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うちの勇者はドМとクズ  作者: 裃 左右
第1章 旅の始まり
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第4話 ケイジの悲しみ

 ヨシキが酒場のマスターに仕事の手伝いを申し出ているのを、横目にケイジは村へ繰り出した。

 口ではヨシキは情報収集に努めるようなことを言っているが、あの調子ではどこまで信用出来るかわかったものではなかった。

 ケイジは言葉が話せないなりでも村の様子や暮らしを見て、文明の度合いを測ることは出来るし、人々の会話の内容から得られるものもたくさんあるだろう。と、そう考えた。

 可能なら物の物価なども知りたかった。

 ただし、ケイジは字が読めない。前途多難である。

 しかし、最悪の場合ヨシキを切り捨てる可能性もある。一人で情報収集する能力は必要だった。

 ケイジの村に対する第一印象は予想よりはるかに豊かである、と言うことだった。職にあぶれたり食うに困っている人間は見当たらない。家屋は石造りで道もしっかりしている、もしかしたらコンクリートも扱っているのではないだろうか。

 ここの主な産業は農耕であるようだが水車はあちこちにあるし、作物は畑によって種類が豊富に見える。旅を始めてから思ったが、元の世界によく似た植物も多い。栽培している野菜もそうだ、キャベツやニンジンらしきものもある。

 植物がよく似ていると言うことは、地球と環境的に大きく差がないのではないだろうか。

 だが、野菜の原種となると食用に適さないものも多かったはずだ。ここまで食べられる野菜の種類が、この段階の文明で豊富なことが当たり前なのかが疑問である。

 家畜は牛に似ている、山羊のような角を生やしているのが大きな違いである。頭と角が肥大してがっしりしていて、パイソンに似て見えなくもない。

 肉質は堅そうに見えるが、先ほどの食事に出ていなかった辺り食用に適さないのかもしれない。

 酒場での様子や時折通り過ぎる者たちを見ていると、旅人や行商人の通りも悪くない立地にあるようだった。服装も砂漠から来たことを想像できる者、どこかの部族のような骨や牙を身に付けた者。多様である。

 多く文化圏が絡み合う国なのだろうか。

 あそこにいる目を惹く男もそうだ。

 浅黒い肌に長身、耳が細長く先が尖っていた。その眼光はキツネや狼のように鋭い。人間以外の種までも平然と歩いているとは戸惑いも多くなりそうだ。

 男はケイジの視線に気づくと、強い口調で問いかけてきた。

「見慣れない顔だな、お前は誰だ?」

 どうやら地元の者であったらしい。

 男が着ている麻のシャツは前が大きく開いており、鍛えられた体をさらしていた。加えて、相手に一切油断が見られない。

 動きや立ち姿になにか威圧感を感じ、ケイジはすぐに単純な格闘戦では相手に分があると判断した。

 武芸に関して言えば、ケイジは素人の域を出ない。

「……やばい奴にガン付けられたな」

 完全に修学旅行先で「何見てんじゃコラァ!」と不良に絡まれた気分である。どちらかと言うと、元の世界ではそれはケイジの役目であったから因果応報と言えなくもない。虫の居所が悪い時には、見ず知らずの学生に八つ当たりしたことさえある人間なのである。

 男は明らかにケイジを得体のしれない不審者としてとらえていた。

 互いに緊張が走る。

「我はこの村に恩義がある身。 万一、仇なすのであれば容赦はせん」

 そう言われても、首を傾げるしかない。

 ケイジは言葉がわかる、しかし話せないのだ。

 実際話せたところで悪態をつくだけで、一切名乗らないかもしれないが話せないのには間違いない。

 しかし、男はそれに気づかない。

「なるほど、自ら名乗らぬ者に名乗る礼儀はないか。 確かにそれは道理だ」

 ケイジが言葉を話せないだけだった。勝手に勘違いをしている。

「我はレッドエルフのレダス。 主に狩人をしている」

 レッドエルフが何を指すのかは不明だが、言われている内容はわかる。

 しかし、言葉が出てこない。ここでケイジは舌打ちしてイラついた様子を見せた。

 レダスはさらに警戒を強めた。重心を動かして、いつでも相手を取り押さえられるよう準備する。

 うまく話せないせいでまともに交渉するのも難しそうだった。

 「いっそ、もう戦闘になっても構わない」と気が短いケイジは判断した。先の見 通しがつかないことは彼にとってストレスである。曖昧な状況を、はっきりさせたがる傾向が彼にはあった。

