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すっかり日も暮れて、月明かりが、円卓の間に差し込む。
いつもは床に反射するはずの月明かりは、そこに出来た空洞にぼんやりと絡め取られて、消えてしまう。
その底には、松明の明かりがある。
大きな石はベルが魔法を使って封印陣から避けたものの、抜けた床が全て無くなっていると片付けをする人間たちに説明がつかないということで、残りは手作業で片付けられた。
兵士たちが引き上げたあと、陣の部屋にはザクセン、ユビルス、アトラ、そしてベルの四人だけが残っていた。
ミネイの最期を聞いたアトラは、ショックを受けたが悲しむことはなかった。アトラにとって大事なのは、ミネイが幸せだったかどうかだ。一方的に使われるだけだったミネイが、最期を想い人と迎えられたのは、喜ぶべきことだとアトラは言った。
ぼろぼろになってしまった台座の上に、ユビルスが立った。彼女は、不安げにベルを見つめた。
「だーいじょうぶだから。ね!私を信じてよ」
「……うん」
ユビルスは、自分の指先を小さく切った。
指の腹に滲む血を、恐る恐る、封印陣のあった場所に垂らした。
だが、陣は一切反応しない。幼い頃、病床の父から伝え聞いた反応は、起きなかった。
「何も……起きない……」
ユビルスは、安堵というよりも、力が抜けてしまった。グロスクロイツ王族の血は、封印陣を保つと同時に、こじ開けることができる驚異になる。だからユビルスは、父親から受け取った秘密を、ずっと一人で抱えてきた。こればかりは、ザクセンにも言えなかった。でも、長年にわたる恐れから、ユビルスはあっけなく解放されたのだ。
「もう、これでグロスクロイツの王族が封印陣に縛られることは無くなった。きっと、これからユビルスの体はもっと強くなっていくし、お父様たちのように短命でもなくなる。全部、この陣のせいなんだからね。あ、子供もきっといっぱい産めるよ~」
ベルはにやにやと笑って、ユビルスの肩を軽く叩いた。
「頑張ってね。ユビルス新女王。人間界を引っ張っていくんだよ」
「ベルちゃん……行っちゃうの?」
「えっ」
ベルの言葉に、別れを察したユビルスが素直に問う。面と向かって言われてしまったベルは、あー、と言葉を濁した。そして、ユビルスの立つ場所を見る。
封印陣の上の残骸を避けたが、デリベラートとミネイの死体は見つからなかった。血痕すら見当たらなかった。彼らが魔界へ吸い込まれてしまったのかどうかは、ベルにもわからない。
ただわかるのは、もうこの陣からは魔界に帰れないということだ。
「魔界にも帰れないんでしょ?どうするの?お城で一緒に暮らそうよ」
それから、ザクセンの腕を引っ張り、ベルの目の前に連れてきた。「ザクセンもそう言ってるよ」
「言ってねえ」
「言ってないね」ベルには、ザクセンの態度を笑う余裕があった。「大丈夫だよ。マグワースの陣だって試せるし、世界中には古い魔法陣がまだ残っているところもあるかもしれないしさ」
「もう。素直になりなさい。二人とも!」
「大丈夫だって、ユビルス。なんか……たぶん、魔力の心配しなくてもこれからも生きていけそうだから」
ベルの覚悟が固いことを知り、ユビルスの顔がくしゃりと歪む。
「だって、ベルちゃん……いなくなったら寂しいよ」
「悪魔が城にいるっていうのはまずいって。明日は戴冠式でしょ?女王様のあらぬ噂が広まったら、困るでしょ」
これ以上ここにいたら、ベルも行きづらくなる。羽を広げて、二人に背を向けた。
「ザクセン」
しかし、ベルはもう一度振り向いた。ザクセンは、そのときになって初めて、ようやく目を合わせた。
「これ、大事にする」
ベルは、おもちゃの指輪をザクセンに向けた。指輪は、婚姻を約束する左手の薬指にはめられていた。もちろん、ベルが自分ではめたのだ。
それを見せることが、ベルの精一杯の、彼への愛情表現だった。ザクセンの目が驚きに見開かれるのを、恥ずかしくて直視できなかった。
「じゃあね!バイバイ!」
今度は笑顔で、別れを告げた。ベルは地面を蹴り、飛び立った。
「ベル!待て!」
遅いって、いつも。ユビルス姫に真実を伝えるのも、ベルに謝るのも、引き止めるのも。
でも、彼の行動が早かったら、ベルはきっと飛び立てなかった。別れを言えなかった。だからこれでいいんだと、自分に言い聞かせた。
そんなザクセンが好きだった。
ベルが飛び立ったあと、封印の部屋には静寂がおりた。
「……私たち人間を苦しめたはずの悪魔が、今度は私たちを助けてくれるなんて……」
ユビルスが、ぽつりと呟いた。
ザクセンは、ただ空を見つめていた。




