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君が僕を殺す理由  作者: 郁島 瑞貴
私が貴方を殺す理由
3/4

前編 貴方を失うだなんて、そんなこと

「君が僕を殺す理由」シリーズ

第二部、解決編です。

これを読む前に、前作、「君が僕を殺す理由」の方を読むことをお勧めします。


それではどうぞ、今回もよろしくお願いします。

それなら僕は、永遠の愛を誓おう。



***


ぱちり、と目を開けると、視界には真っ白な天井……と、ちっぽけな蜘蛛が一匹、のそのそと徘徊しているのが映った。

この感触は、いつも私がお世話になっているベッドだ。今日も私を支えてくれてどうもありがとう。

なんてままごとを頭の中ですると、私はのそりと起き上がり、カーテンを開けた。

シャッという勢いのよい音と共に入ってくるのは今の私には眩しい朝日。これで私の身体はちゃんと目覚めたに違いない。

両手を頭上で組み、ぐっと体を伸ばす。んー、と思わず声が漏れた。なんとも健康的な朝の目覚めの一例である。

だけど、気持ちの良い目覚めを迎えられたのは私の身体だけである。

精神的には、まさに最悪。随分と嫌な夢を見たのだ。

――彼を失うだなんて、そんなの考えたくもないのに。


階段をてこてこと下りると、パジャマにエプロンなんて面倒くさいものは着けず、パンをトースターにかけ、適当にフライパンに卵を割りいれ、皿に移す作業。冷蔵庫からレタスを取り出し、さっと水に通してガラスの器の中へ。ついでにミニトマトなんかも加えてみる。

それらをダイニングテーブルの上に置くと、よくある朝食の光景がそこには広がっていた。

ただし、一人分。

四人用のダイニングテーブルで一人食事をとるのには随分と慣れたが、やはりそこには物寂しさがあった。


*


私、瀬乃黒絵の家族は四人構成だった。

父と母、私と妹。至って普通の、よくある核家族。

父と母は研究員で、昔はよく研究室に連れて行ってもらったものだ。

なんだか工場みたいな場所と、病院みたいな場所が混ざり合っていた気がする。

たまに体験もさせてくれて、頭によくわからない装置をかぶって、父や母と同類の研究員のお兄さんお姉さんに質問をされて、それに答えたり。

あの頃は良かったのだ。だって、父や母が、妹が、私のそばにいたのだから。

いつからか、父と母はなかなか帰ってこなくなった。家には私と妹と、ヘルパーさんを置いて。

「すぐに帰ってくるから、いい子でお留守番していてね。困ったらヘルパーさんに頼りなさい」

そんな両親の言葉。はじめこそ一日二日家を開ける程度だったけれど、小学校に入学する頃には一週間帰ってこないだなんてざらだった。

「ごめんね。お父さんたち、お仕事が大変でね」

それはいつもの文句だ。別に私は謝罪の言葉が聞きたくて父や母を待っていたわけではない。だけど、彼らはいつも決まってそう言うのだ。

私は「ごめんね」が聞きたいんじゃない、謝るぐらいならもっと帰ってきてよ!

