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Explorer Baby  作者: maria
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二十六章

 その後サービスエリアに止まって、皆で昼食を摂った。大きなバスが何台も止まっていて、それぞれ目的地を思い描く利用客が、希望に満ち溢れながら食事をしたり買い物をしていた。

 「わあ、素敵。こういうの、ゴールデンウィークとか、夏休みのTVでよく観たわ。」

 「俺らはライブやりに行くの。観光じゃねえの。」小野瀬は肩を回しながら言った。「ったくよお、どこのクソガキだよ。」

 「俺もクソガキの頃、来たっけな。」

 高宮が伸びをしながらそう呟いたので、私は「高宮にもクソガキの頃が、あったの?」と慌てて聞いた。しかし高宮は勿論答えることなく、「あそこでいいだろ。」と食券機を指差した。


 昼食の石焼ビビンバは正直そんなに特別な味ではなかったけれど、この風景の中では何故だから素晴らしく美味しく感じた。疲弊したお父さんの薄くなった額や、退屈した子どもを叱り飛ばすお母さんのヒステリックな声や、細い通路を追いかけっこする子どもの様子がとても輝かしかった。私は何度も箸を持つ手が止まり、そのたびに小野瀬に「着かねえぞ。と脅された。しかしここにいる一人一人に、歴史があって、思惑がある。そしてこれから何十年と今の出来事が思い出に変わるのだ。それを思うと、これからどちらへ行くのですか? と聞いて回りたいぐらいだった。ビビンバを胃に納め、車に戻ると運転席に座った高宮が「やっぱりよお、こんな天気も良くちゃズルズルギター引き摺ってるようなのは無しだろ。」と、不安気な小野瀬を尻目にBLACK STARを流し始めた。「青空が似合うな。」と、にわかご機嫌になった高宮がハンドルを握り出発した。助手席には小野瀬。その後ろに坐り、私は小野瀬の肩を揉んだ。

 「そこそこ、頸。右下な。」小野瀬が注文を付ける。

 「ねえ、高宮。BLACK STARは、あんまり好きじゃないの。だって、Michaelがいないじゃない。」私は一生懸命に肩を揉みながら言った。

 「何だお前Michael Amott派か。俺はてっきり、イケメンBill Steer派かと思ってたぜ。」源藤がCDをあれこれ見分しながら言う。

 「確かに、イケメンよ、Billは。でもCARCASS脱退してFire Birdとかって70年代ロックバンドやっちゃう所とか、それが結構調子よく受け入れられたもんだから、CARCASSは若気の至りだったと公言しちゃう所とか、デスメタルに徹し切れていない所が、いまいち、信頼置けないのよ。」

 「信頼、って何だよ。最早ギタリストの価値基準じゃねえじゃん。」源藤がそう言って鼻を鳴らした。

 「じゃあ安心感と言い換えてもいいわ。いつ全然違うジャンルに行っちゃうかわからないというハラハラ感じゃ、曲の世界に没頭できないじゃない。」

 「そういうもんかね。」遂に諦めた。

 「わーかったよ。」と言って高宮はCARCASSに曲を変えた。

 「あ、俺この曲凄ぇ好き。『Exhume To Consume』。邦題が酷ぇんだよなあ。確か、『餓鬼は死体を貪り食う』だっけ?」そう言って小野瀬が高笑いをする。

 「そうそう。レコード会社、こいつらの邦題付けんのにすっげ、気合入れてるよなあ。つうか、遊んでるよなあ。」高宮も笑った。

 それから何度か休憩を挟んで、高宮から源藤、そして小野瀬、また高宮から源藤と運転手を代えながら(私は全員の肩を揉み)、遂に神戸の街に着いた。海が目前に広がり、大きな観覧車と公園、ビルディングが整然と並んでいた。一気に視野が開け、光が飛び込んできたような錯覚を受けた。そこを更に突き進むと、ビル群の合間に、今夜の舞台があった。地下へと向かう小さな入口、その手間に置かれた小さなブラックボードに、DEATH SENTENCED(TOKYO)と忠実なロゴで記してあるのを見て、ほうっと深いため息が出た。バンをライブハウスの目の前の駐車場に止めると、

