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神獣の調力師  作者: サンショウオ
第1章 アンスリウム
7/22

7 カラス


 その日、私はシーモアさんの呼び出しを受けていた。


 シーモアさんの執務室に向かいながら、またなにか目を付けられる事をやってしまっただろうかと色々考えたが、どうしても思い当たるふしがなかった。


 そこで私は何もやっていないと胸を張ると、シーモアさんの執務室のドアをノックした。


 中からシーモアさんの声が聞こえたので、扉を開けて中に入った。


「失礼します。シーモアさん、何か御用でしょうか?」


 私が声をかけると、シーモアさんはそれまで読んでいた書類から視線を上げ、にやりと笑みを浮かべた。


「この書類を東棟のフィランダー・エイミスに届けてきて」

「フィランダー・エイミス様、ですか?」


 私は聞いたことが無い名前に首を傾けると、シーモアさんが補足してくれた。


「アマハヴァーラ教の強制懲罰部隊の事務長よ」


 私はシーモアさんからその名前を聞いた途端、背中に汗が噴き出していた。


 それは、リドル一族にとっては里を焼かれた不俱戴天の仇なのだ。


 そして連中はどんな手を使っているのか不明だが、リドル一族を見分けるのだ。


 そんな奴らの所に行くのは死地に向かうのと同義なので、何としても拒否したかった。


「何故、私が? 他の方に命じては?」


 シーモアさんは、私が嫌がるのを面白がっているようだった。


「普通の仕事だと貴女はサボるでしょう。だからサボれないようにこうして雑用をさせるのよ。いいから、さっさと行ってきなさい。彼らは礼拝堂の先にある東棟だから間違わないでね」


 どうやら拒否は出来ないようだ。


「・・・はい、分かりました」


 私は渋々シーモアさんが差し出した手から書類を受け取ると、それを持って気が進まないまま東棟に向かった。


 アリソン達が住む西棟は生活感がある温かい雰囲気だったが、中央棟は信者が来る場所でもあり装飾品があふれ華やかな場所だった。


 そして礼拝堂の先にある東棟に入ると、次第に足の運びが遅くなった。


 これはいけない、何か気を紛らわせるものは無いかと周囲を見回すと、壁に男達の肖像画が並んでいた。


 それは強制懲罰部隊の歴代将軍の肖像画が、古い順に並んでいた。


 そして肖像画の最後が、こめかみに刀傷がある四角い顔に黒いちぢれ髪の男だった。


 ゲイブリエル・ソール、リドル一族の里で虐殺を行った実行犯だ。


 思わずゴミ箱にでも捨ててやりたい衝動をなんとか抑えて、歩いて行くと今度は壁に両刃の剣やらメイス等の武器が飾られていた。


 それらを眺めながら進んで行くと、今度は鎖のついた拘束具が現れ使い方も分からない変な物まで飾ってあった。


 何に使うんだろうと首を傾げていると、突然耳元で声が聞こえて驚いて飛び上がると、はずみで目の前の壁に飾ってあった物を落としてしまった。


 振り返ると、そこにはガタイの良い男が立っていた。


「見習いがこんな所にくるのは珍しいな。お前が見ていたのは拷問用の器具で、異教徒の穴に入れて使うんだ。苦悶の表情やら絶望的な悲鳴は実に心地よいんだぞ」


 えっ、穴?


 穴ってどこの?


