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彼は誰時の贋作姫  作者: 八千
<6>悪魔の憂鬱、姫の溜息
22/29

 四百年前。

 人類は、後の世で<極夜戦争>と呼ばれることになる、あてのない戦いを続けていた。

 魔法の力に頼りすぎた人類があこちに魔法陣を書きすぎて、人間界には魔界と通じるたくさんの穴が開いてしまった。、そこから悪魔が噴出し、各地でひどい戦いが起っていた。

 ベルもそうやって、人間界にやってきた悪魔の一人だった。

 彼女は人間界に行く日を、ずっと楽しみにしていた。同じくらいの年の悪魔が人間と契約して喚び出され、人間界に行った話を羨ましく聞いていた。でも、ベルは能力的に劣っていたため、一度も喚ばれたことがなかったのだ。

 それに、ベルが人間界に行きたかったのは、他の悪魔たちとは目的が違っていた。人の魂を食べたり、攻撃することには興味がなかった。大多数の悪魔はそれが食事で、魔力……生命を維持するエネルギーを貯める行動で、本能だから仕方ない。それにしたって、人を殺して何が楽しいのだろうとベルは思っていた。

 ベルが欲しかったのは……。

「きゃあっ、いい男!」

 ベルは廃墟と化した街に倒れている一人の男性を見つけて嬌声を上げた。

「おーい。死ぬなー。おーい」

 血まみれで、汚れてはいるが、綺麗にすればなかなかの美男子だろう。右足がもげてしまっているが、残った左足から察するに背も高そうだ。

 ベルはそう判断すると、彼を抱き起こし、心臓に耳を当てた。まだ魂が入っていることを確認すると、胸元に手を当てる。

「~~……~~――」

 呪文を唱えて、彼の怪我を回復させようとする。ベルの手に、黒い靄が集まる。

「……ああっ!」

 しかし、積み上げた積み木が途中で崩れるように……彼はあと一歩で命が尽きてしまった。さすがに、肉体を出て行った魂を戻すことはベルにもできない。

「一足遅かったあ~。いい男には生き残ってもらわないと困るのに!」

 がっくりと頭を垂れたベルは、美男子の顔に盛大な溜息を吐いた。

 今日は、何の成果もない。菓子屋を覗いたが、当然のように何も残っていない。ようやく手に入れることができたのは、貴族の屋敷で見つけたボタンブーツと小さな石がついたネックレスだけだ。安物で、ベルの魔力を満たす力はほとんどない。

「今日の成果はこれだけ。あいつら、やってくれるわ」

 空を仰げば、悪魔たちが虫の群れのように飛び回っている。この街に人間がいないことがわかり、次の街を探しているのだろう。

 ベルは少し特殊な体質だった。自分が望んだものを食べたり、身につけたり、手にいれることで魔力を貯めることができた。中でも人間の美しい男は、ベルの魔力を充実させてくれた。

 だから、そういった物にあまり興味がない悪魔たちが街を荒らしたあとに、ベルは残された貴重品の類を物色することで、力を得ているのだった。

 少し前までは、貴族の館のパーティーを覗いたり、忍びこんだワードローブで一人で着替えを楽しんだり、お金持ちの厨房で料理をつまみ食いして楽しむことができた。憧れていた人間界の生活を堪能して、ベルは「戦争万歳!」と思っていた。

 でも、悪魔たちの侵攻は凄まじく、そんなことをできる余裕のある人間は、この地上にはもうほとんど残されていない。

「バカー!ちょっとは加減しろー!」

 空の上の同族たちに向かって、ベルは吠え立てた。



 そうして、人間界をささやかに楽しみ続けたベルだったが、やがて終わりがやってきた。

 こんな有様だというのに、僅かな希望を捨てない、強い人間たちが残っていた。

 彼らは他の生きている人々をまとめ、立ち上がらせ、悪魔たちに立ち向かっていった。

 最後のあたりには、「信じる力」とかいう謎の力で封印陣を作り上げた。そして、地上の悪魔たちを倒し、あるいは魔界に送還し――魔界は封じられた。

「やだー!魔界なんて帰らないんだからー!」

 まさに封印の最中、ベルはわんわんと喚いた。

 魔界には甘い食べ物もなければ、美しいドレスも宝石もない。もちろん、いい男なんてどこを探してもいない。みんな変な羽がはえていて、醜くて、不衛生だ。

 もちろん、ベルの訴えも虚しく、魔界は完全に封じられた。

 魔界側から人間界に接触することは、一切できなくなった。人間と契約することもできなくなったので、人間界の話も聞けなくなった。

 人間とは時間の流れの感覚が違うベルでも、四百年の封印はさすがに堪えた。

 飢えを感じながらも、簡単には死ぬこともできない。飲むものは泥水だけ。悪魔たちは、互いに殺し合いを繰り返している。ベルも何度も危険な目に遭った。

 毎日、人間界のことを思った。

 ベルは本当は、お姫様になりたかったのだ。美しい容姿に、華やかな生活、素敵な王子様。誰からも愛され、大切にされる存在。ベルの欲望の根源には、人間界にいるお姫様への憧れがあった。そういう気持ちを、いつから持っていたのかもう覚えていない。ベルは、生まれたときからずっと一人だったから、自分でわからなければ誰にもわからなかった。

 でも、魔界は永遠に封じられた。もう、ベルの願いは叶わない。

 魔界の森の奥には、小さいものの世界の様子を写し出す湖面がある。それを覗くことで、少しだが人間界の様子を知ることができた。ベルの楽しみは、その湖面を毎日覗くことだけだった。

 それが、ある日突然終わりを迎える。湖面に向かおうとフラフラと歩いていたベルは、いびつな形ながら人間界に繋がる魔法陣を発見したのだ。

 これを悪魔たちに告げれば、人間界という潤沢な食糧庫を失った魔界にとって朗報となる。

 だが、ベルは誰にも言わなかった。これが知れたら、<極夜戦争>のときのように、悪魔たちは人間界を荒しまわるだろう。

「今度こそ、生きてるいい男に会うんだ!」

 ベルは魔法陣に飛び込んだ。自分が通り過ぎたあとに、その魔法陣を破壊することも忘れなかった。

 こうして、ベルは人間界に――グロスクロイツ王国にやってきた。

 一週間ほどは街のあちこちに行き、大きな屋敷に忍びこんであらゆる贅沢を少しずつ拝借した。四百年のあいだに、人間たちは見事に復興を遂げて、楽しい遊びや、美しいものや、贅沢な品を生み出していた。その人間の想像力が、ベルには素晴らしいものに思えた。悪魔は壊したり奪うばかりで、何も生み出せないから。

 ユビルス姫が行方不明らしいという噂をあちこちで聞いたのは、その時だ。魔力を変身に使ってみたことがなかったが、肖像画を元にやってみると悪くない出来だった。

 街の人間も騙されてくれたので、ベルは、城に乗り込むことに決めた。

 この世界最大の国、グロスクロイツの城。そこには、見たこともない贅沢があるだろう。ベルの欲望は、ある意味純粋だった。無垢な少女のように、真っ直ぐだった。

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