 「いよいよ来たぜー。」源藤が興奮冷めやらぬ態で真っ先に車を降りると、私も続いた。ギターを背負い、シンバルを一つ手伝って、裏口へと回った。そこには腰までのドレッドを後ろで一つに束ね、NAPALM DEATHのTシャツを着た男が興味深げにこちらを向いて、外へと出てきた。

 「初めまして。サンクチュアリの実岡さんに紹介頂いた、DEATH SENTENCEDです。」

 「おお、おお。遠いところ、遥々ようこそ。初めまして。ブッキング担当の、大上です。」それがどこか異国めいた妙なイントネーションであるのに、私は微笑んだ。確かにここは私たちのホームから随分と遠く離れた場所であるらしい。男は私達を見ながら、ひとりひとり握手を求めた。「初めまして。実岡から聞いてるよ。君らのアルバムは実岡から勧められて、ファーストもセカンドも聞いているんだ。北欧メロディックデスメタル正統派の楽曲は、ずっと気になっていたんだよ。神戸で受けそうだっていうのも、あるけれどね。ARCH ENEMYとか、IN FLAMESとか、CARCASSとか、好きでしょう?」高宮は図星を衝かれたというように、照れ笑いを浮かべて、「今それ聴いて、来ました。」と言った。「君が、高宮君。で、君が新しく入ったギタリストね。いや、珍しいね。高宮君も勇気、要ったろ? ARCH ENEMYの例が無いわけではないけれど、男ばかりでやってきたデスメタルバンドに、途中から女性を入れるのは。ファンはスムーズに受け入れて、くれた?」

 高宮は私を一瞥して、「まあ、一応洗礼じみたものは受けていた、ようですけれど。」すぐ隣で客の罵声を聞いていたはずだのに、こんなことを言った。私は顔を顰める。

 「あははは。まあ、君の所はなかなか熱いお客さんが多いと聞いているからね。でもとりあえずやっていける目途が立って、良かったよ。実岡もギタリストが抜けてから、随分君らのことは心配していたようだったからね。」

 「マジですか。実岡さん、何ていい人なんだ。」源藤が泣きそうな顔つきで、そう声を絞った。

 「君らは何より曲が素晴らしいし、勢いもある。日本のデスメタル界は正直それ程大きいわけでは無いが、そこを変えていけるだけのポテンシャルはある。」

 「そうですよね!」私はほとんど大上さんの言葉を遮るように、叫んだ。「高宮の曲って、デスメタルに馴染の無い人でも、一度聴けば絶対感動すると思うんです。メロディアスで、綺麗で、クールで、力強くて、最強。私、弾いていて感動しちゃうんです。精一杯怖そうな顔でやってるけど。」

 高宮は大きな声で、「中へ案内して下さい。」と遮った。

 私はしかしそこまで言い得ただけでも至極満足していたので、元気よく「さあ、行きましょう。」と言った。

 既に幾つかのバンドはリハーサルを終え、地べたに座り込んだり、酒を飲んだりしていた。私たちを見ても挨拶はおろか顔一つ上げてくれることもなく、改めてアウェイでの勝負だという実感が沸き起こって来た。私たちは大上さんに付き従い楽屋に入り、荷を下ろした。

 「じゃあ、来て早々大変だけれど、リハは次の次になるから、それまでに準備しておいてください。」

 大上さんは他のバンドのメンバーと一言二言挨拶を交わしながら、帰って行った。全く目も合わせてはくれないが、社交性が枯渇している連中、ということでもないのかもしれない、と思った。

