幕間 月の淑女 暗躍す
とある晴れた日。
ロマリア王城内にある茶室で面談が行われていた。
賢母と名高いロマリアの王妃コンスタンスと月の淑女と呼ばれ始めているザイン侯爵令嬢ゾーエ。
コンスタンスは戸惑っていた。
将来、フレデリックと結ばれ義理の娘となる目の前に座るザイン侯爵令嬢であるゾーエに対して。
だから聴かずにはいられなかった。
「ゾーエさん、本気? いえ、この場合は『正気』と聞くべきかしら?」
これにゾーエは首を若干かしげながら表情を変えることなく淡々と答える。
「いたって大まじめですが?」
自分は当然の事をしていると言わんばかりである。
コンスタンスはソッと息を吐き出した。
(フレデリックの婚約者になってから肝が据わったと思っていましたがここまでとは・・・)
物怖じすることなく自分の目を真っ直ぐ見るゾーエ嬢に薄ら寒さを覚えつつコンスタンスは浮かび上がった疑問を投げかける。
「貴女が思っているとおりなら、確かにこの申し出は有効だと思います。ですが何が貴女をここまで駆り立てるのですか? 正直、今の、『このまま』の方が貴女にとっては都合がいいのではないかしら?」
ゾーエの返答は間髪入れずに行われた。
「すべてはフレデリック様が興すケテル公爵家のためです」
コンスタンスはソッと両の目を閉じる。
今後のことを考えるために。
素早く頭の中でそろばんをはじく。
人々を駒に見立てる。
(確かにこのまま『死蔵』、最悪『損失』させるよりならフレデリックの『物』にすべきね。ひょっとしたらゾーエ嬢のように大化けするかも知れない。フレデリックが当主となる新興公爵家、ケテルの後ろ盾には本家と分家で争っているザイン侯爵家だけでは足りない。だからこその策だと解ってはいるけどロマリア王国史上、前例がない。多くの貴族が眉をひそめかねない。そんな危険な賭けをする必要性があるのかしら? 確かにレーシュ公爵領の改革には目を見張る物があるけれど・・・。)
深く深く思考の末にコンスタンスは目の前に座るゾーエ嬢を再び見つめる。
まださらしていない札を見てみるために。
それを促すために見据える視線に力を込める。
並の令嬢ならばこれだけで怯ませる自信がコンスタンスにはある。
だがゾーエ嬢はそれに笑みを返す。
まるで『我が意を得たり』と言わんばかりである。
これに驚いたコンスタンスは率直に問いただす。
「まだ教えていない情報をさらしなさい。それによっては『場』を設けることを約束しましょう」
ゾーエ嬢は自分の策を成就させるために所持している手札のほとんどをさらす。
「いいでしょう・・・。陛下や関係者との面談の場を十日以内に必ず用意しましょう」
コンスタンストの茶室での面談から五日後、約束通りに陛下へのお目通りが叶ったゾーエであった。
とある会議室。
非常に重い空気が支配している。
平然としているのは発起人であるザイン侯爵令嬢ゾーエと事前に話を聞かされている『賢母』コンスタンスのみである。
この重い空気を払拭するため国王ガレブリスが口を開く。
「ゾーエ嬢、本当にその可能性があるのか? レーシュ公爵領はこれから輝かんばかりの未来が待っているかもしれんのだぞ? なのにそこの令嬢であるファルネリア嬢が自害を選択すると? 考えられんのだが?」
そうして視線をレーシュ公爵に向ける。
暗に発言せよという意味を込めて。
それを受けて発言の許可を取ってからレーシュ公爵がゾーエに問いただす。
「ゾーエ嬢、我が娘ファルネリアは貴女と同じ年です。つまり今年の春から貴女と一緒に学院に通ってます。同じ学生寮に入っている為に私達よりは詳しいかも知れませぬが、自害するというのはどうにも理解に苦しむ。確かに侍女たちから日々元気がなくなってるとの報告が上がっておりますがそれとて生活環境が変わったせいでしょう? 入学してからまだ一ヶ月ですし・・・」
さらに老人が発言の許可を求めた。
巷で『本家』と呼ばれるゾーエ嬢の後見人、先代ザイン侯爵である。
国王はそれにうなずいて許可を出す。
ザイン老がゆっくり席を立ち上がりゾーエ嬢の側に行く。
「ゾーエよ、いきなり目的だけを話したのでは皆は納得せぬ。なぜその目的に至ったのかを詳細に話せ」
すべてを話し終わった後、誰一人発言しようとする者はいなかった。
特にレーシュ公爵夫妻は我が子のことなのに把握していなかった事に身を縮こまらせている。
さらに神聖帝国に関する情報は軍部でもまだ掴んでいない。
それに即時対応できるのがフレデリックしかいないこと、その結果次第によってはロマリア王国内で三つ巴の権力闘争になりかねないことが危惧された。
その為、皆が方策を考え始めた。
王家、レーシュ公爵家、そしてザイン侯爵家。
すべてが納得する案。
そこにゾーエが発言の許可を得ようとする。
ゾーエにとって都合の悪い案を出されたくないために。
「陛下、ファルネリア様の件は私に御一任ください。必ずや目的を果たしてみせます」
ガレブリスは返答に迷った。
(可能性の有無を問えば『有り』だろう。ゾーエ嬢の言うとおり最悪フレデリックの王位継承権の繰り上げすらあり得る。『フレデリックが望んでいないにもかかわらず』だ。そうなればどれほどフレデリックがエグザリスを支持しようと何かにつけてこのことが噴出する。成功でも失策でも、だ。権力闘争から内紛になりかねない。それを回避するためにファルネリア嬢を使う。恋慕しているフレデリックと結ばれるなら否など言うまい。問題があるとするならフレデリックが納得するかということか?)
