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神獣の調力師  作者: サンショウオ
第1章 アンスリウム
9/22

9 平穏な日々の終わり


 あの日以来活発で元気な娘だったパティは、ふさぎ込み考え込む事が多くなっていた。


 それはそうよね。


 あんなものを目撃してしまった私だって、色々思うところはあるもの。


 でも、重圧に負けて拙い事を口走らなければいいが、もし、そんなことになったら何が起こるか分からない。


 ここはもう一度念を押しておく必要がありそうね。


 そして1日の仕事が終わり夕食の席でそっとパティの隣に座ると、さりげない風を装って話しかけた。


「パティ、分かっているとは思うけど」

「え、ええ、分かっているわ。だから、もう私に構わないで」


 随分嫌われてしまったが、あんな秘密を洩らされるよりはよっぽどましだ。


 その日以来、日に日にやつれていく姿に心配になった私がパティに近寄ろうとすると、何故か怯えた表情で逃げられていた。


 その姿を見た他者からは、私がパティをいじめているように見えたようだ。


 私はシーモアさんに呼び出しを受けた。



 目の前には、机を「トントン」と叩き、いら立ちを表現しているシーモアさんがいた。


「他の見習い達から、お前がパティ・ラッセルをいじめていると報告を受けたわよ」

「えっ」

「とぼけても無駄よ。複数の者から同様の報告を受けているし、現にパティは気の毒に見えるほどふさぎ込んでいるのよ。可哀そうだとは思わないの?」

「あの」


 するとシーモアさんは深くため息をついた。


「アリソン見習いは、今日から懲罰房で寝起きするように」


 懲罰房とは寮の中にあるいわゆる倉庫で、埃っぽい場所でたった1人で寝起きする事を意味していた。


「はい、分かりました」



 それから私は意図的にパティから離されてしまったので、ふさぎ込んだパティが拙い事を口走らないか監視する事が出来なくなった。


 私はパティが拙い事を漏らしませんようにと祈りながら日々を過ごしていると、ある朝、私が寝泊まりする倉庫の外が騒がしいので目が覚めた。


 なにがあったのだろうとガウンを着て廊下に出ると、こちらに走って来る人影があった。


「ねえロミー、何があったの?」


 ロミーは何時も私にいじわるをしてくるパティと何時も一緒に居るのに、今は一人のようだ。


「パティが何処にも居ないのよ」

「え、なんで?」

「そんなのこっちが聞きたいわよ」


 まさか、あの事を誰かに話したんじゃ?


 もし、そうだったとしたら大変な事態になってしまうわ。


「あんたも暇そうなら、捜索に協力してよ」

「ええ、分かったわ」


 私は前日の事を思い返しながらパティの捜索に加わった。




 私が捜索に加わって暫くして、パティ・ラッセルが大聖堂正門内の中庭にあるアマハヴァーラ神からこの大地の管理を任されたという始祖の像の傍で見つかった。


 見つかったパティに外傷は無く眠っているように見えたが、実際は亡くなっているそうだ。


 彼女には色々嫌味を言われたりしたが、もう二度とその憎まれ口が聞けないと分かると寂しくなって、少し離れた場所から手を合わせて冥福を祈る事にした。



 パティの死因が分からず数日が経つと、実は神からの神罰を受けたのではないかという噂が大神殿内に広まったのが原因なのか、それまでなおざりだった原因調査に本腰が入れられるようになった。


 そして私は下級神官見習いの指導役であるシーモアさんに多目的室と呼ばれる罰部屋に呼び出され、厳しい視線にさらされていた。


 何故見習い達に罰部屋と呼ばれているかというと、この部屋で指導役の下級神官から罰を言い渡されるからだ。


「アリソン、周りの見習い達から聞いたのだけれど、パティがふさぎ込むようになったのは、お前とパティが普段は担当しない倉庫の清掃をした日からだそうね?」


 私はそう質問されて背中に冷たい汗が流れ落ちた。


 動揺しては駄目よ、アリソン。


 これはシーモアさんがこちらを探っているのだから、何を言われているのか分からないといった表情で切り抜けないと疑われてしまう。


 ここは何も知らないふりをしておく方が正解よ。


「え、そうなのですか?」


 シーモアさんは何処まで知っているのだろう?


 立ち入り禁止の場所で見つけたあれが本物の大神官だったとして、その事実をシーモアさんが知っていたら既に私は口封じをされている筈よね。


 なら、否定するか?


 パティがシーモアさんに話していてシーモアさんがその犯人の一味でなかったら、今頃は大騒ぎになっているはずよね?


