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彼は誰時の贋作姫  作者: 八千
<2>腹黒い城と腹ペコ姫
6/29

ベルが連れていかれたのは、城の中のワインセラーだった。

 そこには、ベルと鎧男以外にも人がいた。あの、犬の彼だった。

「あっ、あなた――ひっ!」

 鎧男の剣の切っ先が、ベルの鼻先にぴたりとつけられた。

「テメェは誰だ」

「だだだだ誰って……」

 ベルと鎧男のやりとりを、犬の彼はじっと見守っている。

「み、見てないで助けてよお!」

「……ぼ、僕は犬ですから……」

「あいつは、俺の命令がねえと動かない。あきらめろ。少しでも楽になりたきゃ、正直に話すんだな。まずは名前だ」

 やはり、この男はユビルス姫が偽物であると知っている。もはや彼女を演じることは、ベルの命に関わりそうだった。

「ベ……ベル、です」

「そうか、ベル。姓は」

「……ありません」

「わかった。俺はグロスクロイツ王国軍司令官のザクセン・ヒュークだ。それから――」

「ざ……ザクセン!?って……あの、軍司令官の?」

「たった今そう言ったはずだが、テメェは耳を掃除してねぇのか?」

 目の前に立つ男が、グロスクロイツ王国の軍を率いるトップ。

 デリベラートが政治を取り仕切るのなら、ザクセンはグロスクロイツの軍事力の頂点・司令官だ。<極夜戦争>で人類を平和に導いた、グロスクロイツの祖たちの魂を受け継ぐ存在。

 他国への侵攻を法律で禁止しているグロスクロイツでは、軍の仕事といえば国内の治安維持だが、軍人たちはザクセンの下、常に腕を磨いている。

「だって、軍司令官が姫様を殺そうとするなんて……」

「おい……」

 ベルは、ヒッと悲鳴があげた。しかし、彼が睨んでいるのはベルではなかった。後ろの犬の彼だ。

「おい。テメェも自己紹介しろ。挨拶は基本だろう」

「は、はい」

 犬の彼はベルを向いて、すっと立ち上がった。

「グ、グロスクロイツ王国軍、支援管理官のアトラ・ベリスで、あ、あります」

「ご、ご丁寧にどうも……」

「これで、全員挨拶は済んだな?それじゃあ本題に移るとしよう。テメェ、なぜ城に来てユビルスを名乗るような真似をした?」

 剣のきらめきが、凄みを増してベルに迫る。

「ゆ、ユビルス姫が行方不明だって聞いて……なりすまして、城で贅沢ができればなあって」

「それだけか?誰かに命令されて、ここへ来たんじゃねえのか?」

「ないない!全然無いよ!贅沢したかっただけ!なんで誰かに命令されて、城に忍び込まなきゃいけないの。絶対やだ」

「よくそれだけの理由でここまで来たな……。それじゃあ」

 ザクセンは切っ先でベルの顎に触れた。刃の冷たさに震えるベルの顔を、ザクセンは耳の後ろから喉元まで、じっくりと観察する。

「ひっ。ううっ……」

「この顔は何だ?生まれつき……じゃねえな。ユビルスに生き写しじゃねえか。俺とアトラ以外、気づかねぇわけだ」

 ベルの顔に感心を見せたザクセンだが、その言葉には似すぎていることへの呆れも混じっている。城の警備にも責任のある立場で、瓜二つの顔が出てこられては頭も痛くなるだろう。

「で、どうやってその顔になった。顔の形を変える外科手術って話は聞いたことがある。だが、瞳の色はどうした?声は?そんな手術はねえはずだ」

 ベルの肩が、ぎくりと揺れた。当然、ザクセンがそれを見逃すはずもなかった。

「答えろ」

「あー、そ、それは……えーと」

 ベルが言葉を詰まらせると、ザクセンの剣が先を急かす。

「あのー、ほら、、不思議なあれで、手術とかじゃなくて……その、なんていうのかな」

 要領を得ないベルの答えに、ザクセンの苛立ちが強まる。

「も……もしかして、呪術?」

 黙って見ていたアトラが、はじめて口を開いた。ベルは、希望を見つけたかのように顔を輝かせる。

「そ、そう!それ!呪術!ほら、街にいるよね、怪しい呪術屋!まあ、こんなお城で暮らすお方には程遠い場所だろうけど!」

 呪術は、<極夜戦争>で魔界が封じられたため、悪魔と契約できず魔法を使えなくなった人間の代替技術だ。魔法は悪魔との契約で使うものだが、今は魔界に接触する術はない。そのため、もともと人間に備わっている微量の魔力を奇跡の力にするのだ。

 だが、それは理論上の話で、実際に使える人間がいるのかどうか、定かではない。うさんくさい呪術屋を名乗る人間が詐欺をはたらく事件が多いため、呪術は厳しく取り締まられている。

