56 レアムバルの町2
エリアスが目を見張っていると、目の前の女神官が説明を始めた。
「ユッカでは疑神石を魔樹から町を守る結界に使っていました。疑神石は環境を悪化させる元凶なのです。そのせいで魔樹からの圧力が日増しに強まっていました。伯爵様も身に覚えがあるのではありませんか?」
エリアスは、疑神石の営業にやってきた男の顔を思い出していた。
あの野郎、俺にとんでもない物を売りつけたのか?
「つまり、ドライウォールの動力源に疑神石を使ったから、ノームの圧力が強まったと言う事なのでしょうか?」
「ええ、その通りです。私から言える忠告は、この町を守りたいのなら今すぐ疑神石を廃棄して魔法石に切り替えなさい、という事ですね」
エリアスは魔法石がアンスリウムの特産品だという事を知っていて、やっぱりアマハヴァーラ教の連中は守銭奴なのだと思い知った。
「ふん、魔法石はアンスリウムの特産品でしたな」
すると女神官は、一瞬驚いた顔になった。
「それなら魔石でもいいのですよ。それなら、魔魚からいくらでも取れるでしょう?」
エリアスは、目の前の神官の真意が分からなくなって後ろに控えていたカルドナに小声で質問した。
「カルドナ、お前はこの女神官はモステラの神官と同じ守銭奴だと思うか?」
「いえ、このお方は、部下の怪我を無償で治してくださいました」
するとアンスリウムの神官は、モステラのそれとは別物なのか?
エリアスは一つ咳ばらいをすると、伯爵という威厳を高めるため姿勢を正した。
「神官様、忠告感謝いたす。本日はご足労頂いてお礼を申し上げますぞ」
「いえ、あ、疑神石の廃棄は地中深く埋めて下さいね。さもないとこの町を襲う危険は減りませんよ」
「うむ、分かった」
あれ? 心づけの話をしてこないな。
兵の治療も無償だったようだが、もしかして金を要求してこないのか?
いや、タイミングを見計らっているだけかもしれない。
少し、慌てさせてみるか。
「神官様、呼びつけてしまって申し訳なかった。街中での自由は保障するので後は勝手してもらって構わないぞ」
「そうですか。ありがとうございます」
そして神官はすうっと、立ち上がったのだ。
え、本当に謝礼は要らないのか?
だが、女神官はそれ以上何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
エリアスは使用人に案内されて部屋を出て行った女神官の後ろ姿を見送った後で、背後に控えていたオルティスに声をかけた。
「オルティス、どう思う?」
「カルドナの話では、破城魚が現れて町がノームに飲み込まれようとした絶体絶命の場面で、その原因を排除してくれました。それが無ければ今頃我々は魔魚の餌になっていたでしょう。そんな大恩を受けておきながら、謝礼も渡さないのはどうなのかと思います」
エリアスの知っているアマハヴァーラ教の連中は、守銭奴のような奴らか自分達の利益のためなら他人の事など気に掛けないクズばかりなのだ。
「だが、魔宝石を使えと言っていたぞ」
「ええ、でもその後で魔石でも構わないとも言いましたよ。魔石であれば魔魚から採れますので、商業ギルドでいくらでも手に入るでしょう」
オルティスにそう言われて、自分が知っている神官がモステラに居る連中だけだった事に気が付いた。
ひょっとしてアンスリウムの連中は違うのだろうか?