そう言うべきだったのかもしれない。だけどもうすっかり慣れてしまった私は

「大丈夫だよ。お父さん、お母さん。いつも私たちのために頑張ってくれて、ありがとう」

と笑顔で応えることしかできなかった。無駄に器用な自分が、ムカつく。

そんな私でも月に一回は両親の顔を拝めていたのだ。定期健診と言って、私と妹は毎月父と母の研究室に呼ばれていた。

そうして、いつしか妹もいなくなっていた。

妹も研究室に籠るようになったのだ。しかも、今度は父や母のように顔を拝むことすらも滅多にできなくなってしまった。

妹は父と母に手を引かれて、幸せそうだった。

「お姉ちゃんは、一緒に行かないの?」

私の方を振り向きながら無邪気に問う妹に、父と母は何かを言っていた。妹が笑顔になっていた辺り、何かいいことを言われたのだろう。その内容を、私は知らないのだけれど。

それから、妹は帰ってこなかった。父と母はたまに帰っては来たけれど、妹は帰ってこなかった。父と母を待つ、あの寂しき日々を共に過ごした、妹は帰ってこなかったのだ。

たまに帰ってくる父と母に聞いてみたこともあった。妹はどこにいるのか、どうしているのか、いつ会えるのかと。だけど、いつも返ってくる答えは一つだった。

「お姉ちゃんなんだから、しっかりしなさい。クロエは何も心配しないで、いつも通り過ごしていればいいんだ」

そんなの答えになってない、と私は言った。だけど父と母はそれきりだんまりを決め込むのだ。ふと、最近の調子はどうなんだい?とか聞くほどに。私が小学校を卒業しようとする頃には、もう聞こえないふりをされていた。まるで、妹のことなど忘れなさいと言われているかのように。

中学生になった私は、もう妹のことを聞くことをやめた。ここまで押し通されてしまっては、私としても折れざるをえなかった。だって、私には何もできなかったのだから。それ以上に、丁度その頃、自分のことだけで手いっぱいになってしまったのだ。


私はみんなとは違う私立中学に進学した。親の方針がそういったものだったからだ。小さい頃からそういう風に私はなるんだと言い聞かされていたから、それが普通だと思っていた。だからみんなもそうなのだと思っていたら、そうではなかったらしい。私は中学からまた友達作りをしなくてはならなくなった。

はじめはスムーズにいったのだ。なるべく人を傷つけないように、それでいて遠慮はし過ぎず、主張ははっきりと。優等生の模範になることで、さらなる高みを目指すような子が集まるこの学校では、私はすっかり人気者となっていた。これで中学生活も上手くいくだろうと、そう思っていた頃のことだ。

ふと、私はいつも通り、友人に迫る危機を感じ取ったが為に、友人に注意を促したのだ。

あ、この場面知ってる。そこはダメだ、危ないよ。大事な友達に、怪我してほしくないから。

そんな軽い気持ちで言ったのだ。そこ、ボールが飛んでくるからちょっと横にずれて、って。ただそれだけだった。

小学生の頃は普通に周りが受け入れてくれていたこと。またクロエちゃんに助けてもらっちゃったなあ、って、お礼を言われていたこと。だから、これが私の普通だったのだ。

こう……?と、その友人が不思議そうに横へ移動し、そうそう、と私が言った頃から、近くでボールを投げる音が聞こえ、あっと声がし、そこ避けてー!と声が響き、その友人が声のする方を振り向くと、元々友人がいたはずの場所をボールが通り抜けていって、ズドンと壁にぶつかる音がしたのだ。

一緒にいた友人たちは目を丸くした。私はそれを見て、きっとボールの速さに驚いているのだろうと思い、

「大丈夫だった?避けておいて、当たらなくてよかったね」

いつものように、ただそう言ったのだ。

だけど友人たちの反応はいつもと違った。

数秒間を開けてから、戸惑いを含んだ「ありがとう」の友人の一声をきっかけとして、次々と尋ねられた。

「今の、わかっていたの?」と。

そりゃわかっていたも同然だろう、なにせ私はこうなる場面というものを見た覚えがあったのだから。

何か悪いことでも言ったのだろうかと焦りつつも、そうだと応えると、友人たちはなにやら含み顔でこちらを見ていたのを覚えている。含み顔とは言っても、それはどちらかと言うと、見てはいけないものを見てしまった時のような、そんな顔。

私が次の日から、遠巻きに見られるようになったのは他でもない、これがきっかけだったのだと思う。

いわゆる既視感というものなのだろうか、どうやらそれが私の場合、普通ではなかったらしい。

「未来」は気が付いたら見えるように、わかるようになっていた。多分、物心つく前から見えていたのだろう。それが私にとっては当たり前だった。悲しいことに、今思えばあの時も、妹が帰ってこないことを私は知っていたのだ。

