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君が僕を殺す理由  作者: 郁島 瑞貴
私が貴方を殺す理由
4/4

後編 運命にだって逆らってみせるよ

どうか、君が笑顔でいられる世界を。



***


「おはよー!」

朝の挨拶は元気よく、今日も絶好調な私をアピール。

いつもの待ち合わせ場所になっている、渡の家と私の家を分かつ曲がり角。

近くの家の塀から色とりどりの花が垂れ下がっており、彼はそれをぼうっと眺めているように見えた。

「おはよう、黒絵。今日も元気だね」

ニコリと微笑む彼は、どこか元気がなさそうだった。

違和感――ドッペルが生み出されてしまっているかもしれない、そんな予感。

私はそんなことおくびにも出さず、彼が見つめていた花を指さして言った。

「ブーゲンビリア、好きなの?」

家の白壁から溢れ出し、垂れ下がる花。

赤く咲き誇るその姿は、私もほうと溜息を吐くほどだ。

「綺麗だよね。赤が映えてさ」

彼は遠くを見やるようにして呟く。

そんな彼を見て、私は胸に溜まる何かをこらえ、言う。

「うん、そうだね……ねぇ、ブーゲンビリアの花言葉、知ってる?」

ふるふると首を横に振る彼。

やっぱり花言葉なんて知らなかったか。そのきょとんとした表情も、私は大好きだ。

「『貴方しか見えない』――……」

「え、何?」

「ううん、なんでもない。それよりもバス、乗り遅れちゃうよ。急ごう!」

彼の手を引き、走り出す。

急に走り出したものだから彼は少し驚いたようだったけれど、いつのまにか私が手を引かれていて、私を握る手の大きさとか、やっぱり男の子なんだなあって思う。

いつもの街並みを二人で駆けているのがなんだか楽しくなっちゃって、二人して笑いながらバス停までの道を駆け抜ける。

ちょっと注目を浴びちゃったみたいだったけど、そんなの渡がいれば気にならなかった。

バス停で息を整えながら列に並んで、二人で顔を合わせて、間に合ったねってピースして、また笑う。

いつものバスが排気音を鳴らしてバス停にやってくる。それに乗り込んで、ぎゅうぎゅう詰めの車内で、学校に着くまで渡とおしゃべり。いつもの楽しい時間。

彼はいつも私をかばうようにして乗ってくれているけれど、私は彼を守らなくてはいけない。たまにそれを意識するともう止まらなくなって、ポケットに忍ばせた相棒を確かめるようにぎゅっと握ってしまうのだ。

今日だって、そう。

「貴方しか見えない」から、貴方が見えなくなってしまう世界になんてさせないって思う。

例えそれが他の平行世界で幾千幾万と繰り返されようと、それが運命だというのであれば、私は運命にすら抗おう。

それが私の、思いに対しての答えなのだから。


学校の近くのバス停で吐き出されるようにしてバスから降りた後は、二人で学校への門をくぐる。

学校は、中学までの随分とお金をかけた校舎みたいな煌びやかさはないけれど、ちょっと奥ゆかしい雰囲気だとか、私は気に入っている。

それに、やっぱり仲良くしてくれる友達がいるというのはいいことだった。

何より私の目が届かない場所の彼の情報が入手できるのは、本当にありがたかった。

昇降口で靴を履きかえ、教室まで一緒に向かう。

渡が一組、私が三組だったから、階段を挟んで教室が分かれてしまっているのがなかなか痛手だったけれど、それでも彼の情報は伝わってくる。

奇数クラス同士でまとめられることも多かったのはよかったし、クラスが違うことでまた一緒に図書委員をやることができた。

この学校でも相変わらずの評判だった図書委員だったけれども、彼と一緒なら苦にならなかったし、その評判のおかげで立候補してしまえばなることも容易かった。

だけれど、やはり直接見ているのと間接的な情報では、圧倒的に直接見ていた方が情報としては優秀であることに変わりはない。彼と離れている間、私にとってはここからが勝負だった。