「疑神石が問題だと思うか?」
「はい、その可能性はあります。ドライウォールの動力源を疑神石に変えてから、ノームの圧力が強まったように感じていました」
「・・・そうか」
こうなってくると謝礼を渡さない代わりに神官殿が言っていた疑神石を廃棄しなければ、忘恩のそしりを受けそうだな。
+++++
商業ギルドの執務室でデスタバン・ヒスベルトは思い出の品を指で弄りながら、最後はノームに飲み込まれて窒息するのか、魔魚に喰われるのか考えていた。
苦しみもがきながら息絶えるのは辛そうだし、魔魚にかみ砕かれるのは痛そうでもっと嫌だと思っていると、廊下を走る足音と扉を開ける「バン」という乱暴な音が響いた。
その音に慌てたデスタバンが手に持った思い出の品を慌てて背中に隠すと、入って来たのは受付嬢だった。
「ギルマス、奇跡が起こりました」
「奇跡?」
「はい、ノームが割れ、破城魚が爆散しました」
デスタバンは興奮した受付嬢の言葉の意味が理解できなかったが、自分が助かった事だけは分かった。
+++++
領主館を出た私は大きく深呼吸した。
ユッカの事もあって、権力者という人種に苦手意識をもってしまったのだ。
レアムバルの町を目的地に向けて歩いていると、ガイア様は完全に馬に擬態しているようで話しかけてくることは無かった。
「ええっと、天秤の看板、天秤の看板っと、あ、あれね」
町中の看板を見ていると、天秤を象った商業ギルドの看板をみつけた。
ユッカの神殿で巡行費用を貰えなかったので、この町で手持ちの品を売って現金を増やしておきたかったのだ。
商業ギルドの扉を開けて中に入ると、ロビーに居た商人や町人が一斉にこちらに視線を向けてきた。
まあ、私は神官服を着ているから商業ギルドには場違いな人間なのだろうことは察する事が出来た。
変な人に絡まれる前に用事を済ませてしまおうと、目に付いた受付に急いで向かった。
私と目が合った受付嬢は、少し引き攣った笑顔をみせていた。
「えっと、神官様、ここは商業ギルドですが?」
明らかに場違いですよと言われているようだが、ここは聞き流す事にした。
「あの、買い取りはしていますか?」
「え、あ、はい、一応行っております」
そこで私は、カウンターの魔石と甲羅草を置いた。
真っ先に受付嬢の注意を引いたのは、ひと際大きな魔石だった。
「え、神官様があの破城魚を退治したのですか?」
ああ、あの大きいのはそう呼ばれているのね。
受付嬢の声を聞いてロビーに居た人達がざわめきだした。
場が騒然となった事で自分の失態に気が付いた受付嬢は、バツの悪そうな顔になった。
「すみません。あの、奥に来ていただけませんか?」
まあ、騒ぎになってしまったから、これは仕方が無いわね。
「はい、分かりました」
そして案内された部屋で、鑑定の続きが始まった。
「この魔石は、マジック・アイテムの動力源にはしないのですか?」
何だろう、モステラでは普通に使うマジック・アイテムでもあるのだろうか?
「マジック・アイテムとは何の事ですか?」
「え?」
受付嬢の驚いた顔を見て、私はモステラの常識を何も知らない事を自覚した。
「神官様、ノームの中この町までどうやって来られたのですか?」
どうって、ガイア様の神域の中って、ああ、そうか。
「私は結界魔法が使えますから、その中に入って来たのです」
まあ、嘘ですけどね。
「ああ、そうだったのですね。モステラで移動する場合は携帯型のドライウォールを使うのです。そしてその動力源として魔石を使うのです」
ああ、そう言う事ね。
次に甲羅草を鑑定した受付嬢は、再び驚きの声を上げた。
「え、こちらを何処で?」
「ユッカで採集してきたのですが?」
「えっ」
私がユッカで採集したと言うと、受付嬢がまた驚いた。
「あ、あの、すみません、神官様はユッカから来られたのですか?」
「いいえ、アンスリウムからユッカを経由して此処に来たのです」
「えっ」
また驚かれてしまいました。
「あの、少しお待ちいただけますか?」
「ええ、構いませんけど」
暫く待っていると、戻って来た受付嬢は身なりの良い初老の男性を連れてきた。
「神官様、こちらは商業ギルドのギルドマスターです」
「デスタバン・ヒスベルトと言います。よろしくお願いします」
初老の男性がそう挨拶してきたので、私も挨拶を返すことにした。
「私は、アンスリウム大神殿所属のアリソン下級神官です」
「アリソン殿、まずはこの町を救って頂きましてありがとうございました」
やはり、あの破城魚というのは危険な相手だったのね。
「とんでもありませんわ」
「それにしてもアリソン殿は1人のようですが、護衛とかは連れて居なのですか?」
「ええ、1人で旅しています」
正確にはガイア様とグロウ様の分身体と一緒ですけどね。
「護衛も無しに魔樹まで出る遭難必至の迷いの森を踏破するばかりでなく、破城魚まで仕留めてしまうとは、アリソン殿は本当に下級神官なのですか?」
ま、まあ、ガイア様とグロウ様に道を造ってもらったとは、とても言えませんよね。
それにしてもこのギルマスは、アマハヴァーラ教の内部事情に大分詳しそうですね。
「ユッカの地は環境が改善しましたので、魔樹は出なくなりましたよ。それに迷いの森には道が出来ていましたので、そこを通ってきました」
嘘は言っていませんよ。
だけど、私の言葉にギルマスと受付嬢も驚いていた。
「え、え、ユッカの環境が改善?」
「ええぇ~、ユッカで何があったのですかぁ?」
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