第6話 ケイジの力量
「迅いっ!」
ジャン・マケルスの動きには、ためらいと言うものがなかった。
なにより、鋭い。
ケイジは即座に、姿勢を低くし迎え撃つ。
ジャン・マケルスは、サーベルによる突きを繰り出したのだ。
上半身を貫くように、3度の突きがその瞬間に繰り出された。そのまま立っていたら、喉元、胸、動脈と、急所を貫かれていただろう。
狙いの正確さも含めて、相当な手練れである。
「あら、良い読みね」
「ふざけんなっ!」
ケイジはつま先から、槍を出現させた。
骨の槍は、全身のどこからでも生み出すことができる。
つま先から、ジャン・マケルスの顎先をめがけて槍が、突出する。
「あら。 そういうこともできるのね」
不意打ちになるはずだった。
「でも、それはさっき見てるの。 体の何もないところから、武器を出したのを、ね」
体をそらし、そのままバク転。
それを隙と見たケイジが、手に持った槍を突きだすも、武骨なサーベルを巧みに使い、ジャン・マケルスがいなす。
すぐ様、体勢を立て直し、その槍の軌道を見抜き対応したのだ。
「へえ、やるじゃない」
「なんで、つま先から槍出すって、わかんだよ! どう見ても、初見殺しだろうが!」
「何言ってるかわかんないけど、つま先を微妙に突き出した貴方の構え。 違和感しかないのよ。 そこになにか仕掛けがあると思うのは当然でしょ」
すぐに懐の潜り込もうと、ジャン・マケルスは目前へと迫る。
それを、体から『骨の槍』を繰り出すという奇策で、何度もケイジは対応させられるが、そのすべてを見切られた。
ジャン・マケルスは実践慣れしていた。
それも、魔術師や魔獣を相手取っての実践慣れである。
微妙な動きの機微から、相手の狙いを予測する能力は1流の冒険者には必須と言えた。
初めて当たる敵を相手に戦う時は、常に初見殺しをいかに見切るかが重要なのである。
1流の冒険者とは、その度重なる初めて当たる敵を前に、生き残ることができる戦士を指すのだ。
「なら、こうだ!」
再び、間合いを引いたジャン・マケルスに対し、槍を突き出す。
今までの中で一番速い、渾身の突き。より、強烈に深く踏み込む。
だが、あくまでケイジは武芸においては素人である。ケンカ慣れしている人間が、殺し合いの経験を何度も重ねることで、強くなったにすぎず、そこに武術の基礎はない。
いかに優れているといっても、素人の域を出ないのだ。
「あら、やぶれかぶれ? ……それでも遅いわね」
紙一重でかわそうとするジャン・マケルス。
より、深く踏み込んだことにより、ケイジの身体は隙だらけだった。
ジャン・マケルスがサーベルを振りかぶり、踏むこもうとしたその瞬間。
突き出された骨の槍から、二股三股と別れるように、新たなる槍が出現した。
「なにっ!?」
体をくねらせるように、柔なる動きで回避行動をとるジャン・マケルス。
だが、避けきれない。
ならば、直撃さえ避ければいい。
致命的なダメージにならない程度に、その肉体に損傷を負う軌道で回避。
血がしぶく。左脇腹、右肩をかすめたのだ。
急いで、ジャン・マケルスは間合いを取った。
骨の槍は、ケイジの肉体から生み出される。
その攻撃範囲は、体から一定範囲に限られるようだが、一度繰り出された骨の槍をさらに伝播するとなっては、相当の間合いを取る必要があった。
「くぅ…… や、やるわね。 まだ、隠し技があったとはね」
「こういう輩は、全力で隙を見せでもしてやらねえと、本気で攻撃に転じてこねえからな」
「あら、ずいぶんと余裕じゃない」
「アンタもな」
だが、ケイジの息は上がっている。
さすがに何度も攻防を繰り返しており、体力の消耗が激しい。
「だが、このオカマ野郎。 傷を負ってるくせに息が上がってねえ」
出血もすぐに止まったようだった。
多少の傷なら、すぐに塞がってしまうらしい。
「化け物かよ、こいつも」
殺気がどんどん増している。
最初は、遊び気分だったのが見えていたのに、戦闘が激しくなるほど、ジャン・マケルスから感じ取れた強者の気配が増しているのだ。
「ちょっと味見してみる気分だったのに……。 殺しちゃったらごめんなさいね」
「言ってろ」
ケイジは思い返していた。
「地獄でも戦ったことがある。こいつは、戦闘狂の一種」だと。
かつて、ケイジが地獄にて、亡者たちとの戦闘に明け暮れていたときに、めんどうだったのが、追い込まれるほど実力を発揮する者たちだ。
下手に手傷を負わせると、一層強くなる。
苦戦するほど、喜びが増し、集中力が研ぎ澄まされるのだ。