自分の教室に向かい、友人たちに挨拶と軽く会話を交わすと、私は鞄を席に置き、トイレへと向かう。

目的は一つ、零ルームへのアクセスだ。

これをやると、少しだけ意識が飛んでいるような状態になる。

教室でやると、ちょっと都合が悪いのだ。

すぅ、と息を吸い、意識を高める。深い闇に吸い込まれるような感覚だけれど、これは随分と慣れているものだ。なにしろ今まではこれを無意識下でやっていたのだから。


一面を闇に覆われた空間。周りには星々が煌めいており、足元はまるで水面に立っているかのように揺らめいている。

ここが零ルーム。私達の意識の共有スペース。

輝いている星々は、各平行世界にいる「私」を繋ぐゲートだ。私も一つそれを持っており。その光へと向かって進むことで元の世界へと帰れる。概念的にはそういったものだ。

たまに星が消えることがあるが、それはその世界の「私」がこの世から去ったことを意味する。それを見るたび、私は胸が締め付けられるような思いに駆られるのだが、どこか他人事のように思ってしまう自分もいて、混乱してしまう。結局私は私として生きていかなくては、というところに帰着するのだが、その辺りの意識がどうにも混乱してしまうのがこの零ルーム特有の現象である。

「遅かったわね」

ふと後ろから声がかかる。

そこには、既に渡が死んだ世界の「私」たちがいた。

「ごめんなさい、今ようやく落ち着いたところなの」

遅かった、とはよく言ったものだが、私達の間には少なからず時間のずれがある。

それに、零ルームにいる間はほとんど時間が進まない。だから私がここから戻った時も、一瞬意識を失っていただけになるのだ。

そして、この場合の「遅かった」とは、おそらく「渡に対しての違和感」を感じて、その信号を出してからここに来るまでのことを言っているのだろう。

「でも、そこまで急ぐことじゃなかったわよね?」

確かに違和感を感じてからはすぐにでもここに来て相談するべきだが、よっぽど大きなことでないとそこまでの緊急性は要さない。なにせ私は既に何百もの「渡」を殺してきているのだから。なんとも皮肉な話だが、慣れてしまっていたのだ。

