表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛妻日記  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

第5話 妻の胸に芽生えた、小さな決意

【令和2年】


夕方の光が、障子越しにやわらかく部屋を染めていた。

信介はページをめくる手を、ほんの一瞬だけ止めた。


「……次、美咲さんの話みたいだ」


美緒は静かにうなずく。


「今までずっと、京介さん目線だったもんね」


信介は頷き、ゆっくりと次の行を読む。

そこには、いつもより少し整った、丁寧な文字が混じっていた。



【昭和50年】


『今日は美咲が、めずらしく長い時間、黙っていた。

夕飯のあと、日記を書いている僕の隣で、何かを考えている顔をしていた。』


その夜。

ちゃぶ台を片付けたあと、美咲は湯呑みを両手で包み込み、ぽつりと言った。


「ねぇ、京ちゃん」


「どうした?」


「私ね……この家を、もっと“帰りたくなる場所”にしたい」


京介は少し驚いた顔で美咲を見る。


「今でも十分だよ」


「ううん。

京ちゃんが疲れて帰ってきたとき、

“ああ、ここに帰ってきてよかった”って、もっと思ってほしいの」


美咲の声は穏やかだったが、その瞳には強い想いが宿っていた。


「お味噌汁の出汁とか、部屋の匂いとか……

そういう小さなことでいいから」


京介は、ゆっくりと笑った。


「美咲は、もう十分すぎるくらいやってるよ」


「でもね」


美咲は少しだけ視線を伏せ、続けた。


「京ちゃんが、私に“守る”って言ってくれたみたいに、

私も京ちゃんを守りたいの」


その言葉に、京介は何も言えなくなった。


ノートには、こう記されている。


『この人は、僕に守られているだけじゃない。

僕を守ろうとしてくれている。

それに気づいた夜だった。』



【令和2年】


信介は、深く息を吸った。


「……母さんも、父さんを守ろうとしてたんだな」


美緒は静かに言う。


「夫婦って、どっちか一方じゃないんだね」


「うん……

俺、母さんのこと、もっと知りたくなった」


ノートの次のページには、

“美咲が初めて書いた、短い一文”が貼り付けられていた。


それは、京介の日記とは別の紙だった。


『今日も、京ちゃんが無事に帰ってきますように。』


信介は、その一文を見つめながら、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


「……俺たちもさ」


「うん?」


「こういう関係でいられたらいいな」


美緒は、静かに微笑んだ。


「もう、なってると思うよ」


信介は照れたように視線を逸らし、

それから、また次のページをめくった。


そこには──

昭和50年の春、家族が増える予感が、そっと書き始められていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