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神獣の調力師  作者: サンショウオ
第3章 モステラ
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58 荒れる議会1

 

 アンスリウムの大神殿内で工業担当の特級神官テレンス・バウアーは、補佐官のクレイグ・ティンダルからの報告を聞いていた。


「なんだ、センシブルの奴は、ユッカの王家から金貨200万枚の損害賠償を請求されているのか。くっくっくっ、これは面白い」

「はい、どうやら巡行で送った下級神官がユッカ王家の国宝を棄損したようです」


 バウアーは補佐官の顔を見たが、どうやら冗談ではないらしい。


「なんて馬鹿なやつなんだ。大方、達成困難な巡行を命じられた神官が意趣返しのためにやったのではないか?」

「ええ、私もそう思います」


 バウアーは腹を抱えて笑っていると、同じように笑っている補佐官がさらに口を開いた。


「まあ、カルテア巡行なんて大神殿で勤務する神官は誰でも知っている失敗案件ですからね。命令を断れない下級神官にやらせたのでしょう。本当に可哀そうな事をしますよね。私も同じ目にあったら絶対意趣返しをしてやろうと思いますよ」


 バウアーは、ニューウェルとの泥仕合になった場合の救済案として、センシブルのこの案件を利用しようと考えた。


「カルテア巡行は引き続き情報を集めるのだ」

「え、それはユッカでの情報収集という事ですか?」

「ああ、多少でもこちらに有利になる情報があるかもしれないだろう」


 そう言うとバウアーはにやりと笑みを浮かべた。


 これでニューウェルと協力すれば、泥仕合を避けて問題を他にすり替える事が可能だ。


 +++++


 アンスリウムの大神殿では、神国の国家運営のため特級神官達が集まって議論をする国家運営会議が始まろうとしていた。


 円形になった会議テーブルには既に農畜産業担当のニューウェル特級神官、工業担当のテレンス・バウアー特級神官、治安担当のクレイグ・ティンダル特級神官が着席していた。


 ロドニーはご同輩達に軽く会釈をすると自分の席に座った。


 やがて残りのメンバーが会議室に入って来ると、その中にいたジェレマイア・スパージョンが深刻な表情をしているのに気が付いた。


 全員が席に座ると、議長のジェレマイア・スパージョン特級神官が会議の開催を宣言した。


「それでは始めよう、今回は由々しき事態が発生したのでその問題を重点的に議論したい。ティンダル特級神官、頼む」

「はっ、それでは私の方から報告させていただきます。我らがアンスリウムの地に魔獣が発生しました」


 治安担当のクレイグ・ティンダルがそう言うと、参加者の口から息を飲む音が聞こえてきた。


「そもそも魔物という存在は、他の地方と比較してみれば分かるが、環境が悪化すると発生するらしいと言われています」

「つまり、神に愛されている筈のアンスリウムの環境が、悪化しているとでも言いたいのか?」


 ニューウェルのその質問にティンダルは頷いた。


「その通り。他の地方の状況を鑑みるに、作物の不作、天候の悪化、魔物の跳梁跋扈といった現象が報告されている」


 ティンダルが説明しながら農畜産担当の顔をみたので、スパージョンもその意味を理解しニューウェルに質問した。


「ニューウェル特級神官、今年の農作物の収穫予想量はどれくらいかね?」

「中央は豊作なのですが、地方が少雨のため収穫量がかなり落ちています。差し引きで考えますとおおよそ1割ほど減少するだろうという予想です」

「つまり、地方の環境が悪化していると言う事なのか?」


 スパージョンがそう言うと、ティンダルが同意するように頷いた。


「はい、魔獣が現れているのは辺境の地ですので、その予想は合っていると思われます。

「辺境というと、その辺には鉱山もあるのではないか?」


 スパージョンは工業担当に発言を促した。


 だが、先に口を開いたのは財政担当のコリン・アーチャーだった。


「そういえば工業担当の経費が増えているな。バウアー殿これは何かね?」

「鉱石輸送隊が襲われるのだ。その対策費用だよ。その襲撃犯が魔獣だといいうのなら、治安担当の責任範囲だと思うのだがなぁ」


 工業担当のテレンス・バウアーはそう言って鋭い視線を送ると、睨まれたティンダルの顔がさっと赤くなった。


「私が何もしていないとでも言いたいのか?」

「違うのか?」


 そこで言い合いになるかと思ったが、ティンダルは意外と冷静だった。


「環境が悪化する原因として、疑神石というものが関係していると聞いたぞ。そう言えば、バウアー殿は随分得意そうにマジック・アイテム製造装置にこの石を使っていると吹聴していなかったか?」

