段
その瞳は、凍てついていた。
だから怖かった。
ある意味では、自分もそうだったのかも知れない。
結局、分からないものだ。
鏡にも写真にも映らない。
それが真実の姿。
よくある思い込みだ。
いつも幸せそうな。
その顔が真実なのか。
分からなかった。
どうして存在するのだろう。
無ければ良かった。
この気持ちが最初から無ければ良かった。
満たされぬ胸の内。
塞げば塞ぐほどに何故かより多くこぼれていく。
拾っても拾っても。
気が付けば腕だけしか無い。
満たしたい思いがまず偽りだから。
全て作られたシナリオだ。
誰が作ったのか?
自分だ。
不良品だった。
間違えていた。
やるべきでは無かった。
だが、ベルトコンベアを止めることは出来ない。
今この時もバラバラの部品が生まれ続けている。
誰が許した。
許してくれ。
許してください。
この工場の中で窒息する前に。
誰が。
誰がそんな慈悲を見せるのか。
空気が。
苦しい。
誰か、とめて。
呼吸を超越したとして、それで何がどうなる。
この世の苦しみを解放したとして、誰が喜ぶ。
すべて皆罪人にして人生の囚人なのだ。
鎖自慢に余念が無い。
その点において、比類なき自信がある。
ただ、誰も聞かないだけなのだ。
首が締まっても効かない。
外せ。
歯車に巻き込まれても良い。
でも、目だけが苦痛だった。
見たくなくても、見たくても、全てを知らなければならない苦痛。
何故開く。
あくうううううううう。
掻きむしっても、突き刺しても余計に輝くのかっがああああああああふふくするる。
その時だった。
奴らが扉を蹴破り突入してきた。
しまった。
油断していた。
準備も、覚悟も、決意も、無い。
何が出来ると言うのだ……。
奴らのうちの一人、リーダー格だろうか、音もさせずこちらに近づくと首筋にナイフを当ててそっと囁く。
「トイレを貸してくれ」
……トイレ。
この状況でトイレ。
笑ってはまずい。笑ってはいけない。
トイレの方向を指し示す。手は震えていたが、恐怖のせいか面白さから来るものなのか分からなかった。
奴も震える足取りでトイレに向かう。それがまた笑いを誘う。いけない、いけない……。
不穏な、ようでいて、その実和気藹々と、しているような、あらゆる意味で危険な雰囲気だった。
導火線に火が付いている。
その先が打ち上げ花火かダイナマイトか、誰が知る。
だが如何様にも変えられるさ。
戦いはいつも先手必勝だ。あらゆることに通じる理。
口を開こうとして、気が付いた。
まさか……まさか!!
急いでトイレの扉を開ける。
そこに奴の姿は無かった。
しまった。逃げられた。
弛緩した空気に飲まれ、警戒を怠った。
馬鹿なミスを。
書き置きが残されていた。
捜さないでくださいと。
要するに捜してくださいということだ。
そうか。
そうだろう。
捜して欲しい、見つけて欲しいのだろう。
気持ちは分かる。
だが、やらない。
捜さない。
見つけない。
何もしない。
何故なら、自分はそういう人間だからだ。
人捜しなど冗談では無い。
そういう人生だ。
気が付けば、家の中には誰も居ない。
さっきまでの危機的状況は何だったのだろう。
まあいいさ。
あれは何かの幻だった。
そんなものだ。
過ぎてみれば何だってそう。
何故、涙が出る。
何故……。
悲しいんじゃあない。
寂しいんじゃあない。
苦しいんじゃあない。
何故嗚咽が止まらないんだ……っ。
ぐうう……っ!
ぐっ! ぐっ、ぐぅ、うああ……。
ああああああああああああああああああああ
ピンポーン
おいおい、やめてくれこんな時に……。
急いで涙を拭いて扉を開けると奴らが居た。
ニヤニヤしていた。
泣き腫らしたあとに気がつくと皆で笑い転げた。
……
頭が真っ白、なようでいて、意外と冷静にこの状況を受け入れた。
そうか。
この時のために泣いたのだ。
一人立ち尽くした。
永遠とも思える五分間。
夢から覚めた十分間。
孤独と向き合う一時間。




