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Explorer Baby  作者: maria
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二十八章

 戻るなり楽屋でへたり込む高宮の姿を見るのは初めてだった。慌てて歩み寄った私の後方から、「高宮。」という声がした。慈愛に満ちつつもどこか恥ずかし気な、どこか投げやりな呼び方だった。だから振り返る間もなく、それが誰なのか、わかった。

 「郡司さん。」高宮と私の声が重なった。

 振り向くと、先程の精悍な顔立ちをした郡司さんが目の前に立っていた。

 「郡司さん!」源藤が飛び込んで、抱き着く。源藤を背負ったまま郡司さんは高宮の前に坐った。「よお、久しぶり。」

 「久しぶり。」高宮は笑った。

 「いいの、見つけたじゃん。」郡司さんは私を真向から見詰めて言った。口許は緩んでいたけれど、目線は真っ直ぐで、どこまでも射貫こうとする弓矢みたいだった。

 「初めまして。」だから心臓が縮み上がり、声が上ずる。

 小野瀬も抱擁に加わって、郡司さんはぐらぐらと揺らいだが、変わらず私を正視し続けた。

 「俺の時より、全然曲いいわ。」

 「何言ってんすか。」涙声だったが聞き間違えかと思って、私は改めて源藤の顔を見据えた。するとその瞳は確かに水気を帯び、ゆらゆらと無理な輝きを秘めていた。

 「郡司さんのギターがあったから、私は自分なりの弾き方を考えられたんです。」

 郡司さんは全てを解っているかのように、微笑みながら肯いた。私はそれを見て、高宮や源藤、小野瀬が心底この人に惚れ込んでいる理由を、直感的に理解した。

 「この後、打ち上げ、郡司さんも行けますよね。」源藤が人懐こい犬のように郡司さんの顔を見上げる。「もちろん。」郡司さんはそう言うと、泣きそうな源藤の背中を大きく叩いた。

 駐車場のバンに荷物を積み込んで、ネオン輝く街へと繰り出す。郡司さんは両手に源藤と小野瀬を抱えるようにして、その後ろに高宮と私が続いた。ライブハウスを出てすぐの居酒屋に入る。

 「何、禁煙なの? 高宮が? ボーカルなのに、デスだから良いんですなんつって、一日二箱吸っていた奴が?」高宮に灰皿を差し出しかけた郡司さんが、その手を止めて目を丸くする。

 「税金が、」と言い掛けた高宮を遮って、「こいつが煙草ダメで。部室でぶっ倒れてから断固禁煙生活。」源藤が私を指さしながら答える。

 「へえ、よっぽど気に入ったんだね。」郡司さんは私に微笑みかけた。

 ビールが山のように運ばれ、即座に消費されていく。私はビールは得意ではないので、窓の外に広がる異国の景色を眺めながら、ルビーオレンジのジュースを飲んでいた。私も皆のように話し掛けたいけれど、何も共通の話題なんて無かった。それに相当な思い入れを抱き、ビール投入と同時に遂に泣きだした源藤から郡司さんとの時間を奪うなんてできる訳が無かった。私は端で次々に訪れる哄笑を誘う話題を、聞くともなく聞いていた。それは日が変わっても尽きることはなかった。

 やがてビール瓶片手に源藤が倒れ、ウイスキーの角瓶片手に小野瀬が倒れた。高宮もあれこれ相当のアルコールを摂取して、うつらうつらと船を漕ぎ始める。ホテルにどうやって連行すればいいんだろう、疲れ切った頭で考えるともなく考えていると、郡司さんが「みんな、くたばっちまったね。相変わらず酒に弱い奴ら。バンドは、どう?」と聞いた。

 「とても、楽しいです。高宮は天才だし、源藤と小野瀬も、楽しいし。」

 「そんな感じだった。」郡司さんはにこやかに、持ってきたビールジョッキをテーブルに置いてどっかと座り込んだ。「ありがとうね。」

 私は目頭が熱くなるのを感じた。本当にこの人は、私の全てを理解してくれていると思わせた。酔ってはいない筈だのに感情が抑えられなくなる。目頭が熱くなった。しかもそれを恥ずかしいとも思わない。

