幕間 二大淑女のお茶会
時間は少し巻き戻る。
ロマリア王国にとって国防の中核になりつつある王家三男フレデリック=ケテル=ロマリアが学院に入学する一ヶ月前の話である。
冬の寒さが和らぎ、穏やかな日射しが差すようになった。
自室にてザイン侯爵令嬢ゾーエはお茶を飲みながら久しぶりに出来た時間を堪能している。
学院に入学してから既に二年。
忙しい日々を過ごしていた。
フレデリック派の地盤固め。
エグザリス派との友好を深めるための立ち回り。
イフェリウス派への対応策。
体制強化のためにとにかく忙しかった。
それもやっと終わった。
今後の活動方針は自分の半身とも言えるレーシュ公爵令嬢であるファルネリアの『茶飲み話』で決める事になるだろう。
今日は自分のことを『姉』と慕ってくれるそのファルネリアが訪ねてくる日なのだ。
「ゾーエお姉様、お待たせしてすみません」
「そんなことはありません。来てくれて嬉しいわ、ファム」
見目麗しい淑女二人の洗練された所作は見る者を魅了する。
完璧な作法で着席するとゾーエは侍女たちに命をくだす。
「レーシュ公爵令嬢であるファルネリア様と存分に語らいたいのでみんなは席を外してください」
その言葉にファルネリアは笑みを浮かべる。
自分の意をくみ取ってくれたことが嬉しいのだろう。
部屋に二人っきりになるとさっそくファルネリアが口を開く。
「お姉様、沢山お話ししなければいけないことがございますわ」
「あらあら、『秘密のお茶会』の内容をそんなに簡単に話して良いの?」
苦笑するゾーエにむかいファルネリアはいけしゃあしゃあと言葉を紡ぐ。
「フレデリック様の右正室である私が知っていることは左正室であるゾーエお姉様も知っていなくてはいけないことですもの。一向にかまいませんわ」
そう言い放つとお茶を一口飲む。
「ここ最近忙しかったから積もり積もった話を聞きたいわ。ファム、聞かせてくださる?」
「勿論ですわ! ゾーエお姉様」
口元の笑みを深めるファルネリア嬢。
こうして秘匿すべき情報はファルネリアを通じてゾーエと流れているのだ。
(何から話そうかしら?)
ファルネリアは話したいことに優先順位をつけはじめる。
(まずは・・・そうね・・・)
「ヘット公爵家のお話かしら?」
「・・・ヘット公爵家って・・・中立派を取り纏めているあのヘット公爵家ですか!?」
ゾーエのこの言葉にファルネリアはうなずく。
「はい♡ そのヘット公爵家ですわ♡ 『事実上』武官最高位はフレデリック様ですが『名目上』は違います。ヘット公爵家がその座に就いています。そのヘット公爵家が内部分裂寸前ですの♡」
満面の笑みを浮かべるファルネリアにゾーエは絶句する。
「ヘット公爵家では度重なる帝国の侵略を撃退して国防の中核を成すフレデリック様に指揮を一元化すべきだという声が元々あったそうですわ。その為に武官最高位の座を返上しフレデリック様に就いていただきその傘下に入ろうとしているところに待ったをかける存在が現れたのです。それが長男であるトラクス様です。受け継がれるべき武官最高位の座をフレデリック様に奪われたくないせいか随分と言い争いになったそうですわ。結果、隔意を抱いたトラクス様はイフェリウス派へ。当主であるバリーフ様と次男のルシオ様はフレデリック派と分かれて争っているのです。もっとも、凡百に毛が生えた程度の才覚しかないトラクス様より才気あふれるルシオ様の方が跡継ぎに相応しいと言うことでこのままトラクス様を廃嫡したらどうかという意見が出ているのでそう長引かないと思いますが?」
「・・・これは勢力図が変わるわね・・・。まさかと思うけど他にも?」
「はい♡ 宰相ザザーム様のシン侯爵家がエグザリス様の派閥に『正式に』入りましたわ。」
「ザザーム様は元々フレデリック様の幼少期から側にいたのです。エグザリス・フレデリック同盟派に入ってもおかしくはありません。他には?」
「そうですわね~」
あご先に人差し指を当てて考えるファルネリア。
「アイン伯爵家のお話かしら?」
暗部を取り纏めるアイン伯爵家はフレデリックが最も頼る家のひとつである。
嫌な汗がゾーエの背筋をつたう。
「当主が病に倒れたそうですわ」
「・・・なんてことなの・・・」
ゾーエに取っては頭痛のタネが出来た。
(早急に手を打たねば・・・!)
