を自分のものにしたかった。また、問答無用では叶えて貰えない、我慢と努力を必須とする欲望が湧きたってきた。何で明日なんて言うのだろう。明日の五時と言ったら、あと、たった二十時間ちょっとしかない。私は憎々しげに壁時計を睨んだ。午前中には授業もあるのだ。何とかしてくれ、何とかしてくれ。殆ど発狂寸前の焦燥を抱えふと足を止め目の前を見ると、ローラアシュレイの花柄の壁紙に括り付けられた、エクスプローラー、ブラック・ダイヤモンド・プレートがあった。

 全く弾けもしないのに、憑りつかれたように欲した、このギター。私の願いは病気の治癒でも、生きながらえることでも、無かった。このギターだけが欲しかった。そしてそのギターが私の歩み出した第二の人生の道しるべとなっている。ギターがあれば迷わない。混迷に陥っても必ず意味が見出せる。私の人生の全てを賭けて、ギターを弾かせて下さい。

 私は目を瞑って、エクスプローラーに掌を添えた。エクスプローラーはあらゆる熱を排除して、誰にも媚びず、冷徹とも言えるボディを誇っていた。私はその凹凸のボディを指先でなぞりながら、私がおそらくどこの誰よりも死と真っ向から向き合って来たことに思い至った。リアリティのある死、これを表現し得ることが私の個性なのではないか。幻と現実が混濁し、発作に苦しみながら天井に魔女が浮かび自分の首を絞めつけている、あの、イメージ。嵐に破壊されて幻に生きるとなった畝傍艦。現実かも幻かもわからないあの世界に生きていた。これを生かせば、或いは?

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