3・町
定吉先生と重太郎さんに宮本喜三郎の件を報告する。
「鳥取の脱藩者で、兄弟弟子で、狙いは兵助か・・・」
「これは意外でしたな、一連の辻斬りの目標がまさかの兵助とは」
「あと他の連中は水戸の者だろう。大千葉と水戸藩の繋がりもあるから、この一件やはり見過ごせませんな」
「引き続き頼む、出来れば捕まってくれると良いのだがな」
千葉道場を出て大手前の藩邸に戻る。
通常差している天正拵2尺3寸5分の波平から、肥後拵2尺1寸の無銘刀の美濃物にかえる。
この鞘は鯉口から栗型あたりまで左右が空いており、コの字になっている。
少しでも速く抜けるような鞘になっている。
波平の脇差も無銘の肥後拵の鎧通しに変えた。
長さは一尺だが刃の厚みが尋常で無い、脇差の倍は厚みがある。
右手に手首から肘まで細い鋼鉄が入った鉄甲をつける。
草履滑らぬように裏に突起をつけた自前の竹皮草履を履き、神田神社近くの煮売り屋まで出掛けた。
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「いらっしゃいませ!」
店の親父が元気よく迎えてくれる。ここは親父の腕も良く繁盛してる。
煮豆と煮魚と飯を頼む。
「はい、どうぞ!」
江戸は独り暮らしが多いのでこのような煮売り屋が多い、江戸では屋台は火事を警戒して禁止されているので煮売り屋が多いのも他には無い江戸ならではのものであろう。
煮物や酒を買えば場所を提供してくれると言う方式だ。
店を手伝う息子の弥彦を揶揄い飯を食った。
食い終わり神田神社に向かうと龍さんとさな子さんが居た。
何か言いあっている。相変わらず仲が良い。
「おう!兵助何やっちゅうが?」
「いつものお店?」
「飯食ってました。あとこの水路ちょっと見に来ました」
「奴らこれ使っちゅーわけか?」
「たぶん」
「ちょっと広いわね」
「ただ、狙いは俺と分かったのでやりようはありそうです」
「無茶だけはするなや」
「そうです!坂本様も兄上も居ますから!」
「ありがとうございます」
龍さんとさな子さんと別れ藩邸に戻る。
途中の団子屋で団子を2本買う。
毎日のように買っているので親父とも顔馴染みだ。
なかなか江戸の生活も板に付いて来た。
日本橋の呉服店大越屋の前を通ると、店の中から呼び止められた。
「これは田中様!お立ち寄りください!これ、お松や!茶だ!」
数ヶ月前にここの店が押し込み強盗に入られていたのだ。
ちょうど藩用で夜中に通りかかった兵助は夜分にしてはおかしな物音を不審に思い、店を探ると3人の賊が押し込んでいたのを確認し、縛り上げた店主達を処分しようとした時に踏み込み一瞬で切り捨てた。
その後はちょくちょく呼ばれたりするようになった。
兵助の父は算盤侍と言われるほど計算が得意であった。その息子の兵助も得意で天涯孤独なのを知った大越屋は、一人娘のお松を兵助の嫁にしようとしている。
「田中様には大変失礼でございますが、この不安定なご時世お先はどうなるか分かりません。必ず商人の時代が来ますので店に来て下さい」
先日、大越屋に面と向かって言われた。
よくよく兵助も考えてみると、別に武士にこだわりがある訳でも無い。ただ何か人生の折り目が欲しい気がする。それを伝えると大越屋は嬉しそうに「お待ちしております」っと答えた。
大越屋が普段着を仕立ててくれたので着替えてみる。
お松が嬉しそうに兵助の世話をしている。
なかなか渋めの藍色だ。
大越屋に礼を良う。
「江戸は最近また物騒ですな、ウチでも腕っぷしを3人雇いましたよ」
それが俺のせいでもあるとはとても言えない。
「そうですね、大越屋さんも夜は出歩かないようにして下さい」
「黒船が来てから何か嫌なご時世になりましたなぁ」
「ほんとですね、そこからですね」
これは剣士ならではの感覚なのかも知らないが、時代のうなりを感じる。
何か大きく変わりそうな力を兵助は感じていた。
お松に見送られ店を出た。
神田橋から周り藩邸へ戻った。