 「あいつが、思いっきりギター弾いて、吠えてて……。」郡司さんは突然俯いた。やや長めの髪が顔を覆って見えなくなる。泣いているのか、と思った。

 しかし突然意を決したように、「本当に、ありがとう。」と言って顔を上げた。

 「あいつが、まりあちゃんのお蔭でちゃんとバンド活動再開できて、マジで嬉しいよ。」まりあちゃん、という言葉が甘くうっとりと胸に響いた。

 「私のお蔭じゃないです。最初から高宮は天才だったし。」私はしかし我に返って慌てた。「元々郡司さんが弾いた凄い音源があったし、私はそれをどうすれば自分の良さをアピールできる曲にできるか、アレンジして弾いただけですから。」

 「あいつ、一回バンド頓挫しかけたんだよ。」郡司さんは苦笑交じりに言った。「俺が抜けてさ。聞いた?」

 「聞きました。馬の合うギタリストが見つからなくって、源藤も小野瀬も慌てて色々連れて来たけど、ダメだったって。」

 郡司さんは力なく首を振る。

 「そうじゃねえ。あいつ自身の問題。俺が抜けてな、一時的に曲も詩も書けなくなって。」

 「そうだったんですか?」

 思わず声が大きくなったが、三人ともだらしなく寝ていたので安堵した。たしかに――、ギタリストを探している時に新曲を作ったという話は聞いてはいなかった。

 「郡司さんがいなくなって、よっぽどショックだったんですね……。でも、最初から郡司さんと一緒にバンドできるのは期限付き、ってわかっていたんですよね。」

 「まあね。でももしかしたら、抜けねえで済むかもって、あいつも俺も心のどこかでは思っていたのかもしれねえな。でも実際、どうにもならなかったわけだけど……。」

 「その時、高宮はどうだったんですか? 泣いたり、した?」

 「する訳ねえ!」郡司さんは膝を叩いた。「普通。至って普通。源藤や小野瀬の方がまだ人間味あったな。」

 それは容易に想像がついた。私は深く肯く。

 「でもな、その後あいつは一切曲を書かなかったんだ。ギタリストも入れねえし、練習も上の空だし、源藤、小野瀬からのオール泣き言の電話が酷ぇの何のって。神戸にいる俺にどうしろっつうんだよ。」ちらと振り返り、笑いながら再度私を見る。

 「わかってるだろ? あいつは、支えてくれる存在がいねえと、たちまち行き詰る。何も出来ねえ。」

 沈黙が生じた。さっきライブで感じていたことは、郡司さんと完璧に共有していたことがわかって。

 「源藤と小野瀬は高宮を表面的には仲間扱いしてっけど、音楽面じゃあ神かなんかみてえに崇め奉ってる。あいつの世界を構築する部品としての技量を磨いているだけだ。でもあんたは、」口許を歪める。「高宮の世界に自分の生き様をぶち込んでやがる。」

 アレンジのことだ、と背筋が伸びた。

 「それでいいんだ。否、それが、いいんだ。一番身近なメンバーが祀り上げることで、あいつは孤独に陥る。大学に入って来たばかりの頃は、そんなんじゃなかった。普通に飲んで暴れて、一晩中音楽談義も女の話もした。」

 私は郡司さんの顔を見詰めた。

 「で、バンド始めた時から、あいつは曲作りに専念して、変わっていった。タトゥーを入れ始めたのも、その頃だ。」

 「生まれつきかと思っていました。」

 「あはは。」郡司さんは膝を叩いて笑った。「一部はそうかもな。……俺らは、高宮の持ってくる曲に感動して、熱狂したよ。この世界観を表現したい、というのが俺の練習の最大のモチベーションになった。」

