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Explorer Baby  作者: maria
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二十七章

 やがて、二つ、三つとバンドが続き、終わった。いずれも質の高いメロディック・デスメタル・バンドで、自分の出番が控えてさえいなければ聴き入っていたであろうことは確実だった。さすが関西だ。メタルの本場だけ、ある。私は緊張を募らせながら、意味の分からないリズムを手で取っていた。そうでもしなければ、体が震えて仕方がないのだ。

 そして、背筋が震えるような、例のSEが流れ出した。高宮がおもむろに覚醒し、目を開ける。そして別人のような真剣さで私たちを見回した。何かが乗り移っているように思われた。高宮は頭を下げながら深々と息を吐くとやおら立ち上がり、「行くぞ」と言った。私たちは未だ昏いステージにその一歩を踏み出した。

 温かな歓声が響く。外部者に対する礼儀なのか、罵声は無かった。私は拍子抜けしながらギターをアンプに繋ぎ、エフェクターボードを置いて、片っ端からバシバシスイッチを踏んでいった。Keeleyのトワイライト・ゾーンのブルーアイが神々しく輝く。初めて高宮とMETALLICAを合わせた時、活躍してくれた大切な子。それからチューニングのオレンジ色に光る針が「大丈夫よ」と微笑むように左右に二、三度揺れて戻った。Crybabyを景気づけに前後にごりごりと踏んでやる。「いつでも任せてよ」、そう言っているような気がした。

 「OK」源藤にそう目で訴えると、高宮が、小野瀬が、勇気付けるように微笑んでくれる。四人で一つ首肯し合うと、源藤はスティックを三度ばかり叩き、即座に、

――落雷。

 地が震えた。閃光が落ちた。懐かしい音。私たちの音。部室での、あの空気が再現される。安心感。

 私は最初からヘッドアンプに左足を載せると、頭を上下に激しく振りながらリフを刻み始めた。誰よりも強く、誰よりも猛々しく、誰よりも華麗に。運指は日々の練習で体に染み付いている。だから理性を解放しても、問題は無かった。私はひたすらこの曲の一部になりたかった。死を目前として尚広大な視野を保つこの世界の。或いは憎悪に蝕まれる思考停止の世界の。巨きな何者かの一部になりつつ自我を保とうとする世界の。

 私が人生の多くを死と直視し合って生きてきた、その全てを出したかった。いつまでも無駄な生だったと思い続けたくはなかったし、何よりそういう表現はきっと私しかできないことだ。あそこにいた多くの子どもたちは、どうなったろう。死んだり、未だ病室にいたり、家で過ごしている人もいるかもしれないけれど、一体どれだけが世の中に出ることができたというのであろう。

 私は幸運だった。しかも奇蹟的と言える程に。

 神が寿命とそれに見合った使命を与えてくれたのだ。

 客は一曲目から大きな前後の波を作り出していった。もっと、もっと高みへ導いていく。知らずいつもよりピッキングハーモニクスを増やし、天へ噛み付けとばかりの鋭い音を轟かせる。そのたびに脳天が割れるような快感を覚え、私はおそらく、声を挙げて笑っていた。

 最初の三曲を怒涛のように終えると、高宮が突然喋り出したので私はびっくりした。

 「東京から来ました、DEATH SENTENCEDです。初めて神戸に来ました。ここは俺らの敬愛するSERPENTやARESの出たいわば聖地だから、そうそうの決意では来られなかったんだけど、メンバーチェンジを越えて成長した姿を、大切な人に見てもらいたくて、来ました。」

 そう言い尽きた高宮の吐息を聞いて、高宮が泣いてしまうのではないかと焦燥した。ここでは何の慰めの術も持たない私は、勝手に次の曲のイントロのアルペジオを奏で始めていた。これは惨劇の後の哀憐――。曲に入るためには目で合図を送る手筈になっていたのに、高宮は不満そうにもしなかった。肩が静かに下がったのを、安堵だと解した私は、全ての念を込めた、一切の死滅した無から立ち上がる一筋を具現するような音を奏でた。高宮を癒すために――。こんな感情と試みとは無論初めてだった。高宮はいつでも王として全ての頂点に君臨し、それを崇めるのが私たちの使命だとさえ思っていた。しかし高宮も人を愛し、孤独や疲弊をも感じる、ひとりの人間なのだ。私はそんな当たり前のことを今の今まで忘れていた。だから、高宮は郡司さんが去った後、バンド活動を停滞させていたのだ。突如閃光の如くそんな考えが頭を過った。

 郡司さんが高宮を、王ならぬひとりの人間として扱ってきた唯一の人間だったのだ。ならば郡司さんとは、高宮にとってどれほど大切な人だったのだろうかと、ふと、今更ながらに考えた。私はCDの音でしか郡司さんを知らないけれど、唯一無二であるのは解った。愚直、盲目、奔放―-。高宮は期限付きとは重々承知してはいたけれど、一時でも彼と音を作りたいと願った。それを実際に喪ってどんな思いだったのだろう。三坂も誰も跳ね除けて、小野瀬も源藤も焦燥させてギタリストを入れなかったのは、もちろんどいつもこいつも気に入らなかったというのもあるかもしれないけれど、喪に服した、という意味合いも兼ねていたのではないか。普段から殆ど口も利かない男が取ったMCは、その屈強な見た目とは不釣り合いな程に愁然としており、それだけ同情を誘った。己もその影響に気付かないはずはないのだが、それよりもやはり言わずにはいられなかったのだろう。「大切な人に見て貰いたくて、来た」ということを。そこに私を連れてきてくれたのは――、私は自惚れる。徹底的に、自惚れる。この舞台で冷静に自己判断できる人なんて、いやしない。それは、むしろ、無用だ。

 何度も繰り返して見た戦車の如く、一縷の悩みも無く、躊躇も無く、私はリフを刻み続けた。弱かった自分は全てかなぐり捨てて、誰よりも強く、誰よりも猛々しく、生きるのだ。私こそが、郡司さんの前でギターを奏でられる、選ばれた人間なのだ。

 最後の曲。私が一番変えた曲。イントロのリフを繰り出した瞬間、前方近くに、ほう、っと魂一つ吐き出した顔があるのに気付いた。私はこの人が郡司さんだと突如直感した。

 郡司さんは頭一つ背が高く、その精悍な顔立ちをはっきりと覗かせていた。どこか高宮と似た印象があった。目を幾分細め、真剣に音を聴き、感じてくれているのが分かった。とにかく私の思いのたけを伝えなければ。一層その思いが強くなり、息が出来なくなった。

 もう、気合を入れて弾き過ぎたせいで右手は痺れ、ハーモニクスをキメる手も殆ど無感覚だったけれど、限界まで来られた自分を誇らしく思った。これで郡司さんを落胆させてしまったとしても、それは自分のせいで、仕方がない。そう納得し切った時、最後の曲が、終わった。

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