 罵倒できないなりに悪ふざけを込めて、今聞いた言葉をほぼ繰り返す形で返答する。

「俺は魔法使いのケイジ。 主に旅人をしている」

 ケイジの記憶力はそれほど悪くない。リトが話していた中で気になった単語をそのまま入れた。

 発音はつたなく顔をしかめさえしたものの、レダスはなんとか聞き取れたようだ。

「魔法使いだと?」

「そうだ」

 ケイジは笑いながら頷く。これで相手を苛立たせようという考えだった、少しでも冷静さを奪った方が有利だと言う打算もある。

 一方、レダスは人間の冗談を解さないが、そういう文化があることは理解している。そして、人間には好意的な相手に冗談を言うこともある、と知識で知っていた。

 これが好意的な態度なのか、煽られているのか、その判断が彼にはできなかった。

「それが今、流行りの冗談なのか?」

 悲しいことにまたしてもケイジは、馬鹿にしても通じない相手に遭遇してしまったのである。

 此方の言葉だとケイジが話せる言葉は3つしかない。

 「肯定」と「否定」それに「これは何?」だ。

 それ以外だと相手の言葉を使って、入れ替えたりして返答するしかない。

 やはり言葉は覚えるべきだ、このままだと相手を挑発したり嘲笑することもままならない。と、ケイジは今日だけで何度も思っている。唯一話が通じる相棒のヨシキは、いくら馬鹿にしたり殴ったり蹴ったりしても喜ぶだけなのだ。

「『はい』と『いいえ』しか話せないなんて、昔のゲームの主人公かよ」

 異国の言葉をつぶやきながら複雑に表情を変化させる不審者、レダスの目にはそう映った。切なげな表情を今では浮かべてすらいる。ますます困惑した。

 ふと気づいたようにレダスはケイジに尋ねた。

「お前はやましいことでもあるのか?」

 なぜ、いきなりそんな話になったんだ。と、ケイジは困惑する。

 先ほどから、この二人は互いに困惑することしかしてない。

「眼を見れば心のうちはわかる。 だが、お前はその濁った黒眼鏡で隠しているだろう」

 大真面目にそう言われて、ケイジは一瞬気が遠くなった気がした。どうして自分のファッションを、ここまでこき下ろされなければならないのか。

 ケイジはレダスに返答する。

「そうだ。 心のうちにやましいことがあるぞ」

 とうとうケイジは自棄になってきた。さきほどから馬鹿にされているようにすら思うが、本人は本気で言っているのが伝わってくるのでより一層始末が悪い。

 この世界に来てから自分のアイデンティティが尽く奪われているようにすら思った。相手をおちょくって遊ぶのは自分のはずだったのに。

 レダスはケイジの言葉を聞いて、真剣な顔で頷いた。どこか満足そうだった。

「お前は正直な人間だ。 我はお前を歓迎しよう、ケイジ」

 それを聞いて、とうとうケイジは敗北を認めた。

 自分はこの世界に向いていない、地獄の方がよっぽど性に合っていた。こんな村から早く出たい。

 泣きそうな顔をするケイジをレダスは神妙そうに観察してから、何を思ったか肩を叩いた。

「そんな顔をするな、来るがいい。 孤独な旅人よ、この村を案内しよう」

 心なしか同情されている気がした。

 勘違いの内容を聞くほどの語学力もなければ、気力ももはや存在していなかった。

 よくわからないがここで暴れてもさらに哀れまれるだけのような気がして、一層悲しかった。

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