「・・・ゾーエ嬢よ。儂にはこの案が最適とはどうしても思えん。重臣達はおそらく皆、反対するぞ?」
「フレデリック様がこれを望めばすべて丸く収るのでは?」
「その為には功が足らぬ」
ガレブリスがこの発言をした瞬間、ゾーエは笑みを浮かべる。
ゾク
部屋に集まった全員の背筋が凍る。
ゾーエはここで『賢母』コンスタンスにさえさらさなかった手札を一枚切る。
それは衝撃の内容だった。
神聖帝国が誇る至高の十二人『十二聖戦士』。
その内の第二席、第三席、第四席の上位三名。
事実上、遠征における最強の面子が進軍してくる。
一番最初に動いたのはザイン老である。
「ゾーエよ、その情報は確かな物か!?」
ゾーエはそれに余裕を持って応じる。
「フレデリック様からの手紙にありました。『神聖帝国にきな臭い動きがある』と。そこで情報を集めたところ十二聖戦士の第二席から第四席までの周囲が慌ただしいことがわかりました。ならば答えは明白。今までの小競り合いでの失点を挽回するために最強の布陣で臨もうとしていると」
ここで国王ガレブリスが動く。
「そのような報告は軍部から上がってきておらん!!」
それでもゾーエの余裕は崩れない。
「おそらく、フレデリック様を亡き者にしたいイフェリウス派が握りつぶしたのではありませんか?」
恐慌状態寸前の会議室に涼やかな声が響く。
『賢母』コンスタンスである。
「ゾーエさん? 貴女がそこまで落ち着いていられるのはフレデリックを信頼しているからだとわかります。ですが私達はその言葉だけで納得する訳にはいかない立場にあります。出来るのであればその信頼の根拠を教えてくださる?」
「フレデリック様はすでに手を打っておいででした。敵を誘い込むための罠、敵を散開させるための罠、布陣にそういったありとあらゆる罠を仕込んで敵将を討ち取り敗残兵を鏖殺するそうです。他にも二の手、三の手を打ち絶対に、何が何でも鏖殺するそうです。本来であればこれらは機密情報として軍上層部から陛下の耳に入っていなければならないことです。フレデリック様は最近イフェリウス派の嫌がらせを受けておいででしたので私を通じて陛下の耳に入るようにしたのではないかと愚考いたします。おそらく数日中にフレデリック様の方から仕掛けて戦の戦端が切られるかと思われます」
「ザイン老! 今から軍をまとめ上げて出陣すれば間に合うと思うか?」
「戦の天才たるフレデリック様が準備万端で事に及んだのであれば早期決着ですべてが終わった頃に到着の可能性があります。・・・ゾーエよ、この際だからすべての札をさらせ。年老いた儂の心臓に悪い」
ゾーエは笑みを浮かべながら今度こそ手札のすべてをさらした。
「わかった。ゾーエ嬢よ、そなたの案は儂が責任を持って重臣達に納得させる。その代わりファルネリア嬢とフレデリックを納得させよ」
「御意、陛下」
(フレデリック様は必要であれば冷酷非情になれる。逆に必要でないのであれば情に脆いお方。レーシュ公爵領の改革でファルネリア様と既に深く関わっている以上、ファルネリア様の自害を止めるために私の案を飲むはず。そしてファルネリア様を籠絡する手札は幸いにして切らずに済んでいる。使わずに済めばいいけど最悪いかさまをしてでもこの案に乗ってもらう。・・・ファルネリア様、フレデリック様の為にも是が非でも首を縦に振ってもらいますよ・・・。)