 「みんな、冷たいね。」私は耐え切れず、源藤に囁いた。「嫌われてるのかな。」

 「仕方ねえだろ。知らねえ奴が来たら、誰だって警戒すんだよ。せいぜい愛想よくしとけ。得意だろ。」そうは言いつつも源藤も、この雰囲気に少々のプレッシャーを感じているように思えた。愛想なんて得意ではないのに、そう弱気になった瞬間、「DEATH SENTENCEDの皆さんですよね。」と声を掛けてきたのは、黒髪を胸の辺りまで伸ばした、快活そうな、若い男だった。

 「俺、今日最初にやらせてもらう、Rise in religionのアキラです。あの」と言って、背中からCDを高宮の前に差し出した。「サイン、もらえませんか。」最新の、再販も完売してしまった、あのCDだった。

 「サイン?」高宮が頓狂な声を挙げる。「サインなんかねえ。」いつもの口調に戻った。

 「ああ、やっぱり。高宮さんはサインはしない主義だって、聞いてたんですが。でも俺、実はこの間DEATH SENTENCED観るために、聖地まで遠征したんすよ、ここ、関西から。」

 「えー、本当に? ありがとなー。」とすっかり気を良くした源藤が、アキラと言ったこの男の肩をばしばしと叩いた。

 「郡司さんが辞めて、どうなったか本当に気がかりで。最初に女が出てきた時には、本当びっくりで、ローディーかメンバーの彼女か、そんな所だと思って、何で出しゃばってチューニングしてんだよとかイラついて、暴言吐いちゃったけど、ごめんなさい。」

 「犯人はあんただったのね!」私は思わず男を指さした。

 「否、俺だけじゃないっすけど……。ステージ観たら、納得しましたし。」私はアキラの上から下まで全身を隈なく睨みつけてやった。

 「いいじゃねえか、今更。恨みがましいのはモテねえぞ。それよりよ、早く書いてやれよ、高宮。」

 「否、本当に。こういうの、書いたことねえし。別に主義とかじゃねえんだけど。」と言いつつ高宮は、渋々マジックを受け取る。「テストに名前書くぐらいはするけどな。」

「へえ、テストとか、ちゃんと受けるんだ。」そう言った私を睨むついでにほぼ無理矢理にCDを握らされ、高宮は本当に普通に「高宮壮悟」と書いた。意外と整った字だった。「へえ、高宮、下の名前壮悟って言うんだ。」

 「お前今、知ったの?」源藤が大声で問うた。

 「だって、高宮って呼んでるし。あなただって、高宮とかたまに総督とかメタルゴッドとか、そんな風にしか呼ばないじゃない。」

 「そりゃそうだけどよ、あの赤髪のイカレ免許とか、たまーに出してはCぐれえで戻って来てるレポートの表紙とか、名前ぐれえあちこちに書いてあるじゃねえか。」

 「お前何勝手に見てんだよ。」高宮が睨んだ。

 「ああ、良かった!」男はCDではなく、私を見てそう言った。「この人、高宮さんの女じゃないんですね。そんなイラつく噂があったけれど、高宮さんがバンドメンバーをそんな決め方する人じゃないって、俺、解ってたんで。」

 「おい、聞いたかよ。枕説が関西まで流れてやがる。」小野瀬が神妙そうに腕組みをして源藤を睨んだ。

 「凄ぇな。」源藤も肯いた。「でもうちには小野瀬がいるんだぜ。作曲家兼フロントマンに多少でも感謝の気持ちぐれえあれば、もう少しまともな女を宛がうだろ。そのぐれえ、小野瀬には朝飯前なんだよ。」