 「私もです。」

 郡司さんは共犯者みたいなこの上なく親密な笑みを浮かべる。「でもある時、幸せなのは俺たちだけのように、感じたんだ。」郡司さんは今度は何処か遠くを見ていた。

 「俺らの熱狂に反して、高宮はどんどん自分を追いつめていっているように、思えた。生みの苦しみ? ってやつなのか? その時既に碌にくだらねー話もしなくなってたから、よくはわかんねーけど。」郡司さんはそう話しながら、過去の高宮に同苦しているように思えた。「とにかく、俺は高宮を楽にさせてえって、呪縛から解放させてやりてえって、思ったんだ。無理矢理あいつの部屋に行って、あいつが曲作りしているところに、こっちがいいだ、あっちがいいだ、ギター爪弾いて口出している程度だったけれど、それがあいつにとっては悪い状態じゃなかったんだろうな。段々表情も明るくなってきたし、つまんねー冗談も言うようになってきた。」

 「それじゃあ、郡司さんが辞めて、高宮は、また元通りになっちゃったってことですか?」

 郡司さんは明言を避けたが、その俯いて浮かべた苦笑には確実に肯定の意が込められていた。

 「俺が辞める時、高宮はバンドを解散させるって言ったよ。暫く言い合って、でもあいつ結構頑固だから、二三発殴る羽目にもなった。小野瀬も源藤も、酷く落胆するだろう。泣くやもしらん。それだけじゃねえ、俺らの音楽に熱狂してくれている客はどうする、CDも出して、レコード店にもあちこち置いて貰って、ライブハウスとも太いパイプが幾つもできて、もうちょっと続ければ、レコード会社とも繋がれるって状態だ。でも、あいつはもう曲が書けねえと言い出した。」

 私はいつしかあたかも自分が当時バンドのメンバーであったような感覚に陥り、緊張感に心臓の鼓動を速めていた。その張本人はいつの間にか卓上に突っ伏して軽く鼾をかいていた。

 「曲は、パクってでも書け。どうにかしろ。無理なら源藤や小野瀬も使え。それで足りなきゃ、ギタリストをすぐ探せ。俺は一つ一つ説得した。だけど、あいつは腑抜けた幽霊みてえになっちまって、なかなか行動に移さねえ。俺は間も無く卒業し、実家に帰る手筈になった。最後にとにかく解散だけはするんじゃねえ、いつか新しいDEATH SENTENCEDのライブを客として観るのが俺の夢なんだと、それだけ言って、別れたよ。」

 「それは、高宮を奮起させるために?」

 「違ぇ、本心だ。」一瞬苛立ちを浮かべたが、郡司さんは一呼吸吐くと穏やかに続けた。

 「俺が地元に戻って暫く、小野瀬や源藤から度々愚痴の連絡ばかり来ていた。高宮が次のギターを入れやがらねえ、何人もジャムってるのに決めやしねえ、ってな。でも俺にはどうすることもできねえし、実際、何もしなかった。精々源藤や小野瀬の愚痴を聞いてやるぐれえだ。でも心のどこかで、あいつが求めているのはもしかすると、一緒に楽曲の責任を負ってくれるような人間なのかもしれねえとは漠然と思っていた。テクニック云々じゃなくてな。曲と世界観を解釈できる、そういう力を持った奴が。」

 郡司さんはそう言うと真っ直ぐに私を見据えた。

 「まりあちゃん、君が選ばれた経緯は偶然みてえだけど、偶然じゃねえ。あいつは音楽に関しては、異常なくらいの勘が働く奴だ。あいつの世界を一緒に創造してやってくれ。……否、そんな難しいことはねえ。あいつの曲に向き合って、どんどん自分の解釈を反映させていくんだ。と言っても」郡司さんは優し気に微笑んだ。「もう、とうにやってるもんな。流石高宮が選んだ、ギタリストだ。」