 ザクセンはまだベルを疑っている。だが、それ以外に説明がつきそうにない。

「テメェの外見を変えた呪術屋の話は、あとで吐かせる必要がありそうだが……まあいい。テメェがどうやってユビルスの外見を得たのか、それは大した問題じゃない」

「い、いつから気づいていたの?」

「今朝だな。昨日はカッとなって怒鳴り込んだが、冷静に観察すると全然違っていた。ああ、アトラは匂いだ。犬だからな、こいつは」

「じゃあ、朝に私を殺そうとしたのは……」

「あれはテメェが暗殺者の類だった場合、反撃するだろうと踏んで攻撃してみただけだ。こっちの誰かを殺しにきたのか、城の情報が欲しいのか、ただのなりすましか、それだけでテメェの正体が絞れると思った。まあ、結果として俺の予想の一番下が正解だったわけだが。本気で殺すつもりだったのは確かだが」

 ベルは全身から力が抜けてしまった。長いこと戦争もない平和なグロスクロイツの城の人間なんて、すぐに騙せると思っていたのだ。けれど、結果は完全にベルの負けだった。

「……私、もうここにはいられないの?」

「ここどころか、この世にも居られねえんじゃねえか?」

 ザクセンはさらりと言い放った。「ユビルス姫を騙るだけじゃなく、城での贅沢三昧。首がいくつあっても足りねぇなあ」

「ううっ。こんな生活がもうできないなら、いっそ殺して!」

「そこは命乞いだろ普通」

 ザクセンの剣は、なおもベルを向いている。しかし、その切っ先からは威圧感が消えていた。

「……しかし、だ。俺とアトラの目は欺けなかったが、城の他の人間は誰もテメェが偽物だと思っていない。これは利用できる」

 ザクセンは剣をおさめ、代わりに突き刺すような視線でベルを見た。

「決めた。テメェはこのままユビルスとして城にいろ。ボロを出したらぶっ殺すぞ」

「えっ……」

 助かったのだろうか?ベルは、ぼんやりとザクセンを見上げた。

「で、でもザクセン様……ど、どうするんです、か?」アトラが不安そうに尋ねる。

「こいつをユビルスの身代わりにして、参冠式に出す」

「……さんかんしき?」

 言葉の意味が分からないベルと違い、アトラはハッと息を呑む。

「参冠式に?でも、そ、それじゃ……」

 アトラの言葉を遮るように、遠くから、日付が変わったことを知らせる鐘の音が響いた。

「遅くなっちまった。おい、寝る時間だぞ」

「ちょ、ちょっと待って。さんかんしきって何!」

「必要だと思えばこちらから話す。テメェはこっちが聞いた質問にだけ答えてりゃいい。……ああ、言っておくがな、この城内で鎧を着てないヤツは、大体デリベラートの味方だと思って行動しろ。まあ、真正面からテメェを殺そうとなんてヤツは……」

「そ、そうだよ!私、デリベラートに殺されかけたんだよ!」

 正体が知られたことの衝撃ですっかり忘れていたが、ベルは命の危機にさらされているのだ。

「……真正面からユビルスを殺そうなんてヤツは、デリベラートぐらいだ。ナイフ振りかざしてくるようなヤツはアイツだけ。楽なもんだろ、襲って来るヤツの顔がわかるんだから」

「……は?捕まえないの?デリベラートのこと」

「何の罪でだよ」

「ユビルス姫の殺人未遂でしょ!」

 話の噛み合わなさに苛立って、ベルは声を荒らげた。

 だが、ザクセンはそれを咎めるでもなく、ベルを静かに見つめた。そこには、脅しや怒りの類いは存在しない。だが、ザクセンのその表情に、ベルは背筋に這う冷たいものを感じた。

「そんなんであいつを捕えられるなら、とっくにユビルスが王位についてるさ」

 ザクセンはベルを顎でしゃくった。「アトラ。こいつを部屋に送ってやれ。朝まで他の連中と交代で出入り口の見張りを。使用人たちには適当に言い訳をしろ」

「わ、わかりました」

「それと……無駄だと思うが聞く。昨夜、メイドが二人行方不明になった。テメェが関わっているか?」

「え、メイド?全然わかんない。何人も見てるし……」

「まあ、そうだろうな。犯人はわかっている」

 ベルには、さっぱりわからなかった。ザクセンの言っていることの意味がだ。

 ザクセンはマントを翻すと、扉を開けた。

「ベル。テメェは今夜から俺のモンだ。逃げることも、勝手に死ぬことも許さねえ。努々、忘れるな」

 部屋を出たザクセンの足音が、遠ざかっていく。ベルはその場にずるずるとへたり込み、動くことができなかった。

 そんなベルを、アトラが哀れむように見つめる。彼女の唇が震えているので、声をかけようと顔を近づけると……何か喋っていた。

「……あんな……あんな台詞……こんな状況であいつが相手じゃなければ、最高の口説き文句なのに……!」

 アトラには、彼女の言っていることの意味が理解できなかった。

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