戦慄の寝所争奪戦(スリーピング・ウォー)
「さあ、ツチヤさん。デバッグ作業はここまでです。……奥の主寝室へ行きましょう。私があなたを『徹底的に』癒やしてあげます」
深夜、海蔵に命じられたノルマを終えたツチヤ(49)の背後に、サキちゃんが音もなく忍び寄った。その手には、ラベンダーの香りが漂うアイマスクと、何故か頑丈そうな結束バンドが握られている。
「待ちなさいよ。ツチヤさんはさっきから五十肩が痛いって顔してるじゃない。そんな状態で寝かせたら、明日には腕が上がらなくなるわよ」
ジュジュが割って入り、ツチヤの腕を強引に引き寄せる。
「私の部屋には低周波治療器もマッサージオイルもあるわ。看護師の私が一晩中、つきっきりでケアしてあげる。……ほら、ツチヤさん、こっち!」
「おっと、二人とも。……ツチヤさんに必要なのは、身体のケアじゃない。心の『平穏』だ」
海蔵がタブレットを操作すると、壁から最新鋭のシステムベッドがせり出してきた。
「これは脳波を測定し、最適な睡眠深度を維持する1000万円の特注品です。……ツチヤさん、僕の部屋でこのベッドを使いなさい。もちろん、僕も隣であなたの脳波をリアルタイムでモニタリングしてあげます。……かつての上司の健康管理も、部下としての『復讐』……いえ、義務ですからね」
「……お前ら、……ツチヤを……甘やかすな……」
部屋の隅、影の中から宮川が這い出してきた。彼はスマホのスピーカーをツチヤの耳元に突きつける。
「ツチヤ……聞こえるか……。俺が録音した『ヒトミ』の声だ……。これを聞きながら、俺の腕の中で眠るのが……一番の贅沢だろ……?」
スピーカーからは、宮川がボイスチェンジャーを使って自演した、背筋が凍るような甘い声が流れる。
「……あ、あの。……俺、リビングのソファで一人で寝るんじゃダメかな……?」
ツチヤがおずおずと提案したが、四人の殺気立った視線が彼をソファごと焼き尽くさんばかりに集中した。
「「「「ダメに決まっているでしょう(だろ)!!」」」」
結局、四人の妥協案として、リビングに全員分の寝具を並べて寝るという、地獄のような「修学旅行」スタイルが採用された。
中央にツチヤ。
右側に、彼の腕をがっしりとホールドし、耳元で「逃げたら承知しませんよ」と囁き続けるサキちゃん。
左側に、「肩を冷やしちゃダメ」と言いながら、執拗にツチヤの胸板の鼓動をチェックするジュジュ。
足元には、海蔵がタブレットを抱えて「浅い眠りですね、修正が必要です」とツチヤの足を掴んでいる。
そして天井の梁の上には、宮川がヒトミのコスプレ衣装(自作)を抱えてぶら下がっていた。
(……助けてくれ……。……これなら、宮川に罵倒されながらバグを直してた日々の方が、まだ安眠できた……)
ツチヤは、左右から伝わってくる女性たちの熱量と、足元から感じる元部下の冷徹な視線、そして天井からの不気味な気配に挟まれ、一睡もできないまま朝日を迎えることになる。
だが、この「平和な」争奪戦は、海蔵が仕掛けた「ある計画」によって、翌朝さらなる混乱へと叩き落とされる。