だけど、どうやら今回は話が違うらしい。

「貴方――……まさか、今回のものがどれほど特異かつ厄介なものになるのか、それも感じ取れなかったの?」

イレギュラー。今回生じたドッペルがそうだと言うのか。

残念ながら、私にはいつものドッペルが生み出されてしまっただけのことにしか思えていなかった。

そのことの深刻さに、私は怯えた。今回のものがイレギュラーだと気づかなかったら、私は何か間違いを犯していたのかもしれないのだ。

青ざめる私を見てか、「私」は溜息を吐くと話を続けた。

「まあいいわ。それよりも貴方には最悪の失敗を犯してもらいたくないのだから。まだ今なら大丈夫」

それを聞いてほっとしてしまう。だけれど、話は真剣に聞こうとした。

「今回は、邪魔者が出るかもしれないわ」

邪魔者。それは一般人の目だとかそういったものを意味しているわけではなく、もっとこちら側のことを意味しているものだとわかった。

「私たち以外に、異世界ゲートを使った痕跡が見られたのよ。それも、貴方の世界へと通じるものでね」

異世界ゲートとは、先に述べた星のようなもののことである。

世界と世界を繋ぐゲートは限定された者にしか使えず、少なくとも私は今までに自分たち以外を確認したことはなかった。

だからそれは、イレギュラー過ぎること。そして「邪魔者」となる可能性が高いということでもある。

同じようなことをやってのける以上、目的が同じでないとは言えない。注意しておくに越したことはないだろう。

「わかったわ……“邪魔者”に注意するようにする。だけど、彼は絶対に失わせはしない」

俯き加減で、そう答える。私の中での意志は既に固まっていた。

「うん、それならいいわ。それじゃあ、よろしく。……気を付けてね」

そう言って彼女は私に紙を渡し、去って行った。

残る「私」も、心配そうに私を見て自分の世界へと帰っていく。

一人残された中で、私は最後に渡された紙を見る。

そこには例の“邪魔者”のデータが書かれていた。

とはいえ、それはゲートに残された痕跡からわかる極々わずかなもの。

例えば身長とかの大体の体格、それから通過時の感情くらいだ。

ゲートを潜るときは、変な話だけれど潜る者の体格に合わせてゲートが広がることと、その者の感情によってゲートにかかる負荷が違うことからのデータである。

この体格だと、渡より一回り大きいくらいかな。それと……

「強い意志、ねえ……」

覚悟、とも示されたそこから、彼女たちが“邪魔者”と言っていた理由もよりわかるわけだ。

意志なら、覚悟なら、私だって負けない。

受け取った紙を握りしめ、脳にデータとして送り込んだ後、私は自分の世界へと帰った。


「…………ふぅ」

トイレの個室で一息。

ある意味違和感のない行為だけれど、もちろんそういうのではなくて、零ルームから帰った自分を落ち着かせるためのものである。

結構精神力と言うか、神経を使うんだな、これがまた。

と、予鈴が鳴るのが聞こえる。時計を見るともう一時限目の授業が始まって五分経っていた。

いっけない。今日、そんなに零ルームにいたっけ?確か私が零ルームに入ったのはホームルームが始まる十五分前だったはず。ホームルームが十分あって、その五分後から授業開始だから――……私は三十分以上もここにいたことになる。なんて長トイレなの、私。

零ルームとの時間間隔が狂ったのは、きっと“邪魔者”のせい。

ゲートの形が変わってしまうと、時間間隔も変わってしまうのだ。これは平行世界の勉強をしている「私」に教えてもらった。

まったく、“邪魔者”だなんて嫌なやつ!お願いだから、私の邪魔なんてしないでよ。

すっかり異邦者が邪魔者になってしまった。まあでも、既に邪魔されていることに変わりはない。これって随分と酷い決めつけだけれども。

急いで教室に戻り、お腹痛くてトイレに閉じこもってましたー、なんて舌を出して席につく。

また昼寝でもしてたんじゃないか?ってクラスメイトに笑われたけれど、私ってそんなに寝落ちているかしら。と思ったら案の定、よく寝落ちしている人でした、私。先生によくチョーク投げられるし。避けるけど。ちなみに、このうちの八割ぐらいは零ルームにアクセスしているだけだったりする。授業の内容がわからなくなったら零ルームにアクセスして答えを聞いたりしてるって言うのは、秘密秘密!

そして真面目に心配してくれる子はありがとう。でも私本当は寝ていただけなの、なんてとてもじゃないけれど言えない。


そんな感じで、私の日常は過ぎていく。

学校での生活は、至って普通だろう。何も変わったことはない――そう、例えば、

「黒絵!聞いた?時乃君、また倒れたって!」

こんなニュースが入ってこなければ。

一日の内の授業が約半分終わり、数人の仲良しグループで机を合わせてお弁当を広げていた最中のことだった。

扉を勢いよく開け、クーラーの効いた部屋にむわんとした熱気が入ってくると同時に彼女も入ってきた。

「リツ、それ本当?」

粟楠梨都。彼女は少し活発過ぎるほどの、この学校では有名なおてんば娘で、私の親友とも言っていいほど仲のいい友人の一人である。

「本当!私が嘘ついたこと、ある?」

真剣そのものとも言えるその表情からは、確かに嘘とは思えないし、彼女は確かに嘘をついたことはない。

ないけどさ、と呟きながら、弁当を片づけにかかる。そのまま放置しておいても埃をかぶってしまうと思ったからだ。

「それじゃあ、みんなごめんね。私、渡を見に行ってくる!もしかしたら午後の授業、出られないかもしれない。先生には適当に言っといて。あとリツ、いつもありがと」

伝えたいことをひとしきり話し終え、私は鞄の中から飴玉をひとつ、ひょいと梨都に投げてやる。飴玉は梨都の大好物で、いつもこれ一つで上機嫌なのである。案の定、サンキュー!と言って飴玉を口に放り込んだ梨都は、ニコニコしていた。