私にとっては普通だったそれが、その日から「未来予知」と呼ばれるようになった。

そして、私は異端の者として「魔女」と呼ばれるようになった。

――瀬乃黒絵は、異端の力を使う魔女である――

そんな噂は瞬く間に広がり、中学全体を包み込んだ。

魔女という言葉だけが躍って、私はオカルト系の危ない人だから近づくな、みたいな意味合いとしても広がっていたかもしれない。まったく、勘違いも甚だしいが。

人間というものは群れたがる生き物だ、自分たちとは違う異端の者はそういった群れから突き放される存在。そして、それはいじめへと繋がっていく。

いじめというものはいつまで経ってもなくなりはしないのだろう。私はそれを知っていた。

なにせあれは生贄の儀式なのだ、生贄を一人捧げることによって他の民は団結することができ、平和に暮らすことができる、そういうものだ。現に私は、今まで配された教室で必ず一人は隅でうずくまっているのを見てきた。だけど、私はその人を助けることをしてこなかった臆病者なのだ。今この状況をどうあざ笑われようと、文句は言えまい。

それに噂と言うものは随分と厄介で、一度広がってそのイメージが定着してしまうと、それを消し去るのには随分な時間と労力がかかる。とても中学を卒業するまでに払拭できるようなものではないだろう。現にそうだった。

だから私は、それからの中学時代というものが、ただ耐えるだけのものへと変わってしまったことに絶望していた。

だけどその時、私に一筋の光が差し込んだのだ。

それが彼――……渡だった。

委員会、それも図書委員。昼休憩時や放課後に居残りで、図書当番をさせられるせいで超不人気な委員会である。私がここに入るのはほぼ決定事項だった。

瀬野さんいたんだ、なんて演技もいらない程に私が排除されていた教室で、最後に残った席に座るのは私の役割だったのだから。

そんな委員会で彼と会えたことは奇跡に近いことだろう。

彼は特別目立っていたりしたわけではないが、私に対してみんながする反応をしなかったのだ。

図書当番は二人ペアでやるものなのだが、当然私とやりたがる者なんておらず――私は一人でやります、と言おうとしたその時、

「じゃあ僕、そこ入っていいですか」

彼がそう言ったのだ。

あの時は驚いた、まさか私とのペアに立候補する者が現れるだなんて。

ペア決めの取り仕切りをしていた委員長もこれには驚いたようで、本当にいいの?なんて聞いていた。彼はそれに不思議そうに、もちろんいいですけど、なんて答えて。私の中学生活はこの時から激変したのだ。

当番をしながら、彼とは何回か話をした。

彼はとても不思議な人で、噂を知っていたのにもかかわらずに私を他の人と同じように扱ってくれたし、私の未来予想――……「未来予知」も素敵だって言ってくれた。

そんな彼に私が夢中になるのにはそう長く時間は要らなかった。もう、いじめだとかそんなの、くだらないって思えるほどに。

だけど勇気のない私は自分からそのことを言い出せなくって、ただ「感謝してる」としか言ってなかったのに、彼は私のことを好きだって言ってくれて。

それを聞いてようやく、私は彼に「大好き」だって、伝えることが出来たの。


それから卒業までは早かった。

彼のことを考えていれば、ひそひそ陰口を言われることだって、後ろ指さされながらしか廊下を歩くことができないことだって、私物を隠されることだって、植木鉢を落とされることだって、教室から自分の机がなくなっていることだって、黒板に自分について散々なことを書かれることだって、全部全部どうでもよくなった。

