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五話 魔女と魔女

「全く、本当に手のかかる子ね。何事もなくて本当によかったわ。」


 そう言って、ディアナはセフィを抱きしめる。


「ありがとう、ディアナ。ほんとうにほんとうに、ありがとう……。」


 セフィもまた、ディアナの背に手を回す。

 見た目はほとんど変わらない二人だが、ディアナのほうが随分と年上だ。セフィがこの世界で森の魔女として目覚めたとき、傍らには今と寸分変わらぬ姿のディアナがいた。ディアナはいつだって、魔女として未熟な自分を導き、守り、慈しんでくれた。そう、今のように。


「あのおばあちゃんのこと、心配なのはわかるわ。だけど、あの人間がいるうちはダメ。」

「……わかってるよ。もう、わがままは言わない。」

「私はね、貴方を縛りたいわけじゃない。魔女わたしたちは孤独よ。独りで世界に生まれ、きっと独りで逝くの。ただ世界のために。だから、よく似た人間に惹かれるのかもしれない。」


 けれど、人間はそうじゃない。

 ディアナはしっかりとセフィの目を見つめて言う。何度も何度も口を酸っぱくして言ったけれど、こんなに真剣に伝えたのは初めてかもしれない。


「人間は魔女を善き隣人と思ってはくれない。欲望のままに、利用しようとするだけ。そしてその末に――魔女狩りが起きた。」


 ディアナは、その青い目を伏せて思い出す。多くの同胞たちが人間に囚われ殺されていった、あの凄惨な時代。何がきっかけだったかなんて、もう分からない。気づいた時には、人間は魔女を利用しようと狩っていった。人間に従うことのできない魔女は、次々と処刑されるか、理から外れて世界に還っていった。

  

(セフィだけは、守ってみせるわ。)


 人間に抗えるほどの強さもなく、魔女なかまを助ける勇気もなかった水の魔女じぶん。水面に人間を映しては、怯えて隠れるだけだった。

 そうして長い間逃げまどい、途方に暮れていた時に出会ったのが、生まれたばかりのセフィだった。

 湖を囲う深い森。彼女はその大樹の根に育まれていた。初めて幼い彼女を抱きかかえたとき、その温かさに驚いたのを今でも覚えている。


――――この子は私が守らなければ。


 自然と、湧き上がってくる思いだった。

 それから、今日まで数十年。姉妹のように、母子のように、ディアナはセフィを守り育ててきた。人間の世では、いつしか魔女の存在は忘れられ、おとぎ話の中の存在になっていった。

 けれど、魔女わたしは、あの魔女狩りの時代を忘れない。 


「魔女狩りの悲劇を繰り返してはいけないわ。だから、必要以上に人間と近づいてはだめ。特にあの男は、目的があって貴方に近づこうとしている。万が一魔女と知れたら、利用しようとするに決まってる。」


 セフィはディアナの真剣な言葉に、頷くしかできなかった。

 ディアナの気持ちは伝わってくるし、その気持ちを無視するのは心が痛む。でも、あの人間おばあちゃんのことが気になる気持ちもある。ディアナは人間に関わることに反対するが、それでは何も変わらないのではないか。


 セフィは複雑な気持ちを内に秘め、久しぶりにその夜をディアナと眠る。

 

 湖にほど近い小さな小屋で、狭いベッドに二人で身を寄せあう。

 セフィが幼いころはよくこうして寝ていた。成長して大きくなってからは、めっきりなくなってしまったけれど。そうして、互いの温もりを感じ合いながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。



 やさしい眠りから揺り起こしたのは、森に棲む小鳥だった。

 まだ日が昇ったばかりだというのに、嘴で窓を激しくつついてくる。セフィは眠たい目をこすりながら、窓に近づき小鳥の話を聞く。次の瞬間、セフィの顔から血の気が引いた。


「ディ、ディアナ……!どどどどどうしよう!」

「ん……?どうしたのよ……。」


 セフィは慌ててディアナに詰め寄る。


「あのレオンって人、もうすぐここに来ちゃうって!!」

「…………え?」


 ベッドで微睡んでいたディアナは、毛布を払いのけ飛び起きる。


「セフィ、水は!?」

「小屋の外の瓶に!」


 二人は外へと急ぎ、水の満ちた瓶へ駆け寄る。ディアナは水の中に手を入れ、数度かき混ぜる。水面が揺れて落ち着くとともに、セフィの森を映していく。

 確かにそこには、昨日のあの青年がいた。


「まさか、この森を抜けてしまうなんて……。」


 森を守るセフィは絶句する。

 ここは巨大な樹木が多く生い茂り、人間が森に一歩踏み入ればたちまち方向感覚を失ってしまう。さらに森の魔女セフィの加護を得て、獣が通った道もすぐに消えてしまうほどに植物たちの成長は著しい。常に変化し続けるこの森では、森を抜けることも、町へ引き返すことも困難なのだ。

 しかし、水面に映るこの青年は、なんと魔女の住み家まで辿り着こうとしているではないか。


「このままだと、あともう少しで来ちゃう……。」

「セフィ、彼を町へ誘導することは?」

「無理だわ。私のために森の植物たちの成長を捻じ曲げることはできない……。」


 やっぱりそうよね。

 とディアナはため息をつく。森を抜けようとしている彼は、多少衣服が汚れているものの、目立った怪我もなく進んでいる。姿を隠すのも一つの手だが、あの人間がこの小屋を見つけたとき、どのような行動をとるのか見当がつかないのが問題だ。

 この森までセフィを追ってくる執念を考えると、最悪この小屋に居座られることも考えられる。小屋の中には人間に触れられたくないものだってたくさんあり、この短時間で全てを持ちだすのは不可能だ。

 

「セフィ、今すぐ町娘の服に着替えて。着替えが終わったら、人間に見られたらまずいものはすぐに隠して。」

「え、ディアナ?どうして?」

「お願い。言うことを聞いて。」


 ディアナは、いつになく有無を言わせないきつい口調で告げる。


「小屋の中で、待ってるのよ」


 そう言うと、返答も聞かずに青い髪を揺らして森のほうへと歩いていく。もうすぐここに辿り着くであろう、あの青年の元へ。


――――ねえ、セフィ。貴方のことは、私が守るから。

 

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