他の友人たちは私のことを理解してくれており、授業をサボることになるかもしれないことを了解してくれた。

それを確認し、私は鞄を抱えて教室を出た。

教室を出る頃、梨都が他の友人たちに卵焼きを振る舞われているような声がしたが……べ、別に羨ましくなんて、ないんだから。

それより、渡が倒れた、ということは、やはり今朝がたに感じた違和感はドッペルが生み出されてしまっていたというものだったのだ。

最近、渡はよく倒れたりしており、保健室に通い詰めだった。

ドッペルの吸い取る渡の生命力が徐々に多くなってきている、それは明白だった。

こうなると私はいよいよ動かなくてはならない。

例え学校をサボろうとも、それ以上に重要なことなのだから仕方ないだろう。

ちなみに渡にこのことはまだ気づかれていないはずである。なにせ、私が動くのは渡が倒れている間だけなのだから。

とにかく、一刻も早く渡のドッペルを見つけて処理しなければ、渡は生命力を取り戻して元気になってはくれないのである。

「渡!」

保健室のドアを勢いよく開ける。この扉も、随分と開け慣れた。保健室に来るのも、すっかり常連さんである。せき込む声が聞こえた、唯一閉じられているカーテンを開けると、そこには彼が横たわっていた。

「あ、黒絵……来てくれたんだ」

いつもごめんね、と謝る彼は、朝よりも元気がなく、少し暑いくらいの保健室で深めに布団をかぶっていた。

「渡、今の調子はどう?倒れた、って聞いたけれど」

そばに置いてあったパイプ椅子に腰かけ、私は聞く。彼の調子がどれくらい悪いのかで、ドッペルの調子の良さが変わってくるのだ。どれくらいの距離にいるのか、見当が付けやすくなる。

「うん……ちょっと、寒気がするかも。でも大丈夫、きっとただの風邪だよ。それに倒れたなんて大げさなものじゃなくて、ちょっとふらついてしゃがみこんじゃっただけだよ」

それを聞いて、少し安心する。……あれ、梨都嘘ついてないか。

だけれど、本当にその程度でよかった。もしも本当に倒れて、意識を失っているとかだとしたら、その時は――そう考えて、私は頭を横に振り、必死にその想像を振り切る。

ただでさえ危機的な状況に陥っているのに、これ以上酷いものを想像してどうする。そうならないよう、私は頑張っているのだろう、と。

ぱちん、と両頬を叩き、渡に向かう。

彼はきょとんとしていたけれど、残された時間は少ないのだ。私は今すぐにでも出発しなくてはいけない。その為にも、彼の顔を改めて脳裏に刻む。

「それじゃあ渡、私行くね。ゆっくり休んで、体調を整えて。お大事に」

ありがとう、と彼の返事を聞いて、私は足早に保健室を去る。

昇降口で靴を履きかえ、誰もいない校庭を駆けて学外へと出る。

早く、早く処理しないと。私の頭の中はそれでいっぱいだ。

ポケットから小型のモニターを取り出す。これはドッペルのような不安定要素の位置情報を捕えるもので、例のごとく「私」の発明品である。私はその名の通り、「探索器」と呼んでいる。

