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彼は誰時の贋作姫  作者: 八千
<2>腹黒い城と腹ペコ姫
7/29

 いつ眠ったのか、覚えていない。部屋に戻り、気がついたら朝だった。

 視界いっぱいに、星が描かれた天蓋が目に入る。清潔な布団に、快適な部屋。何にも怯えなくていい。怖がらなくていい。今日一日のことを憂わずに、朝を迎えることができる。ここにいてもいいのだという居場所がある。

 そうだ。私は念願のお姫様になったんだ……。

「起きろ。朝だぞ」

 男の低い声が聞こえてきて、ベルの目は飛び出しそうなくらい見開かれた。

「きゃああ!し、寝室に忍びこむなんてどういうつもり!?そういうつもり!?」

「忍びこんでねえよ。ノックして、名乗って、きちんと入ってきたぜ。テメェの返事がなかっただけだ」

「そういう問題じゃ……」

 ベッドの上のベルを差し置いて、ザクセンは部屋のカーテンを開け、光をとりいれる。

 ザクセンの後ろ姿を見て、昨夜の出来事が事実であったのだと思い知る。ベルの思い描いていた城生活は、早くも終わってしまったのだ。

「さっさと起きて着替えろ。飯を食え。やることが山積みなんだよ」

「やることって?」

「飯を食ってから話す。今日は俺も同席する」

「な、なんで!?」

「食事管理だ。テメェの食いっぷりじゃこのままじゃ豚になる。丸焼きにしてスラムで振る舞われたくなきゃ言うことを聞くんだな」

この言い方では、もう二度とこれまでのような食事の時間が取れないだろう。城にきて、まだ数回しか食事もお茶もしていないのに、もうそれを取り上げられてしまうのか。

「うう……憧れのお姫様のはずが……」

 ベッドの上で膝を抱くベルを見て、ザクセンが動きを止めた。視線を感じたベルが顔を上げる。

「よっぽど姫様になりたかったようだな。寝言でも言ってたぜ」

「――ね、寝言で言ってた!?」

 ザクセンの言葉に、ベルは弾かれたように顔を上げる。寝室に入り、寝言まで聞いていたことを責めるのがザクセンの予想だったが、ベルは顔を赤くして焦っている。

「……はっきりと聞こえたわけじゃねぇよ。姫がどうとかぐらいだ」

「あ、ああ……そう。それなら、まあ……」

 あからさまにほっとした様子を見せるベルを、ザクセンは訝しがる。だが、それ以上追求するようなことはしなかった。

「外で待ってる。すぐに支度しろ」

「わかった」というベルの返事を確認すると、ザクセンは部屋を出ていった。

 急にしおらしくなったベルを気にするような男ではない。ザクセンの冷たさに、このときは感謝した。

「やだな、もう……なんであんな夢……」

 時間が許せば、このままベッドに倒れ込みたいところだった。けれど、部屋の外にはザクセンが待っている。ベルは仕方なく、ベッドから足を出した。



「全然食べた気がしないよ……」

 お腹を撫でながら、ベルは切なげにこぼした。昨日と違い、今日は野菜と果物、ミルク粥だけだった。

 朝食を終えて、やってきたのは、ユビルスの部屋。けれど、くつろぐ暇などない。ベルにはどこまでもザクセンが張り付いてくる。

「私の部屋で、今度は何するの?」

「誰がテメェの部屋だ。ユビルスの部屋だろここは」

 部屋に据えられたソファに、ザクセンは我が物顔で座った。ベルは、あんたの部屋でもないよという言葉を飲み込んだ。

「テメェには、参冠式に出るためにユビルスとしての振る舞いを完璧にしてもらう」

「あの、そのさんかんしき……って何なの?戴冠式なら知ってるけど」

「グロスクロイツの王位継承には手順がある。国外・国民に王位を継承することを示す戴冠式の前に、国内の貴族や権力者に王位継承を認めてもらう参冠式ってのを行うんだ。一般庶民にはあまり知られてねえがな。テメェはそれに参加する。だから、ユビルスとしての振る舞いを完璧にしてもらうんだよ」