それに、私には未来予想があったから、最悪の事態だけは免れることが出来ていた。そこだけは、中学時代の私も未来予想に感謝していた。

それでも私はもう、この学校から早く抜け出したかったから、エスカレーター式だったけれども別の高校に進むことに決めていた。

そのことを彼に伝えたら、彼もその高校に行くって言いだして、気が付いたら二人で一緒に卒業と入学を迎えていた。


私は中学での反省を生かして、高校では彼の前以外で「未来予知」は言わなかった。

そしたらいつの間にか、私の周りには人がいた。中学でのあの日以前の状態に戻れたのだ。

私と彼以外にあの学校から来た人がいなかったということも大きかっただろう。

私たちは高校生になってもずっと互いを好きでいた。……少なくとも、私はそう。

愛していると言えるほどに。

私は彼、渡のことしか、きっと見てなかっただろう。だけど、だからこそきっと気づけたのだ。

高校に入ってからのことだ。私は彼に違和感を覚えるようになった。どうしてか、この「渡」はいつもの渡じゃないと、どこか弱さ――薄さを感じるようになったのだ。

強烈なその違和感は、私を日々蝕んでいった。どうしてこの「渡」を、私はいつもの渡だと思えないのだろう。渡は渡、それ以外の何者でもないじゃないか。

そして、その時は訪れた。


私は深い夢を見ていた。

そこでは、もう一人の私に話をされるのだ。

「このままでは、彼――……渡は、死んでしまう」

「彼は、彼自身によって殺されてしまう」

「どうか、それを阻止して」

わけがわからなかった。だけどそれは、どうにも私が感じていた強烈な違和感に関係しているらしく、私はさらに追及した。

「私」は続けて告げた。

「今貴方が見ているのが、存在力――生きる力、といった方がいいかしら、それが薄くなっている本体の渡。彼は自分で自分のクローンを作りだし、それと彼がお互いを認識することでドッペルゲンガー現象……つまりは、死に至る」

さすがの私も、これには困惑した。

クローン?ドッペルゲンガー?

いきなりそんなことを言われて、受け入れろという方が無理な話である。

「私」もそんな私を察したらしく、話を続けてくれた。

「渡は、自らが気づかないうちに自分のクローンを二人まで生み出してしまう能力の持ち主なの。そして、それらと出会うことによって渡は死に至る。……私の世界でも、渡はクローン……いいえ、ドッペルに出会って死んでしまった」

ぐわん、と脳内に映像が流れだす。これは、彼女の記憶?

それの中で、彼女はただ呆然と立ち尽くしていた。目の前には二人の渡。彼らはそこで、静かに眠るように、だけど確実に、死んでいた。

私は絶句した。ただただ涙だけがこぼれた。

彼の持つ能力、そして「私」の世界での彼の結末。

彼、渡を失うだなんて、とてもじゃないけれど私には考えられなかった。

「私……ううん、私たちは、貴方には自分達と同じような末路を辿ってほしくない。だから今、こうして貴方に改めてコンタクトを取ったの」

そう言う「私」の後ろには、何人もの「私」がいた。

年齢は、今の私より若い者から、それなりに年を経たものまで。

少しずつ容姿が違ったが、それでもみんな「私」だとわかった。

そのうちの一人、ちょうど大学生ぐらいだろう「私」に、私はナイフのようなものを手渡された。

これは、と問うより早く、「私」は言った。

「それは私たちが作り出した特殊なナイフ。渡が生み出すような、特殊なクローン……ドッペルにのみ、刺殺した時に肉体を結晶化できるという代物よ」

私は震えた。

彼を……いや、彼ではないけれども。彼の姿をした、彼のクローンを、刺し殺す。

私は今、その為の武器を渡されたのだと認識することで、震えが止まらなくなった。

いくら渡本人を助けるためとはいえ、渡の姿をした人を、殺すだなんて。考えただけで、ゾッとする。

「それは、この特殊ナイフを作る方法よ。いわゆるレシピね。現実世界に戻ったら、貴方は自分の使えるものを使ってそれを作り出して。貴方なら、それが出来るはず。そして彼を――渡を、救い出して」

彼を、救う。

虚ろながらも強い意志のこもった彼女たちの瞳を見て、私は決意した。

彼女、「私」たちは既に渡を失っている。私はまだ、失っていない。彼女たちはそんな私の世界の渡を救おうとしてくれているのだ。それにどうして私が応えない理由があろうか。