焦るゾーエに向かってファルネリアが手を上げて制する。
「お姉様、ご安心ください。フレデリック様は専属侍女であるマリアさんを通じて既に手を打っておいででした。アイン伯爵家は次男のマティカ様と重臣達とで仕事をこなしておいでです」
「? アイン伯爵家にはポプロス様という御長男がいらっしゃったはずでは?」
「フレデリック様は情報を司るアイン伯爵家の必要性を十分理解しておいででした。その為に惜しみない援助をずっとしていたのですが・・・、いつの世も邪推する者はおりまして・・・」
「それがポプロス様だと?」
「はい。『惜しみない援助の裏にはアイン伯爵家の乗っ取りを画策している!』そう言って大暴れしたそうです」
「ポプロス様は何を根拠にそんなことを・・・」
ゾーエの問いにファルネリアは肩をすくめながら答える。
「必死になってイフェリウス様とのつながりを作った長男と言うだけの平凡な自分。対して自分より出来の良い弟がロマリアの麒麟児であるフレデリック様から後援を取り付けたことでアイン伯爵家は大過なくすごせた。このことで焦ったのでは? アイン伯爵家はマティカ様の物になると。」
「どこかで聞いた話ね・・・」
「どこにでも転がっている話ですもの」
ぬるくなったお茶を交換して話を続ける。
「それでアイン伯爵家は?」
「アイン伯爵家にはポプロス様の居場所は既にありません。惜しみない援助をするフレデリック様を公私の区別なく真っ向から非難するポプロス様に御当主もその夫人も怒り狂って『そんなに今のアイン伯爵家が気に入らないのならお前が出て行け!』と半ば勘当の状態で放り出したそうです。付いていく家臣達も皆無で今はイフェリウス様の元に身を寄せているらしいですわ」
(中立派のなかでも最も大きな力を示すヘット公爵家と暗部を司るアイン伯爵を取り込めたらフレデリック様の陣営は盤石な物になる・・・!)
ファルネリアがもたらした情報の価値に満足するゾーエ。
だが、ゾーエはまだ聞いていない事がある。
ファルネリアに対して出した『お願い』を。
「ところでファム? 以前した『お願い』、覚えているかしら?」
「勿論ですわ。将来、結婚して私たちが懐妊したらフレデリック様に夜の生活を我慢させるわけにはいきませんもの。フレデリック様の夜の生活を不自由させないためにも今のうちに側室候補を探しておく事。とりあえずストラとケルダという双子の美人姉妹が候補に挙がっていますわ」
ゾーエは黙して続きを促す。
「二人はレーシュ公爵領で豪商の家柄でした。ご存じの通り、レーシュ公爵領は災害が度重なり生きていくのが困難な地域になりました。その為あっという間に没落してしまったのです。身売りされそうになっていました。ですが考えることは皆おなじで身売り相場は安くわずかばかりの金にしかならず安娼婦としてしか扱われないかもしれない。どうすることも出来ない状況に追い込まれて一家心中を考えていたところフレデリック様が現れて救ったのです。二人ともフレデリック様に深い愛情を抱いておりますが身分の違いから輿入れをあきらめております。私達が口利きをして側室にあげれば絶対の忠誠を尽くしてくれるでしょう。殿方が好む体つきをしておりますのでフレデリック様もお気に召すかと」
「才覚は?」
「二人とも算術を修め周辺国の言語や風習をよく知っております。ケテル公爵領を運営するにあたり即戦力かと」
(美貌、才覚はファムのお墨付き・・・)
それでもゾーエとしては後一押しが欲しい。
そこにファルネリアがたたみかける。
「お姉様、この二人は『賢い』ですよ?」
「賢い?」
「はい! 入学早々にフレデリック様に付こうとする悪い虫を排除するにはもってこいですわ」
(!? そうだった! 『あの』害虫がいたんだ!)
ゾーエの表情の変化に気づきながらもファルネリアは見なかったことにして話を続ける。
「ストラとケルダはフレデリック様と同い年です。私達がいる限りは害虫駆除は出来ますがあと三年で卒業してしまいます。フレデリック様は残り二年。その間にとりつこうとする害虫駆除をこの二人に任せたいのです」
「フレデリック様が色欲の罠に引っかかるとは思えませんが念には念を入れるのですね?」
「えぇ! ストラとケルダは己の立場をキチンとわきまえております。特にケルダは間諜を取り纏める才に長けておりますので私達が卒業した後でも細かいやりとりが出来るかと」
「・・・近いうちに二人に会うことは出来ますか?」
「明日にでも」
満面の笑みを浮かべるファルネリアにゾーエも笑みで返す。
ゾーエは自らの手で再びお茶を入れ直す。
「ファム、害虫の話が出たので『あの者』の話をしましょう」
瞬間、ファルネリアの顔が歪む。
「お姉様、あの害虫の話はどこまでご存じですか?」
「情報を集めようとしなくても向こうから飛び込んでくるわ。礼節をまったく無視して家名も名乗らず一方的に名前だけをいうとサッサと殿方の元に向かうと」
「まぁ! 随分と柔らかい表現ですこと!」
「・・・実際は違うのですか?」
ファルネリアの顔から表情が消える。
「私、あそこまで無礼を働く傍若無人な方、初めて見ました。市井の者の方がまだ礼節をわきまえております。社交界で世話を焼いていただくお姉様やご婦人方にどうしたらあそこまで無礼を働けるのか私には理解できません! その振る舞いにアレフ子爵夫人はその場で卒倒したんですよ!」
徐々に興奮していくファルネリアをなだめながらゾーエは話の続きを促す。
「そこまで酷いの?」
「酷いなどというものではありません! 分別の付かない子供以下です! しかも! しかもですよ! 寝所に殿方を平気で招くのです! 子爵家の侍女たちが嘆いておりました! 衣類やシーツから淫らな行為をした跡が付いておりそれを隠蔽するように偉そうに命じられたと! 信じられますか! アレフ子爵家はこんな害虫をフレデリック様の側室にあげようと考えているんですよ!」
ゾーエの目は細められ鋭利さを増す。
「・・・許容できませんね」
「勿論です! この害虫を絶対にフレデリック様に近づけるわけにはいきません! 当然エグザリス様にも! イフェリウス派に押しつけましょう!」
「!?」
ゾーエの頭の中を稲妻が走り抜ける。
(そうか・・・。だからフレデリック様はこの害虫を野放しにしているんだ・・・!)