「な、ちょっと待て、つまりその疑神石を使ったせいで環境が悪化したとでも言いたいのか?」


 その放言にバウアーは顔を真っ赤にして怒ったが、ティンダルは涼しい顔をしていた。


「違うのか?」


 ティンダルの挑発的な物言いに、バウアーはニューウェルを指さした。


「その石ならニューウェルだって使っているぞ」

「何、それは真か?」


 ティンダルとバウアーの言い合いをじっと聞いていたスパージョンが、直ぐにニューウェルに視線を送った。


 だが、自分の身に火の粉が降りかかったにもかかわらず、ニューウェルは平静を保っていた。


「疑神石を使って中央の収穫量を上げたからこそ、全体で1割減で済んだのですが?」


 ニューウェルは、それのどこが問題なのだと言わんばかりの態度だった。


 すると、バウアーも畳みかけてきた。


「ユッカや他の地方は疑神石を使う前から環境が悪化していたぞ。何故、疑神石が環境悪化の元凶のような言い方をするのだ?」


 ロドニーは議論の内容がティンダル対バウアー、ニューウェルの対決になったところで、今日の会議はこのまま終わるだろうと考えた。


 だが、その予想はバウアーの次の言葉で覆された。


「憶測の議論はこのくらいでいいのではないか? それよりも重大な問題が発生しているはずだぞ。なあ、センシブル殿」


 バウアーがそう言って、俺に向かって笑みを浮かべてきた。


 こいつは何を言っているのだ?


「なんだ? バウアー殿、もったいぶっていないで内容を話したまえ」


 バウアーはまるで重大な秘密を明かすかのように、一同を見回してから口を開いた。


「ユッカ王家から金貨200万枚の賠償金と謝罪を要求されているのではないのか?」


 その一言でそれまでの議論が嘘のように静まり、全員の視線が自分に集まった。


 くそっ、大人しくしていたのに、これでは俺の事が議論の中心になってしまうではないか。


 だが、何故バウアーが知っている?


「金貨200万枚だと、センシブル殿、どういう事だ?」


 スパージョンの鋭い声が響いた。


 周りの特級神官達の鋭い視線が自分に突き刺さっていた。


 くそっ、これ以上黙っていたら俺の失点になってしまうぞ。


「確かにそのような言いがかりをされておりますが、現在、そのような暴挙に出たユッカ側の内情を調べている段階です」

「それは身に覚えが無いと言いたいのか?」


 スパージョンのその問いに、その通りだと頷いた。


「現在、バシュラール神殿に問い合わせをして、回答を待っている段階です」

「それにしても賠償額が尋常じゃないぞ。一体何を言ってきたのだ?」


 ロドニーがなんとか軽微な問題にしようとしてみたが、スパージョンの興味は逸れなかった。


 そこでもう少し情報を出すことにした。


「ユッカの国宝を棄損したと言ってきました」

「ユッカの国宝?」

「ええ、ですが、その犯人だとされる人物は、確かに大神殿所属なのですが、ユッカの地に足を踏み入れた事は一切無いと断言しています」


 それを聞いてスパージョンは眉を顰めた。


「どういう事だ?」

「どうやらアンスリウムの神官の名を騙る詐欺師に、騙されたのではないかと考えています」

「つまり、その賠償金を払う必要は無いという事か?」

「はい、きっと詐欺師に騙された事が悔しくて、言いがかりをつけてきたのでしょう」


 ロドニーの説明にスパージョンは、ようやくほっとした顔になった。


 良し、どうやら納得してくれたようだ。


 だが、バウアーとニューウェルは笑みを隠さない。


「本当に詐欺案件だったらいいがな」

「そう言えば、巡行と称して神官をユッカに送り出していたよな?」

「何が言いたいのだ?」


 くそっ、こいつら、憶測で物を言いやがって。


「いや、ユッカが言っているように、アンスリウムから神官がバシュラールに行っているじゃないか」

「その者は、バシュラールまで辿り着けなかったと報告を受けている」

「亡骸を確かめたのか?」

「・・・いや」


 そこで再びスパージョンが口を開いた。


「そもそもユッカは我が国から食料支援を受けていたのではないのか? こんな事をして我が国の心象を悪くしたら、食糧支援が絶たれる危険があるだろう? その危険を冒してもなお、これほど強気で我が国を脅迫してくる理由は何だ?」


 スパージョンの疑問に誰もが沈黙を貫く中、いつもは目立たない1人の男がそっと口を開いた。


「少しよろしいでしょうか?」


明けましておめでとうございます。

今年が皆さまにとって良い年になるよう願っております。


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