二十四章
「やって、良かったよな。」ぷつんと、他の誰でもなく小野瀬が言ったので、私は驚いた。
疲弊した体を部室に投げ出すようにして、小野瀬は寝転がり、高宮は一応両脚を投げ出しながらも、壁に凭れている。私は雪乃ちゃんとお揃いの、可愛い洋服を汚したくはなかったので椅子に座って二人を見下ろしていた。一方源藤は、多数の観客に気を良くし、再発注を掛けたばかりで部室に置いておいたCDを段ボール一箱分、部室から慌てて持ち出し、商魂逞しくも販売に駆け出したのだった。
「凄ぇ、盛り上がってたな、あのライト集団。」高宮が不思議そうに言った。「あんなの、大学にいたのか。お前どこに宣伝行ったんだよ。」
暫し黙したが、免れられるはずも無かったので、渋々「ファッション・コンテストよ。出るつもりは全く無かったのよ? ライブあるし。でも、さあ。ほら、私たち可愛い恰好しているから。」
「自分で言ってんじゃねえよ。」小野瀬がいつもの、ケッという侮蔑的な声を上げる。
「そうしたら声を掛けられて、たまたま欠場者がいるから出てくれって言われて」
「それでいい気んなって出たのか。めでてえな。」小野瀬が続ける。
「ライブがあるからってお断りしたら、宣伝の良い機会になるって言われたのよ。だって、確かにお客、百人ぐらいいたのよ、あの、体育館裏の広場が結構いっぱいだったんだから! そうしたらやるしかないじゃない。高宮の曲を聴いてほしいって、なるじゃない!」
その時突然部室の扉が開いた。そこには頭に手拭いで鉢巻を付けた源藤が立っていた。
「完売した。」
高宮が思わず前傾姿勢になり、這って源藤の足元まで近付いた。「何……、言ってんだ、お前。」
「いや、だから。」源藤が鉢巻を外し、顔をごしごしと拭った。そして一息つくと、「俺らのCDが、再発注の百枚全部、売れちまったんだよ!」
眩暈がした。私は目を瞑って背凭れに依り掛かった。
「何で?」高宮も皺枯れた声で、そんな意味のない質問を発するのがやっとだったらしい。
「一つはお前の曲が凄ぇから。もう一つは今成の見たくれが、一般受けしたから。そしてもう一つは。」源藤が声を一段と下げて、神妙そうに呟いた。「おまけのクッキーが、ずば抜けて旨いから。」
「おまけのクッキー?」高宮が頓狂な声を上げた。
「おまけのクッキー!」小野瀬がそう言って手を叩いた。「雪乃ちゃんの手作りの!」
「あ、忘れてたわ。すぐにお礼に行かないと!」
「今成。」源藤が駆け出した私の腕を掴んで、「雪乃ちゃんは下にいる。で、お前、一緒に買って下さった方々に、サインに行ってきてくれ。俺にはよくわからん事態に、なっている。」
部室を出、階下に降りると、確かに先程のライトを持った方々が大勢いて、それぞれがCDとリボンの付いたクッキーの袋を持っていた。その真ん中には雪乃ちゃんもいた。「雪乃ちゃーん!」と呼ぶと、モーゼの十戒みたいに雪乃ちゃんに続く道が出来、抱き合った。「クッキー、ありがとう。こんなに、いっぱい。」感極まって、ほとんど言葉にはならない。
「まりあちゃん! 雪乃ちゃん! ここ、ここに立って!」ぴかぴかライトの一人に命じられ、私はまず二人で桜の樹の前に立ち、様々なポージングを注文付けられながら一つ一つ応えていった。それが一通り終わると、今度は列を作ってのサイン会。雪乃ちゃんは私に微笑みかけ、「私が考えてあげたサインが、役立ったでしょ。」と耳打ちした。確かにその通りだった。私は例のサインをしこたま書いて、何故だかそこには雪乃ちゃんもサインを書き添えることとなって、一時間もするとお客さんは礼儀正しく一人一人深々とお辞儀をしながら帰って行った。
こっそりと上から見ていた三人が、頃合を見計りながら降りて来る。
「お前、こういう所に需要あったんだな。」小野瀬が頭を捻りながら言った。「ライブハウスじゃ、空き缶ぶっつけられる存在だった分際が。」そこまで言うと、突然隣の雪乃ちゃんに向き直り、「雪乃ちゃん、ありがとう。」と、極めて紳士的な笑みを浮かべて握手の手を差し出した。雪乃ちゃんは「いいえ。」と言いながら手を握り返した。
「あなたのマドレーヌこの世のものとは思われない程、美味しかった。個人的に、また、作ってくれないかな。」
「ええ、もちろん。」雪乃ちゃんは微笑みながらそう答える。
「……再々発注、かけねえとな。」小さくなっていくお客の後姿を茫然と眺めながら、高宮が信じられないとばかりに呟いた。
「今度は、売り上げで何買うの?」
「ツアーバス、かな。」高宮は真顔で言った。
私は噴き出した。「その次はジェット機にしましょう。それで、バッケンに出向くのよ。今度はドイツの観客を熱狂させるのよ。来年は皆でドイツ語を履修しなきゃあね。」
高宮は馬鹿にもしなかった。源藤も、小野瀬も同じだった。