「ファム、どうやら知らず知らずのうちにフレデリック様は策を巡らせていたようですよ?」
「え?」
「フレデリック様はこの害虫を使って第四の勢力を作り上げてそれをイフェリウス派に抱き込ませようとしているのですわ。そうでなければこんな害虫を野放しにして置くわけがありません。」
「えっと・・・?」
「あくまで私の推論です。イフェリウス様は耳に心地よい言葉にしか聞きません。そこに心地よい言葉しか吐かない女性が現れたら? きっと自分の側に置きたがるでしょう。周りがどんなに苦言を呈しても」
「・・・・・・」
「派閥の旗頭が率先して害虫の取り巻きとなったら? きっとドンドン求心力を失うわ。一人、また一人と付き従うものは離れていく。残るのは誑かされた愚か者と現実を見れない愚か者」
「ですがそれはエグザリス派やフレデリック派にも言えるのでは?」
「ですからフレデリック様はイフェリウス派の切り崩しではなく地盤固めをするように厳命しました。寄親を通じて婚約と家名の重みを寄子に徹底的に仕込んだのはこのためだったのですね・・・」
「・・・そう言えば、害虫の毒牙にかかったのは聞く限り使用人や市井の者がほとんどだわ・・・」
そう言うとファルネリアは目を閉じてしばし考え込む。
「・・・エグザリス派とフレデリック派で害虫と接触したものはいない・・・。イフェリウス派の何名かが噂になっているぐらい・・・。ですがお姉様? これは危険な兆候では?」
「窮鼠猫を噛むと言いたいのね?」
「はい、フレデリック様のような見目麗しい殿方と逢瀬を楽しめない事にいらだって暴挙に出かねないのでは?」
「おそらくそれに関してです。今朝面白い報せが届いていたのです」
「面白い報せ・・・ですか?」
すべての合点がいったゾーエだけがクツクツと笑う。
ひとしきり笑った後でファルネリアを見つめながらゾーエは報せの内容を告げる。
「学院に在学する女生徒で希望するもの全員に星雲兵団が警護に付くそうですよ?」
「お姉様、私『星雲兵団』というのをひとつしか知らないのですが?」
「間違っていませんよ? その『星雲兵団』です。要人警護に特化した特殊部隊。命令権は陛下と王妃様と側室であり兵団を取り纏めているルイーダ様のみ。ロマリア王国において星雲兵団はひとつしかありません」
大事になっていることに愕然とするファルネリア。
問いたださずにはいられなかった。
「なぜ・・・、なぜ星雲兵団がここで出てくるのですか!?」
「フレデリック様がルイーダ様に交渉して派遣してもらったのです。害虫とその取り巻きが暴挙に出て害を被る前に。特にフレデリック様は私とファム、そしてエグザリス様の婚約者であるアメリア様には必ずつけるように進言したと聞いております」
「害虫の目的は・・・王位継承権のある者達ですか?」
「ファム、貴女の話を聞いてわかったことだけど害虫はおそらく悪い意味で子供なのよ。やりたいことはやる。やりたくないことはやらない。そういったことが出来るのはどんな立場か? 辿り着いた答えは女性貴族社会の頂点、王妃よ」
ゾーエの答えに不服なのかファルネリアの眉間にシワがよる。
「あの無礼者に王妃など務まらないと思いますが?」
「務まる務まらないじゃないの。チヤホヤされたいだけなのよ」
「迷惑な話ですねぇ・・・」
「本当に。アレフ子爵になぜ市井からこんな害虫を引き取ったのか聞きたいわ」
部屋を重い沈黙が支配する。
その沈黙を破ったのはゾーエであった。
「この害虫がフレデリック様と同い年で一緒に入学してくるわ。フレデリック様は子供の頃から大人に混じって戦に追われていたわ。たった五年だけどやっと年相応に過ごせる時間が出来たの。それを邪魔しようとするなら私の敵よ。レーシュ公爵令嬢ファルネリア様。お力を貸していただけますか?」
真剣な顔のゾーエにファルネリアは微笑む。
「喜んでお力添えいたします」




