第5話 ドMとクズ
なぜかレッドエルフのレダスに村を案内されることになったケイジだが、考えてみれば好都合でもあった。
地元の人間が一番、この村を知っているのだから。
初めて交流する人間以外の異種族ではあるが、今のところはそれほど人間との差を感じない。文化的な差異を確認できるのなら、それも今後を考えれば都合が良かった。
とは言うものの、ある意味で最初に交流した異種族は子鬼なのかもしれないな、とケイジは思った。交通事故を交流と指すならば、だが。
「アレは何だ?」
先ほど目にとめた家畜を指して問う。
発音は稚拙だが意思の疎通に支障はなく、レダスは返答する。
「お前の住んでいた土地にはいなかったのか? あれはモーム、野生のものは例外だが気性は穏やかだ。 ただし、メスの前で鉢合わせさせなければな」
改めてじっくり見るも、ヤギのように曲がりくねった角がなかなか威圧的だ。近寄りがたいものがある。
隣にいる牛はわずかに小さくはあるが、子供なのだろうか。
疑問に思いながら眺めると、レダスが補足する。
「その隣はミューム、つまりメスだ」
「……オスがモーム。 メスがミュームか」
個体差であまりわからないモノもいるが、指でさせばすぐにレダスは雄牛か雌牛かを見分けた。関心はするものの雄雌で名称を分けるとはややこしくないのだろうか。
「肉に強靭な皮と角、それぞれ重宝される」
「肉?」
「そうだ。 労働力になるから滅多に食べないがな」
やはり食べられるらしい。
「なんだ、食いたいのか?」
「そうだ」
「やめておけ、堅いし臭いぞ。 子牛ならばそうでもないようだが、庶民の口に入るものでもない」
実際のところ、この辺りでは労働力になる家畜を殺して肉を食べることは、そう頻繁にあることではなかった。
冬に入る前になると家畜を食べさせることが出来ないので、一気に数を減らし加工するのが常である。あるいは労働力として使い物にならない牛や、乳の出が悪くなった牛を処分する時に口に入るくらいだ。
気になった物はすべて質問していく。
見慣れない変わった動物だけでなく、一方で元の世界で見たようなものも多かった。それらを区別することなく貪欲に知識を取り入れるべく質問していくケイジ。
そんなケイジこそをレダスが物珍しげに見ているがあえて無視する。
やりとりのなかでレダスはいつも厳めしい顔をしていた。怒っている訳ではなく、鋭い視線を村中に走らせるのがいつもの様子であるようだった。村人もそんなレダスに笑顔で挨拶している。
レダスはそれに挨拶を返すこともなく、頷くだけだった。挨拶と言う文化がないのかもしれない、とケイジは推測する。必要なこと以外を口にはしないようだ。
時折、木を伐採している人々が目に入るが刀剣で武装している者も幾人かいた。どの人物も顔がこわばっており、若者だと足が震えている者
さえいた。歳をとった者ほど落ち着いている。
「子鬼が降りてきているようだからな、皆警戒している」
ケイジは頷いた。
「そうか、知っていたか。 ……まさか子鬼を始末した旅人とはお前か」
「そうだ」
「これで納得できた。 ああして伐採しているのは多くが流れ者だ、収穫の時期にはそれを手伝う。 しかし、命がけで村を守ることはするまい。 所詮は余所者だからな」
「俺も余所者だ」
「お前は危険を冒して村民を助けた。 信頼できる男だ」
「危険を冒していない、信頼するな」
そんなつもりもないしこれ以上を期待するな、と言う意味を込めて睨む。
余計なことに巻き込まれるのはまっぴらごめんだった。
レダスはそれを聞いて初めて微笑んだ、笑みの意味はケイジにはさっぱりわからない。
「わかっている、これは村の問題だ。 これ以上、恩人が関わる必要はなかろう」
はっきりレダスは断言した。
これがレッドエルフならではの価値観なのか、村の創意なのかがわからない。
「レッドエルフとはなんだ?」
またも拙い言葉で問いかける。
「なんとレッドエルフも知らぬのか。 エルフと悪鬼との混血のことよ」
「オーグルとは子鬼か?」
