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彼は誰時の贋作姫  作者: 八千
<3>晩餐会
12/29

全員の席に、給仕係が料理を運んでいく。しかし、ベルの目の前に置かれたのはスープだけだった。

 隣のザクセンが、前菜のハムを食べる姿をベルは恨めしく見つめた。仕方なく、ベルはスープを食べ始める。一口、また一口と、ザクセンに教えられた通りの角度、食べ方でスープを口に運ぶ。

 一口、また一口、また一口、一口、一口。

 まるで時計のように規則的にスプーンを動かすベルに、ザクセンがようやく異変を感じる。彼が気づいたときにはベルの皿は空で、給仕係がおかわりを渡しているところだった。

「食い過ぎだ、バカ」ベルに向かって、ザクセンが耳打ちする。

「これすごくおいしいわ。ウミガメってすごいね。お風呂一杯いけそう!」

「目を輝かせるんじゃねえ」

 手が止まらないほどに、スープがおいしい。ザクセンの声も届かないほど、ベルは食事に没入した。余計なことを喋られるよりは大人しいほうがいいのかもしれないが、ザクセンは心穏やかではない。

 食事をしながらも、ザクセンは大食堂に集まっている面々の様子を伺っていた。

 大臣と、ユビルス姫の隣に座っている男が王位を狙っているだなんて、この場にいる誰も想像できないだろう。

 いや、それとも知っていて何食わぬ顔をしているのか。

 どちらが恐ろしいだろうな、とザクセンは冷たい笑みを浮かべた。

 招待客に変わったところはない。特にデリベラートを支持する者たちばかりを集めているわけでもなく、至って普通の晩餐会だ。デリベラートの目的がザクセンにはわからない。得体の知れない考えがこの大食堂に満ちているようで緊迫する横で、ベルは「おいしい……おいしい……」とうわごとのように呟きながらスープを飲んでいた。

「ウィニタリウス公爵閣下は、本日はお越しにならないとのことで残念ですね」

 近くの席から初めて、デリベラートがこちらに向かって話しかけてきた。

「ええ。ご子息のウーラ様の体力が、遠出できるほどにはお戻りでないようですね」

「聞きましたぞ、ザクセン殿。なんでもユビルス姫が滞在したその夜に、原因不明だったウーラ殿の病が回復なさったとか。ウィニタリウス公爵は、姫様からグロスクロイツの加護があったのだと大層なお喜びようでしたな」そう話したのは、デリベラートの隣に座る男だ。確か貿易会社の社長だったとザクセンは記憶している。

「そういえば、クインツハーグ夫人も、最近病に倒れられたと聞きましたぞ」と、更にその反対側に座る男が会話に入ってくる。

「公爵夫人が?」

 ザクセンには、初耳だった。確かに、いつも城の催し物にはクインツハーグ公爵夫妻が来ているのに、今日は参加していない。

「ユビルス姫を夫人の前にお連れすれば良いのですよ。ウーラ殿と同様、奇跡が起きるかもしれん」

「そうですなあ!これにはいくらデリベラート殿でも、敵いませんなあ。どれだけこの国に身を賭しても、グロスクロイツの血の継承の前には……」

 ユビルスを持ち上げているようで、軽んじている発言。なぜなら彼らは、ユビルスの奇跡など毛頭信じていない。偶然だと思っているのだろう。それは、ザクセンも同じではあったが……。

「政治など、誰にでもできるものです。しかし、今回のような奇跡はユビルス姫にのみ起こせるもの。私は民の生活を助けることはできますが、心までは助けることができません。自分の無力さを痛感しております。私は、僭越ながら私費にて孤児院や老人院を建て細々と民の生活に力を注いでおりますが、それでもこの世から悲しみは消え去りません。彼らの心に流れるのは、やはりグロスクロイツ王国の血……ユビルス姫の存在なのですよ」

 デリベラートは殊勝に言い放った。

 これでは、ユビルスが役立たずだと言っているようなものだ。ユビルスは王ではないから国策に決定権がないだけで、何もしてこなかったわけじゃない。できなかっただけだ。

 彼女にできるのは、グロスクロイツの姫という立場で、各地を周り弱い人を励ますことだけだった。デリベラートはそれをあざ笑っている。

 当の本人……立場だけだが、ユビルスの姿をしたベルは、相変わらずスープを飲んでいる。ここまで言われていたらもう少し反応を見せたほうが自然なのだが、ベルはお構いなしだ。

 そのとき、ベルの皿が再び空になった。近くに控えていた給仕係が、再びスープをよそう。

 だが、彼の様子がどこかおかしい。異変に気づいたベルは顔を上げる。

 ベルの横から皿を置こうとした彼の手が、小刻みに震えていた。額には、細かい汗がにじんでいる。

「どうしたの?大丈夫?」

 ザクセンに聞かれないよう、こっそり尋ねる。ベルの言葉に、給仕係は無言のまま答えなかった。ベルと目も合わせず、少し慌てたような様子で離れていった。

 姫様が心配してるっていうのに、失礼しちゃうわ。ベルはむくれながら、再びスープを食べはじめるのだった。

「いやいや、<極夜戦争>も遠い昔、これからは国を大きくすることも考えていかねばなりません。そういった意味では、デリベラート殿の国外に視野を向ける考えは大変ご立派です」と、貿易商。