 でも、そんな騒ぎは起こっていない。


 という事は、シーモアさんも大神官の件に関わっている1人で、少しでもおかしな素振りを見せたらパティと同じように口封じをされてしまうかもしれない。


「それでは、パティがふさぎ込むようになった理由は分からないという事?」

「はい、何も分かりません」


 シーモアさんにじっと見つめられたが、私はあくまでも何が何だか分かりませんとい素振りを続けると、ついに諦めたようだ。


「そう、分かったわ。行っていいわ」

「はい、ありがとうございます」


 アリソンは、シーモアさんに一礼して多目的室を出て行った。


 パティが何も話していなければ、これで私への疑いは解消したはず、よね?


 そこではっとなった。


 シーモアさんは今回の尋問内容を報告書として記録するだろうし、そうなればいつどこで犯人にそれを読まれるか分からない。


 犯人は報告書を読んで、こいつは何も知らないと見逃してくれるだろうか?


 それとも疑わしきは消せと思うだろうか?


 そうなったら何時何処で襲われるかわからないし、夜安心して眠る事も出来ないだろう。



 そんな不安を抱えていると、悪夢を見るようになった。


 びっしょり汗をかいて飛び起きると、しんと静まり返った倉庫にいままで聞いたことが無い音が聞こえてきたり、さっと冷たい空気に頬を撫でられたような気がした。


 そこでようやく自分が、目に見えない暗殺者におびえているのが分かった。


 私だってこれだけ怖いのだ。


 パティだって恐怖心から心神喪失になり、そこから逃れるため自ら死を選んだとしてもなんら不思議ではないが、自殺に見せかけた暗殺の可能性も捨てきれないのよね。


 それからはちょっとした音も気になるようになり、やがて不眠症になった。


「ねえアリソン、そこ、ゴミが残っているわよ」


 私はロニーにそう指摘された先にゴミが残っているのを見つけて、掃除をやり直した。


「ちょっと、しっかりしてよね。いい加減な掃除をすると皆がシーモアさんに叱られるのよ」

「はい、ごめんなさい」


 私は不眠症からくる集中力不足で、失敗が多くなっている事を自覚していた。


 これは拙いと何とか眠ろうとしたが、しんと静まり返った倉庫に「コトン」とか「カチャ」とか音が聞こえて来ると、それが気になって目がさえてしまうのだ。


 このままでは倒れると思った私は、自分にとって安心できる場所はもうあそこしか思い浮かばなくなっていた。


 そして粗末な寝具から起きて服を着ると、扉に耳を当てて廊下に誰も居ない事を確かめてから部屋の外に出た。


 消灯後の廊下は窓から入ってくる僅かな明かりだけを頼りに、壁伝いに歩いて行った。


 そして倉庫の中に入ると神眼を開いてガイア様の神域に入った。


「ん、どうした調力師の子よ」


 そこにいるガイア様はとても大きく、そしてとても頼もしく見えた。


 アリソンはようやく心の平穏を感じると、ガイア様に頭を下げた。


「ガイア様、御前を騒がせてしまい誠に申し訳ございません。ですが、安心できる場所がここしか思いつかなかったのです。ご無礼な事は重々承知しておりますが、少しの間だけここに居させてください」

「ふむ、好きなだけ居るとよい」

「ありがとうございます・・・」


 アリソンは礼を言いながら既に意識がなくなっていた。



 そしてようやく寝不足を解消してすっきりとした気分で目が覚めると、目の前に心配そうに自分を覗き込むガイア様のお姿があった。


 慌てて起き上がると、既に掃除の時間に遅刻しているのに気が付いた。


「あっ」

「アリソン、どうしたのだ?」

「あ、朝の仕事に遅刻したようです」

「ほう、そうか」


 もうこうなったら怒られるのは確定なので、ガイア様の調力をしてから戻る事にした。


「ガイア様、せっかくなので調力をしてもよろしいでしょうか?」

「うむ、頼む」



 アリソンが倉庫に戻って来ると、周囲でアリソンの名を呼ぶ声が聞こえてきた。


 +++++


 メラニー・シーモアは頭を抱えていた。


 下級神官見習い試験の日、私はあの問題児を補欠合格にした事を今も後悔していた。


 あの日、審査官の担当が私では無かったら。


 あの日、他の受験生が急遽欠席になっていなかったら。


 あの日、あの娘に何か秘められた力があるなんて妄想を抱かなかったら。


 あの娘を補欠合格になどしなかったはずなのだ。


 あの娘は、度々仕事をサボる問題児だった。


 このことが上級神官に伝わったら、私の出世にも影響するだろう。


 ああ、この汚点をなんとか無かった事に出来る、都合が良い事でも起こらないかしら?


 いやいや、他力本願はいけないわね。


 早いうちにあの娘を厄介払いする方法を考えなくては、私の神殿内での評価が下がってしまう。


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