「ここは……まさか、街中?」

それが示していた場所は、いつものような閑静な住宅街だったり、人目の少ない場所ではなかった。まさしく街中。処理に困る人目の多い場所である。

「……“邪魔者”の仕業、かしら」

私から逃げるという意味での知識を、ドッペルは全くと言っていいほどに持たない。

なにしろ、ドッペルは姿かたちこそ成長していても、中身は経験の少ない赤ちゃんと一緒なのである。

だからこそ、急に街中なんて厄介な場所に現れたのは、誰かによる入れ知恵だと考えたのだ。

だけど、街中だろうがなんだろうが、私は処理を終えなくてはならない。そうしなければ、待っているのは渡の死なのだから。

そんなことは、絶対にさせない。私は改めて誓い、示された場所へと向かった。


「ここは、喫茶店……?」

ドッペルの反応があった場所、それがここだった。

アンティークな雰囲気に包まれたそこは、街中では随分と異質なもので、蔦に絡まれた柱や壁、シダ植物に囲まれた建物はとても好印象だった。

それにしても、喫茶店とは。

“邪魔者”は更に入れ知恵しようとしているのか。

何を入れ知恵するのかはしらないが、どちらにせよ私にとって不利な情報を垂れ流していることには違いないだろう。

そして、それは強くドッペルに印象づけることだろう。それが更に時間をかけて成熟されれば、本体である渡に還った時の影響も計り知れない。

そんなことをされては私としては困るのだ。「私」たちの二の舞になど、なってやるものか。

おしゃれなロゴの刻まれた、大きく開かれた窓から店の中を覗く。すると、兄弟のような二人組を見つけることができた。

片方は渡そっくり。こっちが私の標的であるドッペルだろう。

そしてもう片方は、大学生のように思えるのだが、渡にお兄さんがいると聞いたことはなく、赤の他人にしては渡に似すぎているように思えた。

そこで、はたと私は一つの可能性に気付く。

“邪魔者”――平行世界を渡ってここまで来たのは、もしかすると渡本人なのでは、と。

ドッペルと会話をしているという点からも、彼が“邪魔者”であることは、ほぼ確定している。

ここまで私が確信を持てるのにはちゃんと理由がある。

まだ述べていなかったが、ドッペルは自分と特別な関わりを持つ人以外にはほとんど見えないようなもので、喋るという行為を自らはほとんどしないのだ。

私の場合はドッペルを狙っている以上、特別な関わりを持つ者であるし、もし仮に彼が平行世界から渡ってきた渡であるとするのなら、“邪魔者”としてあの場でドッペルとコンタクトを取ることも、会話をすることも可能となるのだから、この可能性はほぼ正解に近いと言っていいだろう。

しかし、そうなるといくつかの疑問点が残る。

まず、彼の目的。

よっぽどのことがなければ、平行世界を渡るだなんてこと、考えもしないだろう。

つまり、彼にはそれだけの目的があるというわけだ。それがなんなのかは、まだ知らないが。

第二に、なぜ「私」たちがそのことに気が付いていないかである。

零ルームで、「私」たちはお互いの持ち得る情報を共有する。もちろん、渡についてのことは最優先で。

それなのに、なぜ渡が平行世界を渡ったということが「私」たちに知られていないのか。

度重なる疑問に頭を悩ませていると、いつのまにか例の二人組がいなくなっていた。

まずい、見失った。

私は急いで探索器を取り出し、ドッペルを追う。

行き先は、公園だった。


街中にしては、少し閑散としたその場所。

車通りがそこそこに激しい、広い道を挟んで向こう側に商店街が見える。

平日の真っ昼間、子供など誰も遊んではおらず、人の目もないそこは、処理を行うという意味ではまさしく場所として最適であった。

“邪魔者”が本当に私を邪魔するつもりなら、このような場所に標的であるドッペルを一人置いたりするだろうか。

疑問は多々あるが、それ以上に事は急ぐのだということを念頭に置いているため、処理を行うことが第一優先事項となっていた。

“邪魔者”の考えを考えることなんて、後でいい。

私は頭の中の靄を無理やり払うように首を振ると、ポケットに入っているナイフを再度握りしめ、駆け出した。

「あ、渡!……はぁっ、こんなところに、いたんだ……っ。もう……探したんだからね?」

息を切らせて、まるで今さっきここに来たみたいな演技。胸の鼓動は高鳴っていたけれど、それは別種のものからだろう。

「くろ、え……」

彼が私の名を呼ぶその声は、まるで悪戯が成功する前にばれてしまった時の気まずそうな子供そっくりで。必死になって唾をのみこむ姿なんて、すっかり“邪魔者”に入れ知恵されたってことを表している。もう、そんなに頑張らなくても、貴方のことはすぐ、私が殺してあげるのに。

