業
穴を掘っている。
手から血が出ても、爪が剥がれても、止めるわけにはいかなかった。
腕が削れて無くなった。
足が蹴って掘る。
足も無くなれば舐めて、噛んで。
気づけば胴体だけ残った。
安堵する。
これで丁度いい。
実にいい。
まるでここに収まるのが定めだったかのようだ。
ん?
あれ?
誰か、居ないのか。
気づくのが遅かった。
誰が穴を埋めてくれるんだ。
声を出して人を呼びたいが、もう口が無い。
雨が降って来た。
馬鹿な。
何故このタイミングで。
やめろ。
やめろ。
望めば望むほど、雨の勢いは強くなっていく。
風も吹き荒れる。
地が裂け、天が割れ、宇宙に穴が空いた。
そんな。
誰がそれを望んだのだ。
しかし、それが最初からの定めだったであるかのように全てを飲み込み、まるで元から何も無かったかのように消えた。
これから何が始まるのか誰も知らずに。
サラダボウルだ。
作るのにどれほどの時間を要したか。
肉屋で肉を買った。
店員は目を合わせなかった。
それも定かでは無い。
こちらも見なかったのだから。
何の肉なのか?
本当に肉なのか?
材料が足りない。
魚屋……あった。
店員が居ない。
海にいる。
溺れている。
助けなくては。
しまった。
泳げない。
自分まで溺れるなんて。
息が。
もがけばもがくほどに沈んでいく。
海面には救助船が。
ここに。
ここに……い…………
………………
結局、何も無しには冒険することもできない。
無いなら作るしか無い。
命すらも。
ここにおいては、望めばすぐに存在される。
望まれて、存在させられる。
誰がそれをするのか?
海の底。
考えてみれば、そこは底ですら無い。
望みをかけるなら、更なる底。
引きずりこんでくれ。
掴まれた。
更に奥から。
手なのか、牙なのか、体に食い込んでくる。
血が海水に溶けていく。
だが、もうそれに縋るしかありえない。
連れて行ってくれ。
どこでもいい。
出来るなら、暖かいところへ……。
ゴボッゴボボボボ……。
砂で肺が埋まる。
引きずり込まれた先は海底火山だった。
やれやれ。
なんて捻りの無い。
ウンザリだ。
これ以上のウンザリはもう、嫌なんだ。
火山から何かが噴き出す。
これは……石油……。
噴出の勢いに乗って、脱出した。
海底油田だったのだ。
掘り当てた。
億万長者は、魚屋だった。
全ては彼のものだった。
戯れに溺れたふりをして見せ、海底火山に引きずり込むのだ。
石油を掘り当てたかのような錯覚を起こさせ、そののち希望を奪い去るのだ。
彼を讃える声が響く。
魚屋は店に戻る。
何を買えというのか。
顔を見なくても笑っているのが分かる。
嘲っているのが分かる。
背を向けて、歩き出した。
敗残者。
これ以上差し出すものも無いのに。
汚される誇りも名誉もありはしないのに。
大体料理も出来ない。
サラダボウルなど作れはしない。
包丁を買いに行かなくては。
買いに行くことが大切なのだ。
その後のことを考えても何の意味も無い。
ただ、向かえばいい。
誰もがそうしている。
意味は後から生まれる。
生まれさせられる。
包丁屋に着いた。
包丁屋というだけあって、さまざまな包丁が、何かを切り裂く時を待っていた。
店員も包丁だった。
包丁を売ってもらう。
全く生きた心地のしなかった。
だって彼は笑っていたのだから。
まるで運命を知っていたかのような顔で。
終わりの時は近い。
右手に包丁を握り、天を突いた。
足元の空間が無くなる。
地の底は、地の底の意味を失う。
出来たのは巨大な穴だった。
店員達が集まって来た。
巨大デパートだった。
全てを飲み込もうと、客を集めようと、この穴を作ったというのか。
包丁を突き立てる。
意味のないことに対抗するには無から生み出すしか無い。
空間が無いなら作れば良いのだ。
空に突き立てた包丁は、今この場この空間において確かな意味を作り出している。
店員達が笑う。
それでも諦めるわけにはいかなかった。
全てを飲み込み、デパートも店員も客も、そして穴も消えた。
しかしまた意味を持ってやってくるかも知れない。
いつまでも油断は出来ない。
残ったものは包丁だけ。
今のままでは対抗は難しい。
更に鋭く研がなくてはいけない。
買いに行かなくては。
砥石を。
砥石屋はどこだ。
どこにも見当たらない。
どこだ……。
どこにある……。
あてどもなく歩く。
穴に飲み込まれて消えていったのは知っていた。
それでも探さなくてはならなかった。
そうしなければ全て消えてしまうから。
買わせてくれ……。
買わなきゃ……。
いつまでも泣き声が油田に響いていた。