「それよりも強く恐ろしい存在だ。 エルフは過去に地上を賭けて数百年に渡り争った、最後にはエルフが勝ったが未だに生き残りはいる。 子鬼はその眷属であり末裔に過ぎぬ」
「……子鬼より恐ろしい、と」
「比べるならばそれは間違いだ。 悪鬼とは不死にして争いの化身だ、根本的に幾層幾重に束になろうが打ち勝てる人間などいない。 例え、何千の死を体感しようとも、戦意を失わない不滅の魂を備えているのだ」
人々が子鬼を恐れる根源、その理由を垣間見た気がした。
しかし、この男がその怪物との混血とは思えなかった。
その疑問を察したのか、レダスは答えた。
「ああ、人間とエルフの混血もレッドエルフと言う。 我はそれだ」
「人間も怪物と同じ扱いかよ」
ケイジは嫌悪感を露わにしてそう言った。それが母国語だったためにレダスは理解出来なかったが、それでもある程度の内容を察することは出来た。
「そんな顔をするな、古くからそういう取り決めなのだ。 そして、それも理由がない事ではない」
そう過去を思い出すかのように話す、レダス。
ケイジはそこでどうやって不死の存在を殺したのか、と疑問に思った。
エルフが悪鬼と戦争して勝ったのはわかる。だが、今の言葉から察するに悪鬼は何度でも甦る、あるいは再生するかのような性質を持つようだ。
そんな存在に勝ち目などなかったのではないだろうか。
だが、詳しく聞こうにもそこまで言葉が達者でもないし、あまりに古い出来事ならば手がかりになるのかは疑問でもあった。この異界の歴史を探るためにやってきたわけではない。
「着いたぞ」
「ん?」
レダスがある建物を指して言う。
「これが『メサの葉亭』だ。 我の紹介と言えば悪くは扱われまい、いい宿だぞ」
「知ってるよ、ここスタート地点じゃねえか!」
レダスはここの酒場の常連らしい。当然、ケイジの言葉は一切レダスには伝わっていないため、喜んでいるのだろうとしか思っていない。
そもそも大きい村ではないため、ここくらいしか宿も酒場もないのだ。酒を飲む場所も食事をする場所も一つで事足りるのである。
建物に近づくにつれて、見慣れた男が建物の隣にいるのに気付いた。
訓練の一環なのか、爽やかに泡を流しながら立て伏せをしている。
ただし、その男は上半身裸で背中には看板娘のリトが座っていた。
「あの者は何をしている?」
レダスは疑問に思ったことをそのまま口にした。
それはケイジも疑問に思ったし相手に問いただしたい内容だ。いや、答えを聞きたくない気もする。
腕立てしている男の前を通り過ぎようとしたとき、声をかけてきた。
「おや、ケイジ。 帰ってきてたんですか」
「コラ、話しかけるなよ。 知り合いかと思われるだろ」
そう、その上半身裸で腕立てしている変質者はヨシキだった。優男で一見細身なのに肉体は筋肉質なのがよくわかるが、上半身だけと言えど裸になる意味はないし、リトに椅子替わりにされている意味もよくわからない。
「彼女には僕の訓練に協力してもらってるんですよ」
「なんだ重りか。 なら太った野郎の方がいいだろ、都合して来てやろうか?」
「いえ、モチベーション向上のためなのでこのままがいいです」
「純真な村娘を自らの性癖の犠牲にしてんじゃねえよ」
「これから訓練をすると話したら、リトさんから何か手伝うことはないか聞いてきたんですよ。 ね、リトさん。 お手伝いありがとうございます」
爽やかな笑顔で汗を流しながら、リトに礼を言うヨシキ。
彼女は戸惑いながらも頷いて笑みを返した。
「は、はぁ……。 これでヨシュキさんの手助けになるなら?」
しかし、これで本当に手助けになっているのかと疑惑に満ち溢れた視線を向けるリト。
それをケイジは爽やかに受け流した。
「とても手助けになっていますよ、本当にありがとうございます」
「……そうなんですか。 それはよかったですけど、これはいつまで続けるんですか?」
「僕の限界までです」
限界まで、と言うその言葉にケイジは不信感を隠せない。
どう考えても訓練の成果を度外視するまで酷使する気だ。限界まで腕立てをしたところで効果的な訓練になるとは到底思えない。