「でもよかった、渡がここに居て。私、渡がどこか遠くに行っちゃうような、そんな気がして……怖かったんだよ?」

私はそう言うと、彼の手をぎゅっと握った。彼の手が汗でしめっているのは、多分気のせいじゃないだろう。だけど、そんなこと気にならない。

彼が、私から離れていかないように。一度捕えた標的は、逃がさない為に。

渡がどこか遠くに行っちゃうような、そんな気がしたのは本当。それが怖いのも本当。

私は何も嘘など吐いていない。違うのは、伝える対象。

「お願い、もう私から……離れていかないでよ」

本心だった。私は彼が私から離れていくのが、彼を失ってしまうことが怖くて、今もこうしているのだから。

私は彼にもたれ掛るようにして抱きつく。彼への、精一杯の愛情を示す為の行為の一つ。

彼が私をそっと抱き返してくれるのを感じると、私は安心した。これで、今回も無事に終われる、と。

「ごめんね。大丈夫、もう離」

彼の言葉を最後まで聞かずに、持っていたナイフで彼の腹部を突き刺した。

かはっ、と漏れる彼の息。血は出ない。既に肉体の結晶化が始まっているからで、血液は真っ先に結晶化するのだ。

ナイフをすばやく引き抜いて、一歩後ろに下がる。彼の結晶化を妨げないためと、結晶化に巻き込まれないためである。

案の定、彼は私の方に倒れてくる。私の顔を見ようと、顔を上げて。

私はいつも、こうして還っていく彼を見て、思うのだ。

いつも、ごめんなさいと。そして、愛していると。

だから、それを言葉で伝える。倒れていく彼は、全てを悟ったような表情をしていた。

「ごめんね、愛してる」

それを聞いてかどうかは知らないが、彼は満足したように瞳を閉じ、そのまま地面に叩きつけられ、結晶化した肉体は消滅していった。

「ありがとう」

そう、言い残して。


*


処分は、仕事は終わった。

さあ、学校に帰ろう。きっと元気になった渡がいるはず。

だけど、その前に。

「いやあ、お見事。さすがは黒絵だ、滑らかな動作が美しいね」

大げさに手を叩いて、私の方に向かってくる影。

渡と似たような姿をした彼は、まさしく渡の未来像と言えよう。

「貴方が、この世界へのゲートを無理やり潜った“邪魔者”?」

私は彼を睨むようにして言う。それはもう、今消えたドッペルが私に殺されなくちゃいけなかった理由が彼にあるかの如く。

私のそれに何を感じたのかは知らないが、彼はおどけるようにして肩をすくめた。

「“邪魔者”だなんて酷いな。せめて異邦者とでも呼んでくれよ」

異邦者、それはつまり、自分が異世界――平行世界から来た者だと認める言葉。

やっぱり私の推理は外れていなかったのだ。そして、私にはもう一つ聞かなくてはならないことがある。

「それじゃあ、“異邦者”の……時乃渡さん?貴方の目的は、“彼”じゃなかったの?」

私は、ドッペルがいた場所を示し、言う。

「ああ、やっぱり黒絵にはわかるんだね、僕が渡だって。……そう、僕の目的は彼だった。ついさっきまでは、ね」

彼は意味ありげに言う。でも彼がやっぱり渡だったというところまではわかった。だから、あと一歩。

「ついさっきまで?ああ、彼が消えてしまっては意味がないものね……。それで、今の目的は?」

まだ彼が元の世界に帰っていない理由。何か別の目的がなければ、彼がここにリスクを冒してまで滞在している意味がないだろう。

タイムパラドックスのリスク。まさかドッペルをわざわざ一人でここに置いた彼がそれを考えていないはずがない。そう思い、どんな答えが返って来ようと動揺せずにいようと、ポーカーフェイスを装う。

だけど、そんな私の試みは彼の一言であっさり打ち砕かれてしまうのだ。

「そうだね。君に会いに来た、かな」

照れくさそうに無垢な微笑みを浮かべている彼は、なんの企みもなさそうに思える。

この人は、まさか私の何をも知らないと言うの?