渡を救えるのであれば、私はなんでもしよう。この時私は、そう誓った。


「私」は、それから私の「未来予知」が通常の未来予知とは違い、別平行世界の――つまりは「私」たちの経験から見えていたものだと教えてくれた。

そして、あの夢のような感覚でいたあの場所のことを、「私」たちが集う場所を、彼女たちは「零

ゼロ

ルーム」と呼んでいるのだという。

これまでの私は零ルームに無意識化でリンクすることによって「未来予知」をしていた。

だけど、それからの私は零ルームへのリンクを意識的にできるようになった。

各世界の情報を、意識的に共有することができるようになったのだった。

現実世界に戻った私は、父母の研究所の一室を借りて、このナイフを作った。材料や必要機材は、父母の研究所で十分に集まった。自分の手でこうも不思議なものが作れてしまうというのが、なんとも不思議な話ではあったが。

それ以来、私はそのナイフを常に持ち歩き、渡の監視に徹した。少しでも違和感があれば、即ドッペルの捜索、そして然るべき処理を施した。

始めはやはり、戸惑いもあった。

決意したとはいえ、彼と同じ姿かたちをしている人間を手にかけるだなんて。

だから……だから、せめて。彼らの最後には「愛してる」を告げて。

零ルームで聞いたところによると、私が作ったナイフにはドッペルを結晶化するだけではなく、ドッペルの存在力を余すところなく本体に返すという効果もあるらしい。逆を言えば、普通に殺した場合、ドッペルが持っていた存在力が全て本体に返すというわけではないのだ。

そして、死んだドッペルは本体から離れてからの記憶を忘れて本体へと戻る。

この時、ドッペルは本体から離れていた時間が長ければ長いほど存在力が濃くなり、本体に戻った時の影響力が強くなる。だから、ドッペルが生み出されてしまってからは早く処理しなくてはいけないのだ。万が一、ドッペルの殺される記憶が完全に本体に戻ってしまったりしたら、本体である渡はきっと、私から離れてしまうだろう。いくら殺すことに理由があるからとはいえ、きっと本能的に避けてしまう。記憶にある自分を殺す相手を好くことなんて、常識的に考えて、ない。

彼と離れたくない。彼を失いたくない。

私の思いは、ただそれだけ。

彼を愛した私の、全ての「私」の願い。

だから私は、もう失うわけにはいかないのだ。


*


すぅ、と息を吸う。

朝の新鮮な空気だ、と思った。

朝食を取り終え、洗顔や歯磨きを済ませた後、自分の部屋に戻って制服に着替える。

愛用のナイフは忘れずに。

鏡を見て胸元のリボンの位置を合わせ、笑顔を作る。笑っていれば、福は来たるのだ。

笑っていれば女の子は可愛いものだと、母も言っていた。だから、ね。私は今日も、明るくて頼りがいのある、渡の彼女の瀬乃黒絵。

渡が安心して暮らせる、幸せな日常を取り戻すため、今日も頑張ろう。

鏡の向こうで微笑む私を見て、嫌な夢のことなんてどこかにやってしまう。

ちょっと嫌な過去を思い出したからって、今の私がダメになっちゃうわけじゃない。

時計を一瞥していつも家を出る時間が迫っていることを確認した私は、授業で必要な教材やらが色々と入った鞄を手に取り、階段を駆け下りた。

四人用に設計された空間に、私は物寂しさを感じながらもいってきますを告げ、扉を開ける。

言い忘れていたけれど、両親が気を使ってつけてくれていたヘルパーさんは、小学校を卒業したあたりから断っていた。だから、私は今この家に一人だけれど、自分で生きていけるようになったのだ。そこは過去の自分にも感謝したい。

ああ、バスには乗り遅れないようにしないと。それより、渡との待ち合わせに遅れるなんて、私が私を許せない。

いつものように風を受けながら、今日は随分といい天気、太陽さん絶好調だなんて思って。

私は「日常」へと駆け出した。


渡。貴方を失うだなんて、そんなことさせないために。

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