「へー、王位を継ぐための式なんだね。へえ……え?ちょっと待って」

 ベルは、ソファでくつろぐザクセンの前にまわりこんだ。

「それって、私が女王様になるってこと?」

「テメェは俺が聞いたことにだけ答えりゃいいと言ったはずだ」

 うぐ、とベルは言葉を飲み込んだ。ザクセンの意図がまったくわからない。ベルがいくらユビルスになりきっている自信があるといっても、この状況で「女王様になれるんだ!」と喜ぶほど脳天気ではない。むしろ、突拍子もない話が出てきたからこそ実態が分からず恐ろしい。

 ザクセンは懐から一枚の紙を取り出した。文字がびっしりと書かれたそれを、ベルの前に突き出す。辞書から切り裂いてきた一ページのように、隙間無く文字が書かれている。

「これは、参冠式で王位継承者が読み上げる<盟約の詩>だ。二十行の詩が四篇。一言一句、間違えずに覚えろよ。これが言えないと王位継承者と認められない」

「こ、これ!?覚えるの?」

 紙を握りしめて、ベルが絶望的な声を上げた。単純に覚えることが多いという嫌悪感ではなさそうだと察したザクセンが、眉間に皺を寄せる。

「なんだ?」

「私、字はあんまり……その、苦手っていうか」

「……まさか、読めねぇのか?」

 ザクセンは呆れたように言った。「とんだ姫様だぜ……」

「よ、読めないわけじゃないよ!だいたいは……いや、ちょっとは。うん、少しは……」

「もういい。テメェのことはよくわかった」

 ザクセンはソファから腰を上げる。目の前にいたベルは、立ち上がったザクセンの背の高さに後じさった。

「二人っきりだ。じっくり叩き込んでやるからな?」

 ベルを見下ろしながら、ザクセンが言い放つ。言葉とは裏腹に、ザクセンの表情からは嫌な予感しかないベルだった。



「背筋を伸ばせ!前を見ろ!足音を立てるな!」

 ザクセンがベルに課したのは、王女としての嗜みの全てだった。

 まずは基本の歩き方からで、ベルは部屋中を歩かされた。ベルの体を鉄の棒かなにかだと思っているのか、背筋が少しでも曲がれば戻された。

 他にも座り方、振り向き方、笑い方、全てをザクセンによって矯正される。

 城にさえ来れば贅沢な暮らしができるとベルは思っていたのに、夢の生活が音を立てて崩れていく。

「こんなの人間の動きじゃないよ!美しさかなんだか知らないけど不自然すぎる!」

「王女ってのは人間じゃねえ、立場だ。テメェが生まれながらの王女と同じだけのレベルに一日二日で辿り着けるとは思っちゃいねえよ」

「じゃあもっとゆっくりやっていこうよ。大人が愛を育むような速度でさ。ねっ」

「こっちは急いでんだ。ぐだぐだ言わずに、俺の言葉を体に刻め!」

「そういう台詞はね、ベッドの上で言ってよ!」

「そろそろ<盟約の詩>は覚えたか」

「さっきから歩き回っててそれどころじゃないよ!」

 部屋中の壁に、<盟約の詩>が貼られている。どこを歩いて、どこを見ていても視界に入るようにというザクセンの配慮だ。

「体でやることは体に刻みつつ、詩は頭で覚える。これで時間が半分に短縮されるはずなんだが?」

「本気で言ってるあたりが怖いんだけど。これだから軍人は……」

「一回、詩を読んでみろ。一篇くらい覚えただろ」

「”鳥の丸焼き今日安い、割れた塔の血なまぐさい”」

<盟約の詩>の一小節目は、”時の選びし今日に 我は王の誓いを捧げる”だ。

「なにひとつ合ってねえ」

「もう無理!無理!あーっ、休憩にしよ!します!」

 ベルはその場で膝を抱いて、しゃがみこんだ。まるで甲羅にもぐりこんだ亀のように、ベルは微動だにしなかった。ザクセンの溜息が、ベルに向けられる。

「ユビルスのツラでそういう態度を取るんじゃねえよ。見てると頭が痛くなる」

「どうせ私は姫様じゃないもん。……っていうか、なんでこんな面倒くさいことするわけ?」

 ベルは部屋に貼られた<盟約の詩>をぐるりと見渡した。

「あんただって王位を狙ってるんでしょ?ユビルス姫なんかいなくなったほうがいいはずなのに」

「テメェに話すことは――」

「やだ!聞くまで動かない。剣突きつけたってだめだからね。あんたは私を利用したいんだから、殺さないことはわかってるよ」

 意外にも知恵のあったベルに、ザクセンは舌打ちした。強気な態度を取っていたベルだったが、内心ドキドキしていたことには気づかなかったようだ。 

