没落令嬢、従順な婚約者に巡り合う。
男爵家の次男へ伯爵家の長女との縁談が持ち込まれた。
言わずと知れた、経済的な打算と名誉の安売りで、である。
そこにお互いへの敬意などはない。むしろ軽視している。
男爵家は商人上がり、もっぱら金で爵位を買ったと嘲笑されている。
伯爵家は落ち目で過去の栄光以外誇るものがないと嘲笑されている。
両家とも苦々しく感じながらも、事実そうであり否定は出来ない。
男爵家の次男が伯爵家へ婿入りする形で婚約が結ばれる事となり、
伯爵家は長女が家名を継いで女伯爵に、次男は権限のない夫となる。
家の名を上げたい男爵家、何より経済力を渇望する伯爵家の両家。
陰口など気に留めなければ理想的な巡り合わせだとは言えよう。
両家の当主夫妻はそうだった。婚約する二人はそうではなかった。
特に伯爵家長女の方は、誇りのつもりの驕りが非常に強かった。
初顔合わせの際も不機嫌を隠そうともしない表情でこう言い放つ。
「男爵家風情なのだから、わたしの命令は必ず聞きなさい」と。
同い年の八歳である男爵家次男は「かしこまりました」とだけ。
その表情には、見下された怒りも、強者に媚びる笑顔もない。
ただ従う必要があるから従うという、無が広がっていた。
◆
男爵は爵位を金で買えるだけあって、その商才は抜きんでていた。
伯爵家へ援助や助言が惜しみなく行われ、二年ほどで危機は脱した。
自らの家も勢力を伸ばし、その功績で男爵から子爵へと昇爵する。
成り上がりと見下していた者達もおいそれと無視出来ぬ存在と化し、
掌を返しておこぼれにありつこうとする者もそれなりに増えていた。
子爵家はそうした恥知らず達も表向き平等に扱い、人が人を呼び、
正直なところ伯爵家との縁などもはや必要ない状態となっていた。
一方の伯爵家、経済的な危機は脱していても維持出来る実力がない。
そして当の伯爵夫妻もそれは身をもって理解せざるを得なかった。
伯爵家が左、子爵家が右とした場合、いつも未来は右を向いている。
もはや過去に縋り付いて自らを貫き通す意思も霧散していた。
ただ一人、長女を除き。
◆
伯爵家長女、子爵家次男、ともに十三歳となり貴族学園へ入学。
学園では貴族が必要とされる教養以外に領地経営なども学ぶ。
事情があり伏せている場合を除き、婚約者の有無は公表されており、
長女と次男も学園内では交流をしている。これも交流だとすれば。
休み時間には次男を呼び、交流と称して当然のように連れ回す。
傍目からは交流と評するより、主人と従者のそれにしか見えない。
日傘などの長女が必要とする小道具を次男が持って後ろに付き従う。
どちらにも笑顔はない。ほとんど会話もない。
長女が何かを必要とした時、次男は察してその何かを差し出す。
違えた場合は、貴族令嬢らしからぬ激しい叱責が次男へ飛ぶ。
次男は無言で頭を下げ続け、叱責が止まるまで戻さない。
このやり取り、おそらく当人同士は慣れている。
多分婚約が結ばれた五年前から何十回、何百回も繰り返されている。
二人はもはや、これをなんとも思っていないのであろう。
繰り返しその見世物を目の当りにする学生や教師は異なるが。
◆
三年が過ぎ、伯爵家長女と子爵家次男も貴族学園卒業を迎える。
予定では卒業後一年をもって両者は結婚する事になっていた。
次男は三年間、成績優秀者として学園より表彰を受け続けた。
かたや長女は落第点こそないものの、それだけでしかない。
学園での二人の評判はほぼ真逆である。
謙虚な実力者と、大した能力もなく威張り散らす凡人。
婚約者同士ではあった。休み時間ごとに行動も共にしていた。
しかし図書館で一緒に勉強する、などという事はまるでなかった。
二人ともそれぞれ、仲の良い者同士のみで親交を深めていた。
他家の婚約者同士が行う交流など一切存在していなかった。
伯爵家長女はこれに苛立っていた。
なぜ向こうから誘わない?なぜ自分と必要以上の交流を持たない?
