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レモンタルト

作者: 紅葉

紅桜が書きました。

楽しんでいただけたら、嬉しいです。

懐かしい景色に私は目を細めた。大学に入ってから一度も帰ってくることのなかった故郷は四年ぶりで。家に帰る前に、と街をぶらついていた私の目に、ふと白い看板が留まった。それはケーキ屋のものだった。お腹がすいていた私は一瞬だけ迷って、そのケーキ屋に入った。

開いたメニューの左一面はガトーショコラがのっていて、それがこの店の人気商品なのだと一目でわかった。これにしようか、と思いかけた時、右側にずらりと並んでいる文字の中、レモンタルト、と書いてあるのが目に留まった。どこか記憶の片隅に引っかかるその文字を見つめていた私は不意にかけられた声に顔をあげた。


「ご一緒させていだだけませんか?綺麗なお姉さん。」


キザったらしく吐いたそのセリフの後に声の主は、


「席があいてなくて……」


と照れくさそうに微笑んだ。

帽子を深めにかぶり、眼鏡をした男性に少し迷ったけれど、なんとなくその微笑みに好感をいだいて、こちらも微笑みを浮かべ、2人用席の片側から荷物をどかした。


「何頼むか、決まってる?」


問いかけられ、初めて会った人を待たせるのは悪い気がして、とりあえずうなずいた。店員が来るまでのほんの少しの間、私はどちらを頼むか迷っていた。けれど、


「レモンタルトを一つ。」


迷いなく響いたその声につられて結局私もレモンタルトを頼んだ。店員の、レモンタルトがお二つ、以上でよろしいですか?という声に男性がはい、と答えた。そのやり取りに私は不意に思い出した。私はこのケーキ屋をとてもよく知っている、と。



「ねぇね、今日放課後空いてる?」


「空いてるよ。」


恋人のその答えを聞き、高校生になりたての私は目を輝かせた。


「じゃあさ、じゃあさ、今日オープンのケーキ屋さん行かない?」


「へぇ、ケーキ屋?いいね。」


さすがにオープン当日なだけあって、真っ白な看板の前には人が並んでいた。


「おすすめはガトーショコラだって。どうする?」


席につきメニューを開いて尋ねた私に彼は首を横に振って言った。


「昼飯食い過ぎてさ。だからあんまり重いのは入らない気がするんだよね。」


「そっかあ……。

あ、じゃあ、これは?」


偶然私の目に留まったのはメニューの右側に控えめに書かれたいろいろなケーキの中、紛れ込んでいたレモンタルトだった。


「これなら、そんなに重くないだろうし、きっとさっぱりするよ!」


その日は私もそんなにお腹がすいていなかったので、結局レモンタルトを二つ頼んだ。

ガトーショコラがおすすめのお店なのに、二人してそのレモンタルトを気に入って、その後何度もレモンタルトを食べに二人でそのお店へと行ったのだった。

そのお店は、間違いなく私達の絆を深めてくれた場所だった。

そしてまた、その場所は私達の、別れの場所でもあった。


高校の卒業式の日、私達はいつもと同じ様にお店に行き、レモンタルトを注文した。彼が静かに話を切りだしたのは、ちょうどそれを食べ終えたころだった。


「ごめん。俺、最初は遊びのつもりだったの。冷月〈さつき〉に告白されて、すごい軽い気持ちで付き合ってた。でもね、だんだん苦しくなってきたんだ。本気で冷月を好きになって、手放したくなくなって、ずっと一緒に居たくなって、それですごい、苦しくなったんだ。

……ずっと一緒に、なんて無理だって、俺は最初から知っていたのに、ね。」


……親に決められた婚約者がいるんだって、彼は言った。そしてもうすぐ、結婚するのだと。

私の家からとても近い場所にあったケーキ屋からの帰り道だから、とてもあっという間だった。家の目の前まで来た時、彼は不意に私を引き寄せ、キスをした。初めてのキスは、蜂蜜の混じった甘いレモン味だった。


「身勝手で、ごめん。」


耳もとでそう囁いて駆けて行った彼の姿が消えてからもしばらく、私はぼんやりと、その緩やかな坂道を眺めていた。



それ以来音信不通になった彼と会うことはなかったけれど、あの恋は私の中で何よりも綺麗な想い出として今も残っている。

運ばれてきたレモンタルトにフォークをいれながら、私は男性に尋ねた。


「あなたもレモンタルトが好きなの?」


「うん、好きかな。でもそれよりもね、」


彼はそこで一度言葉をとめ、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「ここのレモンタルトには想い出があるんだよ。俺の人生の中で誰よりも愛してる、女の子との、ね。」


深めに被っていた帽子を取り眼鏡を外した彼に、私は見覚えがあった。


「お迎えに参りました、お姫様?」


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