 いや、そんな事よりもさっさと用事を済ませて、こんな所からは逃げ出すのだ。


「失礼しました」


 慌てて落としてしまった物を拾おうとすると、声をかけてきた男がそれを手で制してきた。


「あ、いいよ、俺がやるから」


 そして体をかがめて床に落ちた物を拾うと、元の場所に戻さずに私に見せてきた。


「こうやって使うんだぜ」


 そう言うと、取ってを握っ手を握ってそれを捩じると、先端がぱっと開いた。


「ああ、おもちゃの傘だったのですね」

「傘、ねえ。これは口の中に突っ込んで開くんだよ」

「えっ」


 私は思わず両手で口を塞いだ。


 私は自分がそうされる場面を思い描いてぞっとした。


 そして何とかこの場所から逃げようとすると、それを遮るように別の男がやってきた。


「おい、まさか、見習いを連れ込んだのか?」

「違う、違う。珍しく女の子がいたから、つい揶揄っただけだ。これはアマハヴァーラの神官には使わないから、心配しなくてよいぞ」


 今は私の事を味だと思っているから友好的だが、正体がバレたらどうなるか分からない。


 早く逃げ出さなきゃ。


「あの、事務長さんにお届け物があるのですが、どちらに行けばよろしいですか?」

「うん、事務長って、エイミスの事か?」

「はい、フィランダー・エイミス様です」

「ああ、分かった。案内してあげるから付いてきて」

「ありがとうございます」


 そして案内された扉をノックすると、直ぐ返事が返ってきた。


「入れ」

「失礼します」


 私が扉を開けて中に入ると、無骨で大きな執務机の向こう側から髪が長い目の下に隈がある男が顔をあげた。


「誰だ?」


 男の冷たい視線を受けて怯みそうになったが、何とか耐えた。


「シーモア下級神官様からのお使いで来た、ただの見習いです」

「ふっ」


 こいつ鼻で笑いましたね。


 まあ、こちらもお近づきになりたくないので、それは構わないんだけどね。


 私は出来るだけ目を見られないように注意しながら男のテーブルに近寄ると、そっとシーモアさんから預かった手紙を置いて一礼した。


「それでは失礼いたします」

「待て」


 もう、何だって、この部隊の連中は誰もかれもが、私を呼び止めるのよ。


 そっと男の顔を見ると、じっとこちらを見つめていた。


 まさか、私がリドル一族だとバレた?


 背中に嫌な汗が流れたが、何とか平静を装って振り返った。


「なんでしょうか?」


 カラカラになった口の中から、かろうじて声を押し出した。


「当番兵、この見習いにお茶でも出してやれ」

「はっ」


 部屋の外に控えていた兵士がそう言うと、慌てて出て行った。


 私はゴクリと唾を飲み込んだ。


 まさか油断させておいて、これから尋問をするつもりなの?


「そこに座れ」



 私は何をしているのだろう?


 目の前の男は、先ほどまでの冷たい視線が嘘のように、とても友好的な顔で話しかけて来るのだ。


「いやあ、助かったよ。仕事が山積みでね。休憩するきっかけが欲しかったんだ。お茶、もう一杯どう?」

「いえ、あの」


 そういう事に、私を巻き込まないでよ。


 逃げ出すタイミングを逸した私は、この男に付き合わされていた。


 そしてしばらくすると、部屋に来客があった。


 扉をノックする音にエイミスが反応すると、入って来た男の顔を見て戦慄が走った。


 それはあの肖像画にそっくりだったのだ。


 私はその姿を見て、ぶわっと鳥肌が立つのを感じた。


「エイミス、ちょっといいか?」


 私は、ここが最後のチャンスだと思い行動した。


「あ、それでは私はこれで失礼します」


 そう言ってエイミスに一礼すると、一目散に逃げだした。


 拙い、ゲイブリエル・ソールに顔を見られた。


 あの男はリドル一族を見分ける事ができる危険があったが、一瞬だったので感づかれていないと思いたい。


 怪しまれないように東棟から一刻も早く脱出しようと、必死に走らないように注意しながらも、急ぎ足で廊下を歩いて行った。


 +++++


 エイミスはせっかくの話し相手が居なくなって残念に思っていると、ソールが声をかけてきた。


「エイミス、お前、そういう趣味だったのか?」

「待て、俺はただ、息抜きをしたくて付き合ってもらっていただけだ」

「ほう、それにしても見習いが来るなんて、珍しいな」

「ああ、只の使いだよ」


 エイミスがそういと、ソールは何か考え込んでいた。


「さっきの女の子の名前は?」

「ん、ああ、確かアリソンとか言っていたぞ」

「どこの所属だ?」

「所属って、まだ見習いだからシーモアの所だと思うぞ」

「そうか・・・」


 ソールは何か考えながら、見習いが出て行った扉をじっとみつめていた。


 エイミスはせっかくの休憩を邪魔した男に声をかけた。


「おい、何か話があるんじゃなかったのか?」

「ん、ああ、モステラ地方の魚人族掃討計画の進捗は、どうなっているのかと思ってな」

「あいつ等を討伐するには海から引っ張り出す必要があるが、ようやくその目途がたったところだぞ」

「素晴らしい。ディフェンバキア地方のドワーフ共は?」


 この男は、本当に職務に忠実というか、容赦が無い男だな。


「ああ、連中には酒があれば何とでもなるからな、連中を狂わす特別な酒の調合が出来たところだ」

「ほう、ではユッカ地方のエルフ共は?」

「あいつ等は今の所敵対してないからな。静観で大丈夫だろう」

「そうか。亜人共は、我らがアマハヴァーラ神を認めない異教徒だからな。徹底的に排除しなければならん」


 ソールは懲罰部隊の施策に大いに満足すると、目の前のお茶を飲み干した。


 そのタイミングでエイミスが尋ねた。


「リドル一族という連中も根絶やしにしたと思ったら、今度は亜人か。ソールは働き者だな」

「リドルか・・・連中にはまだ生き残りが居るような気がするんだ。こちらももう一度捜索する必要がありそうだな」


 そういうとソールはニヤリと笑みを浮かべた。


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