「……俺が王位につく最大の障壁は、ユビルスじゃない。デリベラートだ」

「なんで、姫様じゃなくてデリベラートが?」

「これまで、グロスクロイツ王国は家柄や血筋にこだわらず、才能によって軍人や重要な地位に能力のある者を登用してきた。王族のみで国を動かさないためだな。だが、そのせいで大臣や軍幹部といった重要な役職は王族の一存でクビにすることもできねえ。会議で、賛成が多数にならない限りはな。ただ、今はデリベラートの影響で、どうしたって票はあいつに傾く」

「ふーん。それで、デリベラートがあからさまにユビルスを狙っていても、城から追い出されないんだ」

 ザクセンは小さく息を吐く。「ただ、そんな民主主義があってもグロスクロイツは王位だけは絶対に自分の血を引く子に譲ってきた。デリベラートにとって、最大の障壁がそこだ。<極夜戦争>から続く血の継承は、国民にとっても信仰の域だし、それを覆すのはデリベラートにもできなかった。……テメェ、ユビルスについてどんな印象を持ってる?」

「え?えーと……病弱で、儚げなお姫様?あんまり公の場には出てこないよね」

 グロスクロイツは、なぜか常に王の子は一人しか産まれなかった。建国四百年のあいだ、一度も例外はない。そして先代王と后が早くに死んだため、王族の血を引く人間はユビルスだけになってしまった。そのためか、彼女は国民の信頼を一心に背負っていた。

「話は戻るが、デリベラートは城内の実権を握っている。先代王が死んだあと、ずっとグロスクロイツの政治を担ってきたからな。貴族や商会にも繋がりがあるから、ヤツの即位を望む声も、表には出てこねえが多い。国民の反発を招くから口にするやつがいねえがな。ただし、もしユビルスが病気や何らかの理由で死んでしまった場合、グロスクロイツの王位を継ぐのに必要だった血の繋がりは断たれる。継承権のある人間が消えるからな。その場合、自然と王になるのは……」

「……デリベラートってこと?」

 ベルにもなんとなく、ザクセンの言おうとしていることが見えてきた。

「これで俺の敵がわかったか。例え俺がユビルスを殺したとして、それが誰にも知られなかったとしても、デリベラートの手に王位が転がり込むだけなんだよ。デリベラートは、自分の手でユビルスを退ける必要がある。俺は、デリベラートを倒さなければ王になれない」

「あんたもデリベラートも、どっちが王様になっても嫌だけどね……」

 ベルはザクセンには聞こえないように呟いた。

 とりあえずは、彼が王位のためにベルを利用しようとする意味はわかったが……疑問は解決していない。

「私を参冠式に出す意味が結局わからないんだけど。あと、あんたがそこまでして王位を狙う理由も。やっぱり男に生まれたからには、目指すのは頂点ってわけ?」

「テメェに話す必要はない」ザクセンはベルから目をそらし、ぽつりと呟いた。「知らないほうがいい。……お互いのために」

 ベルは子供っぽくぷうと頬を膨らませる。

「全部全部、話さないってそればっかり」

「余計なことを頭にいれるスペースがあるなら、ひとつでも多く<盟約の詩>を覚えることだ」

 その時、部屋の外に足音が近づいてきて、部屋にノックの音が響いた。ザクセンは、応答しろと視線でベルに命令する。

「姫様。デリベラート様から言づてでございます」

 デリベラートという名前に、ザクセンとベルは顔を見合わせる。

「は、はい?」

「”体調がお戻りなら、書籍の(ライブラリー)にお越しいただきたい”とのことです」

 ベルがザクセンを見ると、彼は再び頷いた。

「……わかりました」

 その答えを聞くと、召使いの足音が遠ざかっていくのがわかった。

「まあ、九割方殺されるだろうな」

「ど、ど、どうしよう!まだ死にたくない……じゃなくて、私、やることたくさんあるからっ、困るの!もう一度お風呂に入ってお茶を済ませて着替えて、今夜の晩ご飯を食べてからにしてくれない?確か今夜は黄金鶏のハムが出るから!」

「……デリベラートに頼めよ」

 どこまでも揺るぎないベルに対し、ザクセンは怒りを通り越して感心したのだった。

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