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Explorer Baby  作者: maria
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二十章

 学園祭にあと数日と迫り、日常の合間合間に非日常が挿入されてくる頃合いとなった。すなわち夜遅くまでサークル棟には燈が灯り、絶えず人声がし、校舎の軒先には段ボールや木片が積まれ始めたのだ。

 これがお祭りだ――。

 入学式もお祭りだったけれど、学園祭はもっと本物のお祭りなのだ。

 私はちらとでも伺わせたら、源藤に即座に糾弾されそうな興奮を覚えていた。だから雪乃ちゃんといる時だけ暴発するような感情を以て、文化祭に回る予定を入念に話し合い、双子コーデの服をきゃあきゃあ騒ぎながら決め、その分バンドの練習時にはできるだけ平静を装って、殆ど詰まらなさそうに見えるぐらいの顔で練習に励んだ。でもそれはあながち演技というわけではない。演奏を、もっと突き詰めなければならないとあらゆるアプローチを行っていた。たとえばピックを素材、色、厚み、全てを考慮しながら楽器屋を何件も梯子して、とにかく入手できる限りの種類を試し、最終的にこれだ、と確信できるものに出会うことができた。0.8mのウルテム。これだった。軽く弾いても音は全く痩せず、強弱も付けやすい。これで高宮の曲の繊細な部分と力強いリフを同時に弾くことができる。

 歓喜に後押しされ、エフェクターも様々に探し求めた。楽器屋だけでは満足いかず、改造のための回路図まで入手してあれこれやってみたが、納得のいく音作りはできなかった。そこで楽器屋で紹介して貰った、エフェクター職人を紹介してもらうこととなった。その人の作ったエフェクターで演奏した映像を観ると、そこにはまさに私の理想とする音があった。一か月数台しか作ることのできないという特別なエフェクターを、すぐにでも欲しいと伝えたが、手作り故最短で三か月待ちとのことだった。でも、それでは学園祭はおろか神戸のライブが終わってしまう。だから私は念じた。一晩中一睡もせずに、そのエフェクターのことだけを想った。そして、再び奇跡はやってきた。キャンセルが出た、という電話だった。私は入学して以来初めて授業を脱し、楽器屋へと走り、それを手に入れた。その足で部室へ行き、音を出すと、凄まじさと透明感の同居する、魂を揺さぶる音が出るようになった。

 それに真っ先に気付いたのは高宮だった。部室に入って来るなり、ほとんど不機嫌そうにのっそりと近づいてくると、私のエフェクターボードをじろじろと見下ろしながら、「お前何使ってんの。」と問うた。

 「『駆動』よ。これは完全ハンドメイドなのよ。しかも作っている人の体調があまりおよろしくないので、そんなにたくさんは作れないの。最短でも三ヶ月も待つべきところ、私が昨晩呼び続けたら来たのよ!」

 「お前は、シャーマンか何かか?」

 「シャーマンでもジャーマン・メタルでも、もう何でもいいわ。これがあればこれがあれば、」私は唾を噴きながら飛び跳ねた。「あなたの曲が一層素敵に弾けるわ、あの、世界観を再現できるわ!」

 「そうか。」高宮は委縮したように一歩下がって恐々肯いた。「……それが、そんなに、嬉しいか。」

 「当たり前だわ、馬鹿にしないで! あなたの曲を弾く以外に私が生きる意味なんて、ないの。あなたが曲を作ってくれるのが」感情が暴発する。ぐしゃと悲鳴に似た涙と嗚咽が出た。「私のしあわせなんだわ。」

 高宮はほとんど不思議そうに、人差し指で私の濡れた頬を指でなぞった。

 「そうか。」高宮は濡れた指をじっと見た。「そういや、次のキラーチューン候補。出来たから。」高宮はそう言って、ギターのつまみを捻り音を歪ませるとリフを刻み始めた。

 扉が開いて、源藤が「おお、おお、やってるやってる。」とほくそ笑みながら、バッグを放り投げるとさっさとドラムセットの椅子に腰掛けた。セッティングもそこそこに源藤はさっとスティックをリュックから取り出すと、何度か頭でリズムを取り、一斉に激しく叩き始めた。

 涙が引っ込む。私は顔を引き攣らせたまま、その音に圧倒されていた。

 確かにこれは、キラーチューンに相違ない。ここに高宮の咆哮が入り、ここにドラムのクラッシュが煌びやかに入る。既に明確な想像が付いた。ソロを弾きたい。私は興奮しながらもその欲望に取りつかれた。コード進行を見極めて、ソロに入る。チョーキングをして一音半を上げ切ったところから、慟哭のソロ。啼けよ喚けよとギターを追い立てるように弾く。一瞬高宮の目に嫉妬の光が生じたが、やがて賛美へと変わった。

 「確かにキラーチューンだわ。」私は思ったままを言葉にした。「これを引っ提げて、神戸へ行くのね?」

 「ああ。」高宮は言った。

 そこへ小野瀬が慌てたように入って来る。「今、どっち? 下まで凄ぇ音聴こえてたぜ。」私と高宮を交互に見、足下のエフェクターボードを凝視すると「お前かよ、何だこれ凄ぇな。ハンドメイドかよ。」と言った。

 「ピックも変えたの。見て、このキラキラ黄色のウルテム。0.8m。アラマンダの花びらみたいでしょう。」

 「そっか。凄ぇ音になってんぞ、こりゃ、郡司さんもビビるだろな。……ありがとな。」小野瀬は爽やかな笑みを浮かべて、私の肩をポンと叩いた。

 ありがとう。

  私は自分の幸福を追い求めることで、周囲の人間をも幸福にしていることに気付いた。それを媒介するのは高宮の曲だった。つまりは高宮の曲はそれだけの力を持っているのだ。これを、信じていこう。そしてこの世界観を構築するために、私は生きよう。

 そして学園祭当日がやって来た。

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