 「私は郡司さんにはなれないから、自分の生かし方を探しているだけです。あの曲を奏でられることが、私の誇りだから。少しでもその立場にいたいから。」

 郡司さんは包み込むように微笑みながら、大きく一つ肯いた。

 そして、「高宮、起きろ!」郡司さんは突如立ち上がって高宮の頸を掴み、ぐらぐらと揺らした。高宮は半目を開き、ああ、とか呻いている。

 「お前の目に狂いはなかった。でもどうしてわかったんだ、まりあちゃんがお前の曲の一端を担ってくれるということがよ。」

 高宮はまだ眠りから覚めやらないといったように視線を浮遊させながら「Avril」、と呟いた。酔っていて呂律が回っていないのかと思い改めて聞き直すと、続いて「Avril Lavigneに、似てたから。」と言った。

 「そうか!」郡司さんは合点したとばかりに、歓喜の声を上げた。「ディスクユニオンに一緒に行った時だな!」郡司さんはそのまま高宮の顔を覗き込む。「お前たしかに、Avril可愛いって言ったことあったな。」

 源藤が半身を擡げて「嘘だろ。……勘弁しろよお。」と情けない声で呟いた。

 「あのケバいポスターだよ。見たことあんだろ? お前こういうの好き? って言ったらいいなっつったんだ。そうだそうだ。たしかに、」郡司さんは私の目の前まで再びやってくると、まじまじと顔を見詰めた。

 「何となく、似てるな。鼻のつんとした所とか、真っ直ぐもの見てそうなところとか。」

 恥ずかしくなって鼻を覆う。 

 「そうかそうか、こいつはお前のタイプだったのか。ん? ちょっと待てよ。面で選んだんなら何でこんなにこいつはお前の曲に対する理解力が、ずば抜けて高ぇんだよ。お前一発でそこまで見込んでたのか。」

 高宮はのろのろと半身を擡げて、両手を後ろに突くと頭をがっくりと後ろに落とし「こいつがどんなギター弾くかなんて、最初から知るわけねえだろがよ。俺は超能力者じゃねえんだよ。祀り上げんな。」と酒臭い息を吐きながら郡司さんをじろりと見遣った。

 「たしかにな。」郡司さんは素直に肯く。「じゃあ偶然か。顔で選んだのに、凄ぇ才能にぶつかったわけか。お前にはマジでメタルの神が付いているんだなあ。」

 郡司さんはしみじみと言うと、日本酒を手酌で注ぎ、殆ど出てこないのを確認すると、そのまま徳利を煽った。

 「でもこいつのアレンジは秀逸だろうが。こいつにギターのアレンジ任せて、CDに入れなかった、あの曲、『Slaminng Madness』さっさとレコーディングやれよ。」

 「あーれーはー!」高宮は憎々し気に郡司さんを見た。「あれは、郡司さんと作ったやつじゃねえか。」

 「お前、よーく思い出せ。俺はお前の隣で酒飲みながら、ああだこうだ喋ってただけだぞ。でも、あれはお前の曲の中でもずば抜けて凄ぇ出来だ。あれはキラーチューンになる。だから」今度は私を見た。 「まりあちゃん、完成させてやって。あんたなら、絶対出来るから。」郡司さんは私の耳元に顔を寄せて、囁いた。私は武者震いを覚えた。キラーチューン、また高宮の更なる世界を具現化できる。

 「確かにな、こいつは出来るよ。」眠りから覚醒した小野瀬がそう呟いた。「俺はレコーディングでも文句言われてばっかだかんな。」

 「出たよ。こいつの愚痴はそこいらの女顔負けに長い。」郡司さんはこっそり私に耳打ちした。

 「女とバンドやって、女とステージ上がるなんて、死ぬほど厭だったけどよ。ましてやこんな、チャラチャラした女よお。でもわかってんだよ、俺は。高宮の曲をこいつが完成させてるって。」小野瀬はそう言って誰のかもわからない近くにあった烏龍茶を呷った。「こいつは俺みてえにフィクションじゃなく、リアルに死を見て来たからな。世間知らずの馬鹿だけど、デスメタルバンドには不可欠なんだよ。」

 「んなのMETALLICAやって一発でわかったろ。馬鹿はてめえだ。」高宮が倒れ込みながら言った。

 私は思わず、泣いた。きっとルビー・オレンジ・ジュースにはアルコールが入っていたのだ。そう言い聞かせ、溢れる涙を自分に許した。

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