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その青年に会って思うこと

作者: 吉田 こうじ

 とある小さな温泉街を訪れた時の話。

「ここは、夜でも意外と人通りが多いんだね。」

「ええ、大勢の観光客が訪れてくれるおかげで、この辺りも活気づいて賑やかなもんです。ただ、いいことばかりじゃないですけど。」

 道に迷っていた私を、宿まで案内しながら青年は続けて言った。

「僕が子供の頃、この辺は林の中だったんです。夜なんかはとても真っ暗で静かで、まさかこんな風になるなんて想像もしていなかったんですけど….。」

 青年は、通りの人々にぶつからないように身をかわしながら、どんどん進んでいく。

「しかし、わざわざ、迎えに来てくれなくても道を教えてくれれば戻れたんだけどね?」

 私は、青年の背中に声をかけた。

「そうも行きませんよ。このあたりも物騒になってきているし、ウチの宿を利用しているお客さんに何かあったりしたら、ウチの信用にも関わります。」

 青年は、そう言うと少し歩みを早めたようだ。

「そんなことはないだろう?わたしが勝手に外に出て道に迷ったんだ。なにかあったとしても宿のせいにはならないだろう?」

「いいえ。どんな理由にせよ、何か事件が起きてそこにウチの名前が上がれば、あっという間に悪評が広がります。」青年は、さらに足を早めた。

「そんなもんかね。」

「そんなもんです。」

 青年の背中を追うようにして足早く進むうち、ようやく宿の看板が見えてきた。

 私は一息ついて、「ありがとう。おかげで助かったよ。」と声をかけた。 

 青年は立ち止まると、「本当に無事で良かった。」と大きく息を吐き出しながら言った。

「そんな、大げさな。」私が半笑いでそう返すと、青年は私を振り返ってこう言った。

「お客さん、子供の頃、夜が怖いと感じませんでしたか?」

「うん?まあ、子供の頃はね。」

「暗がりの中になにかが潜んでいそうで怖かったんじゃないですか?」

「なんだって?」なぜそんなことを聴いてくるのだろうか?

「先ほどは本当に危なかった。もしかすると、そのなにか、ヤツらに捕まっていたかもしれません。僕もお客さんも….。」青年の表情は真面目で冗談には聞こえない。

「なにを言っているのかよくわからないけれど、君の言うそのなにかは、暗がりに潜んでいるんだろう?だったら、大丈夫じゃないか。さっき、君が言ったように昔とちがって、夜でも明るいし、人も大勢いるんだしさ。」私は青年を訝しむように言った。

「いいえ。そうじゃないんです。以前、この辺りが林だった頃は、ヤツらは暗がりからこちらをうかがっていました。でも、どんどん開発がすすむうちに、ヤツらの居場所はなくなっていってしまって….」

「そのなにか、ヤツらは居なくなったんだろ?」

「そんな簡単に居なくならないですよ。ヤツらはずっと昔から住んでいるんですから。」

「こんなに明るくなったのに?」

「ヤツらは、林の暗がりよりも、もっと暗くて居心地の良い場所を見つけたんです。」

「ふむ。」この青年は、あたまが少しおかしいのではないだろうか?そう、私が思っていると、

「この辺りの開発がすすむにつれて、土地の人達の心も変わっていきました。それまで、お互いに助け合って暮らしていたのに、誰もが、開発の恩恵にあやかろうと争うようになってしまったのです。時にはお互いを罵りあいながら…。」青年はうつむきながらそう言った。

 なるほど、さきほど、青年が「何かあったら悪評が広まる。」と言ったのはそういうことか。きっと同業者同士の確執みたいなものがあるのだろう。

「それに、他所からも大勢の人達がやってくるようになりました。彼らも、もとから住んでいる土地の者を出し抜こうと躍起になっていて….。」

 ああ、よくありそうな話だな。

「そんなことを続けているうちに、ヤツらに居場所を与えてしまったんです。」

 ?

「元々、皆の心の中に暗がりはあったんです。ただ、それはとても小さくて浅くて、林の暗がりに比べるまでもない程度でしたけど、そうやってお互いを妬んだり、羨んだり、争っているうちに、心の中の暗がりは広く深くなっていくようでした。おまけに他所からやってきた人達は、もとから心の暗がりにヤツらを潜めていたようでして、それの影響もあったようです。この辺りの人達の心の中にも、居場所を追われたヤツらが住み着くようになるのは時間がかかりませんでした。」

「それで?」

「ヤツらは、皆の心の暗がりに潜んでじっとこちらをうかがっているんです。隙あらば襲いかかろうと….」

「なるほど、つまり、私がこの土地の者の心に潜むヤツらの餌食になるのではと…、つまり、ぼったくりやいかがわしいことや暴力的なことに会うのではと、心配してくれてたわけか。」

「はい!」

 私は、この青年のことを少し誤解していたようだった。

「君は、なんというか、純真なんだろうな。」

 私がそう言うと、青年は相変わらず真面目な表情で『さあ、宿に戻りましょう。」と言って歩きはじめた。

 私は、今来た道を振り返り、この小さな街の灯りを見ながら思った。


 この青年が私の心を覗き込んだら、どのような反応を示すのだろうか?

 都会の街の灯りはこことは比べるべくもなく明るく、そこに住まう人々の心にはより深い暗がりを産み出してしまっている。とても広く深い闇の海のようなものを誰しもが心の中に持っているのだ。もちろんそれは私とて例外ではない。そもそも私がここを訪れた理由は、この青年の宿を買収するための調査なのだから…

                         Fin

 




 



 

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