「戦闘狂を楽に叩き潰すには、調子づく前に片をつけることだ。 1番やりづらいのが決して熱くならない奴だが、な。 これも相当めんどうだ」
槍を握る拳にさらに力を籠める。
これ以上、本気を出すとなると、限られた魂の力を消耗することになる。
「だが、こりゃ出し惜しみする理由はねえか」
黒メガネの向こう側、そのケイジの双眸が金色に光る。
はっきりとその眼の光が透けて見えた。
それを見たジャン・マケルスは、目を見開いた。
「なっ、なによ……。 それ」
明らかに圧力の質が変わった。
ジャン・マケルスの第六感が警鐘を鳴らす。
今、ここで争うべき相手ではない。
たった一人で、相手どるべき敵ではないと。
「これ以上、やるってなら死ぬ気で来い」
ケイジが呼吸を止めた。
呼吸が静かになったのではない、まったくのゼロになったのだ。
まるで、呼吸が必要ない存在であるかのように。
「……上等じゃない」
「俺がお前の魂の色、見てやるよ」
両者が踏み込もうとした。
――その時。
「そこまでにしておくのだな」
レッドエルフのレダスが間に、立ち入った。
静かで岩のごとき風格を備えた青年は、おそれを知らずに割って入ったのだ。
「これ以上は、不要な戦いだ」
ケイジが眉をヒクつかせた。
「なんだと……?」
「ジャン殿。 狙いは、ケイジの力量を測ることであろう?」
ジャン・マケルスは沈黙していた。
非常に不本意そうではあったが、それは事実だった。
「これ以上の戦いは、ヴィトン・トライバル氏の意向にも反するのではないか?」
「……ヴィトン様の名前を出されると、こっちも痛いわね」
ケイジも不満そうだった。
「おい、マジでやめんのかよ」
「ケイジ。 我らは、反撃しただけとはいえ、ここでトライバル冒険社の者と殺し合いになるのは、今後の冒険に支障が出るぞ」
「……ちっ、そりゃそうだがな」
レッドエルフのレダスが言うことは事実だった。
トライバル冒険社からの協力を仰ごうと言うのに、下手に殺してしまえば損をするのはこちらだった。
攻撃してきたのが、トライバル冒険社からだとしても、相手は相応の権力を持つ組織である。自らの正当性を証明するのも、難しいと思われた。
ケイジは唾を吐き捨て、骨の槍を消滅させた。
槍は細かい塵となり、肉体に吸収される。
「勝ちが見えてる勝負を捨てるのは、マジむかつくぜ。 殺して首を晒してやろうかと思ったのによ」
魔法使いを名乗る割に、実に野蛮な言動である。
逆にジャン・マケルスはあっけらかんとしていた。
一切、引きずるような様子がない。
「今回は、これで終わりにしておきましょ。 まあ、お楽しみはあとでもいいしね。 また、やりあえる機会があるかもしれないし」
「へ、抜かせ」
「あなた、ワタシが言ってることは通じてるみたいね。 何言ってるかサッパリだけど、まあ、なんとなくはわかるわ。 態度が透けて見えるもの」
「そりゃあどうも」
ジャン・マケルスは櫛を取り出した。
一見すれば、落ち着いた容姿の美青年である。
オイルで整えられた淡い印象の髪を、きれいに櫛で整えなおす。
「どうせ遊ぶなら、もっときちんとしたところで遊びましょ」
「アンタ、姉とかいねえ? いるなら、そっちと代われよ」
美形と言えども、男に誘われて喜ぶ趣味はないと、ケイジは主張した。
レッドエルフのレダス、ヨシキと、周囲は美形ぞろいで顔の整った男には飽きているのが本音だった。
「……と、おっと」
ケイジは、ゴミダメに貨幣を弾いた。
「とっとけ、家をぶっ潰しちまったからな」
そう言って、ケイジは歩き去っていく。
そのあとに、レダスは続いた。
「まぁ、待ちなさいよ。 聞き込みなら、協力してあげるわよ。 あんたたちだけじゃ、警戒されて話もろくに聞いてもらえないでしょ」
そう言いながら、ジャン・マケルスがついていく。
ジャン・マケルスが立ち去ると、屈強な男たちが現れた。
彼らは、トライバル冒険社の一員である。
ジャン・マケルスとともに潜み、気絶したマジリット冒険社の連中を回収するために、姿を現したのだった。
ゴミダメに上半身を突っ込ませた男が、回収されていく。
身体を思いきり、引き抜くとそのまま、担ぎ上げて去っていた。
そのゴミダメの中に、一人の少年がいた。
少年は、穴の開いたゴミダメから、這いずり出てきたのだ。
ゴミダメの中は、テントのようになっており、粗末な布をつなぎ合わせて作られたものだった。なかは、彼の生活空間となっている。
這い出てきた彼は、1枚の貨幣を拾う。
それは、ケイジが弾き投げ捨てたもの。
それを拾った彼は、貨幣を見つめた。
そして、道に視線を移す。ケイジが歩いて行った道の先へ、と。