お互い相手を良く思っていないのは理解しているつもりだった。
だからわざわざ構ってやったのだ。休み時間ごとに連れ回して。
始めた当初は素直に従う次男へただ優越感を持っていた。
しかし次第に身勝手な不満も高まっていった。
こちらに歩み寄る時間はあれだけ与えてやったはずだ。
未だに子爵家次男は自分に対して一定距離を保って会話しない。
命ずれば動く。話しかければ答えはする。だがそれだけだ。
怒りもしないし泣きもしない、ただひたすら頭を下げるだけ。
婿入りするはずの分際でなぜこうもかみ合わないのだ。
◆
そんな感情を煮えたぎらせながら、卒業式が近づいたある日。
子爵家は商売上付き合いのある様々な家の後押しと、
これまでの社会貢献によって伯爵への昇爵を受ける。
相手側の婿入りなのは別に変化してはいない。
が、もはや長女の下位の存在ではなく次男の家も同格である。
しかも次男の家が支援を止めれば困るのは一方的に自分達なのだ。
ほぼ唯一の利益だった名誉すら、既に商品価値は乏しい。
長女には兄弟姉妹がいない。
いとこもおらず、親戚と言えるのは数代遡らなければいない。
実家を継げるのは自分以外いない。継げなければ爵位返上だ。
自分が女伯爵となった時点で支援を打ち切られればどうなるのか。
維持出来るとは到底思えない。早晩に立ち行かなくなるだろう。
成績だって次男の方が優秀だったのだ。補佐してもらわねば。
急に不安を抱いた長女は重要な話があると次男を呼び出し、
卒業後について確認を取ろうとする。
「結婚ですか?立ち消えになったとは聞いておりませんね」
顔を合わせた次男は表情を変えることなく質問に答えた。
胸をなでおろす長女だったが、次男はさらに言葉を重ねる。
「結婚の話を見直すかどうかはわたしの両親が決めるので。
それをわたしがどうこう言うつもりは全くありません。
形式上のものなので、興味もありませんからね。
まだ利点があると思われれば続くのでしょう。
なので、詳しいお話が知りたければご両親と共にわが家へ。
要らぬ心配をして裏目に出るかもしれませんけど。
いずれにせよ、貴女のご命令は今後聞く気はございません。
幸いもう我が家は『男爵家風情』ではなくなりましたので、
これからは貴女に無理に合わせる必要もありませんし。
領地の経営はどうぞご自由に。わたしは遠慮いたします。
実家よりひとつ商会を任されるので、そちらに専念します。
家庭内別居前提の婚姻、実に良い事じゃありませんか。
不愉快な相手とは、必要以上に干渉しないのですから」
次男は長女など、どうでも良いのだ。おそらく初対面時から。
次男と縁を切られれば、支援が途絶えれば自分は詰むのだ。
◆
結婚後、彼女は常に夫に従う事になる。みじめな気分と共に。
領地経営には深く頭を下げ、どうすればいいか必死に教えを乞うた。
「余計な事はしないでください」「貴女の意見は求めていません」
そう言われ続ける。それでも家の為に媚び続けねばならない。
両親は役に立たない。そもそも彼らの足元が危ういからこその結婚。
領地の事は任せたと結婚早々に別宅へ引っ込んで戻って来ない。
実質、伯爵領は夫が経営していて、自分は関わる事すら出来ない。
楽と言えば楽だ。ただし名声などは得られない。
学生時代の評判は貴族を通じて領民へも知られており、
「何も出来ない奥方が有能な夫君に飼い慣らされている」と、
声なき声が彼女の耳を打つ。
子供はいない。作ろうともしていない。
屈辱的に思いながらも頭を下げて後継者作りを、と懇願したが、
「わたしは貴女の後継者を作るつもりはありません。
貴女が爵位返上となってもわたしは一向に困りませんので」
と淡々と返された。
貴族でなくなろうとも夫は困らない。経済基盤を別に持つので。
白い結婚は、実は外部にも知られている。
そして彼女を擁護する声はほとんど聞こえない。
領民は「夫君も伯爵家だから、有能な夫君の実家が継げばよい」
などと言い出す始末である。何せ現在領地は安泰なのだから。
害する事も出来ない。縁を失えば領地への支援も止まる。
無能の上に有害だったと語り継がれるのは我慢ならない。
夫君は陰湿である、との陰口もあったが彼は意に介さない。
気にくわぬ相手はどうやったって気にくわぬのだ。
面倒を見ているだけ彼は善人なのだろう。
初対面時、先入観なしで向き合えば良かったんでしょうな
こういうのも「ざまあ」つーて良いのだろうか