「ね、ほら、リトさんも合意の上でしょう?」
「それはお前が命の恩人だからだろ。 恩を盾にして行為を強要するとか冷静に考えなくてもえげつないんだよ」
「違います、これはリトさんの純粋なご好意です。 可能なら、もうまとめて三人ぐらい女性の方に椅子替わりにしてほしいところですが」
人間の背中のどこにそんなスペースがあると言うのかは、はなはだ疑問である。
「お前はいっそ死ね。 そして、ベンチに生まれ変われ!」
「女性専用のベンチとか最高じゃないですか」
こうして話している間にも、腕立てをする動きを止めていない辺りが強靭的である。
「いや、これはむしろ狂人的だな」などとケイジは毒気づくが、小さすぎて本人には届かなかったし、レダスは聞き取れたものの何を言っているのかわからなかった。
酒場の前でこんなことをしているので、何かのパフォーマンスかと思って足を止める人すらいるくらいだ。
時折、酒場のマスターが窓から覗き込んでは、悲壮感に満ちた表情を見せている。
「あれはどう見ても、『大事な看板娘をやばい奴に預けちまったな』って顔だな」
ケイジはしみじみそう呟いて頷いた。
実の娘でないにしても、それに近いくらいには可愛がっているマスターとしては気が気でなかった。客の世話をするわずかな合間をぬって娘の無事を確認している。
「なんだ、あのマスター。 ヨシキに弱みでも握られてるのか?」
自分が立ち去った後のやりとりについては、そこまで詳しくないケイジである。
さらに言えば、ケイジが酒場から出た後、ヨシキは酒場の仕事をずっと手伝っている。リトとは働きながらより親交を深めていた経緯を彼は知らない。この事態になるまではマスターもヨシキを完全に信頼しきっていたのだった。
よりこの状況を理解不能出来ないのはレダスだった。
「ケージ、この者は知り合いなのか?」
「違う」
迷わず断言するケイジ。
理解できないなりに二人が同じ言語で話していたのは、レダスにも伝わっている。
おそらくは同郷人だと言うことも、察することは容易だった。しかし、あまりに強いその口調。
少しでも心情を読み取ろうとするも、黒眼鏡がケイジの目を隠し阻害する。最終的に、なにか事情があるのだとレダスは勘違いをいっそう深めた。
深くは聞かず、レダスは純粋な疑問をケイジに尋ねた。
「……これは何をしているんだ?」
なんと答えていいものか、それにすらケイジは迷わなかった。
「奴は心の内にやましいものがある」
「なるほど、それはわかる」
自分には理解出来ない欲望が世界には存在するのだ、なんと人間の心とは多様にして奥深いのだろう。そう世界の深淵に思いをはせながら、レダスはケイジと共に酒場へ入っていった。
レダスが人間の文化を理解するのはいっそう遠くなったと言ってもいいが、仮にそれをケイジが知ったところで気に掛けることはありえないので、永久に遠退いたままだろう。
何事もなかったかのように、酒とつまみをマスターに注文する二人。ケイジをマスターがうらめしそうに睨み付けるも完全に無視する。アレは自分とは関係ないのだ。
無視して周囲の注文内容を聞き取り、自分が食べたいものを確認していく。
「なんだ、豚肉はわりと安いみたいだな。 と言うか、肉はあるんじゃねえか」
無一文のくせに顔色を一切変えずに、注文を始めるケイジ。ちなみに安いものを選んだくせに、自分が支払う気など一切ない。後のことなど関係ない、今食べたいから頼むのである。
酒が来るまでの待ち時間に、ケイジはふと思いついた。酒場にあった木製カップを、上半身裸で腕立てを続けるヨシキの前に置いておく。リトから怪訝そうに見られたがすぐに意味を理解することになるだろう。
ある程度、時間が経過してから再び覗いてみると、見物客が入れたのかいくらか金銭がたまっていたので「なかなか悪くない稼ぎ方だな」と前向き思うことにした。
すぐに村人に飽きられると思うが、飲み代くらいにはなるだろう。
だが、一番の節約法はここでの飲食代をレダスにおごらせることだ。
それをどうするべきか悩みながらも、二人は出会いを祝して盃を傾け合ったのだった。