「いえ……先人達の努力により、この国も熟したからこそ、外に目を向けることができるようになったのです。この国の人々は、次の段階へ進むべきです。今なら、人々はもう<極夜戦争>のような過ちを繰り返すこともないでしょう」

 いつのまにか、多くの人々がデリベラートの言葉に耳を傾けていた。オペラでも聴いているかのように、うっとりとした表情で。

「例えば、<極夜戦争>以前の力を人類が手に入れたとしても……」

 ザクセンは、デリベラートがなぜ王位を狙っているのかずっと疑問だった。支配者欲というのは誰もが持ち得るものかもしれないが、この男がそんなつまらない欲を持っているようには思えなかったのだ。

「魔法か……」

 魔法の復活がこの男の目的ならば、合点がいった。

 そして、誰もデリベラートの言葉に疑問を持っていない。ザクセンが考えている以上に、権力者たちはデリベラート側に思想が偏っていた。

 こんなときにユビルスがいたら、「あら、それは困りますわ」とすました声で、この雰囲気を壊してくれた。それはザクセンが声を荒らげたり、デリベラートの考えを冷ややかに笑うのとは違う。

 なぜ、こんなことを考えるのか。あの女はもういない。今するべきことは、デリベラートの考えを否定し、この場にいる金持ちたちの目を覚まさせることなのに。

「あら、それは困りますわ」

 ユビルスが口を開いた。

 もちろん、それはユビルスではない。ユビルスの声だが、ベルの言葉だ。

「魔法では、おいしい料理を作ることはできません。あの時代はなにもかも魔法任せだったのですよね。せっかく人の手があるのに、どうして使わないんですの?よっぽど、魔法よりも素晴らしいことがたくさんできるのに。……お菓子作りとか」

 ユビルス姫の発言に、招待客たちは戸惑いを見せた。貿易商も乾いた笑いを浮かべている。デリベラートがはっきりと魔法とは発言しなかったのは、誰もがそれを口にしてはならないことだとわかっていたからだ。<極夜戦争>以降、魔法のことは禁忌であり、権力者たちが強く制約をかけてきたからだ。

 皆が口々に、「姫様には敵いませんなあ」と適当なことを言って誤魔化した。

 そこで話は終わってしまった デリベラートだけは、余裕のある薄い笑みを口元に浮かべていた。



「私、あんたに怒られる?」

 晩餐会を終えて、ザクセンがベルを部屋まで送った。無言のままのザクセンに、ベルはおそるおそる尋ねた。

「……いや。今日はいい」

 あ、笑っている。とベルは思った。ザクセンが、笑っているところを、ベルは初めて見た。

「収穫もあった。デリベラートの目的がわかったからな」

「あの、魔法を蘇らせたいとかいう?」

「そうだ。魔法の復活。だが、<極夜戦争>で魔界を封じた封印陣は、この四百年間見つかっていない。封印陣の効果が全世界に届いているから、どこに魔法陣を作ったって魔界とは繋がれねえんだ。魔界との繋がりを蘇らせるには、どこかにある封印陣を解かなくてはならない。もうグロスクロイツ国内は探し尽くしているだろう。国王になれば、国外にも攻め込んでどこでも好きなように探せる」

「恐ろしいこと考えるね、あの人。人間じゃないよ」

「悪魔かもな」

「悪魔のほうが可愛いんじゃないかな」

「だが、結局今夜の晩餐会の目的が何だったのかはわからずじまいだが……」

 ザクセンは、窓から城の外の様子を見た。空には刃のように細い月が浮かんでいた。



 深夜のグロスクロイツ城は静まりかえっている。見張りの兵士や一部の使用人を除いて、居住区は深い眠りの時間を迎える。

 広大な敷地を有するグロスクロイツ城は、全ての建造物が正門を向くように配置されている。兵舎、厩舎、庭園。そして城。それらの裏側と城壁のあいだには、隙間を埋めるように木々が植えられている。四百年前の<極夜戦争>で築城と同時に植えられた木々は、長き日々で成長し、地面を覆うほどとなった。

 いつも湿気に満ちているそこには、昼間にガーデナーが入る以外は城の者は好んで立ち入らない。夜になれば月明かりも届かず、暗闇に包まれるそこに、2つの人影があった。

「お、お許し下さいませ……わ、私は、確かに、貴方様のお望みの通りにいたしました!」

 泣き叫びながら許しを請う男の姿に、デリベラートはナイフのきらめきで答える。

「私は、確かに姫様の食事に毒を――デリベラート様から受け取った毒を入れました!あ、あの女は怪物です!毒入りスープを何度も何度も……!私は、確かに」

 彼の言葉は、それ以上続かなかった。首に、ナイフが突き立てられたからだ。

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