私が平行世界上の「私」から情報を得て、色々なことをやっていること。今まで何千何万もの数の「渡」を殺してきたこと。

そして、返答次第では、彼をも殺そうとしていること。

私の邪魔をする者は、殺す。その答えが、もうほとんど当たり前となってしまった私の前に、なぜ彼はそうも無防備に立っていられるのだろうか。

わからない。理解できない。

――――私は、もしかしたらこの人に期待していたのかもしれない。

“邪魔者”と呼ぶことで敢えて敵対し、私のこの方法を間違っていると、否定してほしかったのかもしれない。

だって私は今だって、

「……ねぇ、黒絵。君は、どうして泣いているの?」

こんなにも、後悔しているじゃないか。

彼の一言で、今まで堪えてきた何かがあふれ出す。もう、せき止められない。

「う、うあ……っ」

次々とこぼれ出るそれは、きっと私の思いの欠片たちだった。

私はしゃがみこみ、嗚咽を漏らして彼の前でずっとそうしていた。彼に、辛かったね、なんて言われて背中を撫でられて、尚更止まらなくなる。

こんなにも泣いたのは、いつぶりだろう。

いつも私は我慢をしてきた。小学生の時は、自分以外の家族がヘルパーさんしかいない夕食の時間が寂しかった。中学生の時は、私のことを理解してくれる人がいないことが悲しかった。渡が現れるまでは、だけれど。それなのに、高校生になったら、その渡を失うかもしれないって言われて、そのことが許せなかった。

諦めたくないって、こんなにも強く思ったの、初めてなんだよ、渡。

だからね、今こんなにも溢れる涙の、こみ上げる思いの、その理由が私にはわかるんだ。

本当はね、簡単に“渡”を殺せるわけ、なかったの。

だって、“渡”は渡と同じように私に接してきて、中身はほとんど渡と一緒で、悪いのは“渡”じゃなくて、渡が“渡”に会ってしまうっていうことで、それを防ぐ方法をこうして選んでしまったのは、他ならぬ私だっていうのに。