 「私は私の意志で生きるわ。誰かに宛がわれたり宛がったり、しないわ。」

 「ま、まあ、今日は、よろしくお願いします。サイン、ありがとうございました。」

 メンバー同士が荒んできた様を見て慌てて頭を下げると、アキラはメンバーの元へ戻って行った。

 「ちゃんと、かっこいいサインを練習しておいた方がいいと思うわ。あんな、普通の書き方じゃなくって。」

 「今まで、一度もそんなの求められたこと、ねえんだよ。」高宮は身を翻して、楽屋へと歩き出した。慌てて私も後を付けた。

 「でもこれからは必要になって来るわ。」

 高宮が突如立ち止まって、不思議そうに私を見下ろす。

 「だって、あなたの曲は史上最強だもの。これからもっと多くの人が、高宮の曲に酔いしれるようになるわ。サインも握手も、ピックもセットリスト書いた紙も、髪の毛も、服の切れ端も、欲しがる人がわんさか出てくるわ。」

 「禿げたり裸になるのはゴメンだ。」殆ど不機嫌に高宮は言った。

 「大丈夫。禿げてもボロ服しかなくなっても、私が一生隣でギター弾くから。」

 「お前、ぽろっと凄ぇこと言うよな。」小野瀬が感嘆する。

 「でも今、Dimebag Darrellがバンドに入れてくれと言ってきたら、私は排除されてしまうでしょう? だから、もっともっと、高宮の世界観を表現できるように精進しなくては。今日もこれからも、頑張るから、私。」

 「何で死人とバンドやらなきゃなんねえんだよ。」

 「だって『Cowboys from hell』大好きじゃない!」

 「ありゃ、名盤だからなあ。」

 楽屋に入ると、ギターケースに暗証番号666を入力し、パチンと開けた。赤いクッションに覆われたギターが、キラキラと輝きながら私の目に飛び込み、次いで高尚なメイプルの香りが鼻をついた。

 これからが、勝負だ。共に戦おう、戦友よ。私はギターのゴツゴツしたボディにそっと口づけをする。

 高宮に声を掛けられた時には、ここまで固執することになるとは思わなかった。というより、自分の中にこれ程に強く何かを求める感情が、残っているとは思ってもみなかった。ダイヤモンド・プレートの時に、全て枯渇しきったと思っていた。

 けれど今は苦しいくらいに、ここのギタリストとして存在することに全てを賭けている。高宮を微笑ませ、源藤と小野瀬と共に戦い、観客を納得させ、郡司さんを安堵させ、関西のオーディエンスを暴れさせる。それだけのために、私は今、存在している。

 ギターを取り出し、チューニングを行う。

 人生のあらゆる負の感情を総動員させ、ステージに向かった。リハーサルとは思えない緊張感が過った。他のバンドは皆そこらにしゃがみ込んで、聴いていないふりをしながら初めてやってきたバンドの音にしっかりと聞き耳を立てている。私の一音一音から、その奥にある全てを聴き出そうとしている。

 リハは場所は違えど、機材や音響は殆ど東京と同じだったので、スムーズに進行した。メロディーを重んじる風潮があるためか、ギターの音質については何種類も試奏させられ、おそらく今日使う音の全てをピッキングの強さも反映した音作りをしてくれた。ここのPAさんたちは全力で成功を応援してくれている。信頼できる。私は感謝した。

 そして、ライブが始まる。一発目のアキラのバンドは正直、まだこなれてないような、グルーブ感に聊か欠けた雰囲気もあったが、それぞれの技術はなかなか高かった。特にボーカルのアキラはいわゆるグロウルとクリアを見事に使い分け、今どきのメタルコアに近い歌で、先程の振る舞いと似た若々しさを感じさせていた。

 それはともかく、と、ステージ袖からちらと客席を見遣る。

 郡司さん、という人はどれだろう。きっとこの中にいるはずだけれど。高宮は楽屋の隅っこで寝ているみたいに目を閉じているし、小野瀬は静かに頭を振りながら生音で静かにベースを弾いている。源藤はストレッチに余念がない。それぞれの世界に没入しているから、声を掛けられる雰囲気ではない。

 私は諦めて暗闇の中にいるはずの、郡司さんを想った。「かつてあなたがこのバンドに注いだ情熱は、形は違えど確かに受け継いでおります」と強く、強く、念じた。

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