幕間 王と王妃ととある侍女
「生臭坊主どもめ!!」
王の執務室に怒声が響き渡る。
ロマリア王国であるガレブレス=ホド=ロマリアは怒り狂っていた。
頻発していた野盗騒ぎが神聖帝国による略奪行為であることが心身ともにボロボロになって帰還したフレデリックによって判明したからだ。
だが、それと同じくらい腹立たしいことがある。
野盗討伐作戦を立案した参謀本部である。
襲撃箇所、行動範囲を考えれば五十人という小勢な訳が無い。
襲撃された村落は二十一ヶ所。
行動人数が五十人ならば単純計算で千人はいるはず。
にもかかわらずその半分の五百の兵で討伐を組んだのである。
しかも将来を嘱望されている三男のフレデリックが危機的状況にあったのだからなおのこと腹が立つ。
それでも百名足らずで千の略奪部隊を討伐したのだから立派な武功である。
否、立派すぎる。
その為に作戦立案の関係者(イフェリウス派)や死亡した指揮官の遺族(イフェリウス派)、第一王位継承者であるイフェリウス(本人)がケチをつけている。
曰く、「四百名を死亡させた能なし」「報告を自分に都合がいいように捏造している」等々、最後には「敗戦の責任を取らせるべきだ」という意見まで出ている。
さすがにここまでくるとガレブレスも呆れてしまった。
「なら、お前達なら百名で千の部隊を退けることが出来るのか! しかもフレデリックは随伴しただけで指揮官では無い! そもそも五歳児に何を求めている!!」と、一喝して黙らせてはいるがイフェリウス派がフレデリックに今まで以上に隔意を持ったのは言うまでも無い。
言いたいことが山ほどあって怒鳴り散らしたいのは山々だがそれを上手く言葉にすることが出来ずに重いため息としてはき出し椅子にドカリと腰掛ける。
そんなロマリア王国の王という重責を担う自分の夫を慮り執務室に控えている侍女に王妃コンスタンスが声をかける。
「フレデリックの様子はどうですか? 自ら離宮に閉じこもり何をしているか私達は知ることがありません」
この言葉に国王ガレブレスも顔を上げる。
帰国直後に詳細を報告した後、自らに謹慎処分を科して離宮に閉じこもったのである。
本人が言うところによると・・・。
「此度の討伐戦は多大な犠牲を出してしまい申し訳ありません。私は参謀として参加したつもりですが露ほどの役にも立てませんでした。私に弁が立てば指揮官にもっと的確に策を授けることが出来たはずです。更に付け加えるならば参謀役を自認していながら討伐内容をよく確認していなかったのがこれだけの被害につながりました。自分がどれだけ自惚れていたのか骨の髄まで理解しました。自らを許すことが出来るまで謹慎します」
こうして離宮に閉じこもってしまったのである。
そんなフレデリックの様子を侍女が報告のために徐に口を開く。
「軍学書を読みあさる日々もあれば、子供とは思えぬほどの鬼気迫る勢いで鍛錬に打ち込んでおります。しかも自らの兵法書を書いたりと自己研鑽に励んでおります。特に武芸に関しては私達暗部の腕利き複数でもってしても討ち取ることは出来ないでしょう」
この言葉にロマリア王ガレブレスも王妃コンスタンスも口をポカーンと開けたり眉をひそめたりしている。
「・・・コンスタンス、今、聞き捨てならん言葉が聞こえたぞ?」
「奇遇ですね、陛下。私もです」
二人そろって目の前の侍女に視線を送る。
その視線を受けて更に口を開く。
「虚偽報告はしておりません。特に武芸に関してですが剣、槍、長柄斧槍など多種の武器を使いこなしております。最早達人の域に達しておりますので並の手練れでは相手にならないでしょう。兵法書の方はかなり独自の言葉遣いをしておりますので読み解くことは出来ませんでした。正直、我々暗部の警護が必要なのか疑わしくなります」
この言葉にガレブレスが顔を横に振るう。
「フレデリックは我が国の希望なのだ。今後何かあってからでは困る。これからも変わらずに陰から見守ってくれ」
それに侍女は即答する。
「おそらくフレデリック様は私が暗部の人間だと気づいていると思われます」
今度は王妃コンスタンスの頬が引きつる。
「暗部で貴女の実力は我が国随一です。その貴女の存在を見抜いていると?」
「・・・ここだけの話とお約束いただけますか?」
この言葉の感じからしてあまりよろしくないことだとわかるが聞かねばならない。
「わかっている。他言無用と約束しよう」
「・・・イフェリウス派が雇った暗殺者を単独で何度か撃退しております」
瞬間、二人はめまいに襲われた。
今は戦国乱世である。骨肉の争いがあってもおかしくは無い。
だが、まさか自分の子供達でそれを行っているとは思わなかった。
神聖帝国という危険極まりない敵国が隣接しているにもかかわらずだ。
「祖国存亡の危機が来たらどうするつもりなのだ・・・」
ガレブレスが頭を抱える。
王妃コンスタンスも頭痛がするのか手のひらで額を押さえる。
「そのことについてですがフレデリック様から言付かっております」
今度こそ二人は仰天する。
つまりすべて見抜かれているのだ。
「このようにおっしゃっておいででした。『兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず』と」
「それがフレデリックが言っていた独自の兵法書か?」
「どういう意味があるのです?」
「意訳すると、国に取って戦争とは一大事である。多くの命が生死の分かれ目に立たされる。まさに国家存亡の危機である。その戦争をやる前に勝敗の見通しが立たないなど許されることでは無い。勝つ見込みの無い戦はすべての人を不幸にする。このような意味だそうです。よって先の討伐による報復はすべきでは無いとおっしゃっておいででした」
この言葉にガレブレスは我が意を得たりと手をたたく。
「まさにその通りだ。戦をしても負けることがわかっているにもかかわらず報復すべきの一点張りの武断派に聞かせてやりたい言葉だ。だがこれでますますフレデリックは我が国の宝となった。暗殺などされたら私は死んでも死に切れんよ。これからもフレデリックを頼む」
そう言って頭を下げる。
王妃もそれに倣う。
一国王とその王妃が暗部最強の存在といえど頭を下げるなどあり得ないことだ。
それを受けて無表情な侍女の瞳に使命の炎が宿る。
「お任せください。この身が朽ち果てようともフレデリック様をお守りすることを堅く誓います」