「悪いのは、私なの……っこれしか選ぶことのできなかった、私が……っ」

嗚咽をあげながら、私はごめんねを繰り返す。

それを言っても、今まで手にかけてきた彼らにはきっと届かないのだろう。許されないのだろう。だけど、私にはそうすることしかできなかった。

泣きじゃくる私の背中に、彼の優しげな声がかかる。

「……黒絵は悪くないよ。そりゃ、“僕”が殺されるのは辛いさ。それを、僕は止めに来てしまうぐらいに。だけど、ほら……彼だって言っていただろう?ありがとう、と」

ありがとう。

確かに彼はそう言っていた。こんなことを言われたのは、処理を始めてから初めてのことだった。

瞳からこぼれる涙がふと止まる。悲しみと後悔で頬を濡らすのは、もうやめた。

彼の言葉の意味。彼はあの時、全てわかっていたのだ。だから、微笑みなんて残して。

「殺されるのが、君でよかった」

消える瞬間に彼は言った。私を、許すために。

「………………ありがとう」

私の罪を許してくれた彼に、捧げる。流れたそれは感謝の涙だった。


「僕の目的は、さっきも言ったけど、ここに来た当初は彼を助けることだった。今は君に会うことだったけれどね。会って、ちゃんと話をしたかったんだ」

私達は、学校が終わったのか続々とやってくる子供たちに気を使って、公園の隅のベンチに座っていた。

そう言う彼に、私は救われてしまった。ずっと胸の奥に溜めていた後悔の念を、少しだけ軽い別の物に置き換えてくれたのだ。

「助けてくれて、その……ありがとう。それで、その話って?」

彼が話したかった事とはなんなのか。私は今、純粋に彼の話を聞きたいと思っていた。それに、彼の本当の正体について、私には何か引っかかることがあったのだ。

「うん。僕のこと、君は渡だって言ってくれたよね。あれね、実は少しだけ嘘なんだ」

少しだけ嘘。私はふと、引っかかっていたものの正体に気付き、恐る恐る尋ねる。

「貴方……まさか、ドッペル?」

「ご名答」

手を広げ、あっけらかんと答える彼。あれ、そんなにも軽いことだったっけ、それ。

「僕はね、この世界とは別の平行世界にいた渡のドッペルの生き残りなんだ。あの世界でも、黒絵は僕らを殺して回っていたよ」

その言葉に、私は俯く。彼の世界でも、「私」は今の私と同じ方法しか見出せなかったのだ。零ルームを使う私にとって、それはほぼ当然のようなことなのに、それでもやっぱり自分がやってきたことをズバリと言われるのは、辛いものだ。

「だけどね、彼女はもう僕の世界にはいない」

思わず顔を上げる。だから、彼は私に知られることなくこの世界に降り立つことが出来たのか。

遠くを見るようにして、彼は話を続けた。

「渡もね、いないんだ。僕の世界は、きっと君の世界とは違う道を辿っている」

そこまで言って、彼は私に向き直す。

「だから、どうか。君たちにはハッピーエンドを迎えてほしい。たとえ今のままでは君が“罪”を犯し続けることしか方法がなかったとしても、いつかきっといい方法が見つかるから。それまでどうか、二人で生き延びることだけを考えて」

「私」と、おそらく本体である渡がいない世界の、渡のドッペルである彼は叫ぶ。

「僕はただ、君たちの未来が悲劇になることを避けたいだけなんだ」

彼の言う事はつまり、未来を変えたいと、そういうことだ。

願うことは私と同じ。目的は私と同じ。手段が違うだけ。

だったら、答えは一つである。

「悲劇なんて迎えさせないよ」

彼の目を見て伝える。私の決意は固い。

「絶対にそんなこと、させない。私は渡と一緒に生き延びてみせるよ」

それは私の意志の確認でもあった。

彼はそれを聞いてほっとしたのか、穏やかな表情となって話を続けた。

「僕はね、平行世界の研究を独学でやっているんだ。そしたらこの世界を見つけて、繋がるゲートも見つけた。そして、この世界が一番悲劇から遠いところに位置していたから、僕は来たんだ。」

悲劇から一番遠い場所。つまりは希望を最も叶えやすい場所だということである。

「まあ、来た時にたまたま会った彼を、ドッペル同志と言うこともあってここまで引っ張ってきてしまったのは申し訳ないことをしたと思っているよ」

ごめんね、と謝るのだから、つい許してしまう。まだ悲劇が起こらなかったからこその対応である。

「この世界は――君たちは、僕の希望だ。もう既に悲劇が起こってしまっている世界が多い中、この世界は一番希望がある世界なんだ。僕はもう行くけれど、どうかお願いだ。“運命”を……変えてくれ」

彼の言葉に、私は頷く。

悲劇のヒロインたりたくなんてないから。諦めなど、してやるものか。

「彼を失うことが運命だなんて言うのなら、私は運命にだって逆らってみせるよ」

私は今日も、明るくて頼りがいのある、渡の彼女の瀬乃黒絵。

だからほら。笑顔、でしょ。

そんな私を見て彼は表情を緩め、それじゃあ、と手を振って公園を出て私の視界から消えていった。

私は彼が消えていった方をぼんやりと眺め、踵を返し、学校への道を辿った。


さあ、日常へと帰ろう。

まだ今はこれしか方法がないけれど、それでも。

私は今日も日常を生きていく。

明日訪れるかもしれない、希望を目指して。

これにて、解決編は完結となります。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

解決編は完結しましたが、このお話はあと少しだけ続きます。

もしよければ、もうしばらくお付き合いください。


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