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神獣の調力師  作者: サンショウオ
第3章 モステラ
53/61

53 追い詰められた町1

 

 軍馬にまたがったアランサバル伯爵軍の隊長カルドナは、ドライウォール沿いに剣と盾を持って並び、ノームの中から突然現れる魔魚に警戒する部下達の姿をじっと見つめていた。


 普段なら魔魚がノームの中から飛び出してくることは無いのだが、時折ノームの圧力が高まると、その中に居る魔魚がより攻撃的になってドライウォールを突き破って町に侵入してこようとするのだ。


 今日はそんなノームの圧力が、今までとは比べ物にならないくらい高まっているのだ。


 ドライウォールが設置された時は、これで自分達の生存権は守られると誰もが思っていたのだが、今日はそんな安心感は全くなく、ノームに飲み込まれるのではないかという不安が高まっていた。


 ドライウォールが万能だと慢心していた他の町は、今ではノームの中でその残骸を晒していた。


 レアムバルの町は他の町とは違いきちんと備えていたおかげで、今でも存続することが出来ていた。


 カルドナは真っ白に濁ったノームの中から黒い影が現れると、部下達に号令を下した。


「魔魚は出て来るぞ。気を張れ」


 ドライウォールに沿って配置に着いた兵達が手に持った剣を構えると、ノームの中から槍魚が鋭い槍のような頭を突き出してきた。


 槍魚に狙われた領兵がかろうじて盾で防ぐと、直ぐに両隣を守っていた領兵が剣を突き立てた。


 剣が突き刺さった槍魚は直ぐにノームの中に消えて行ったが、1人の領兵が悲鳴を上げて後ろ向きで倒れた。


 何があったのかと注意を向けると、倒れた領兵の傍に複数の触手のようなものが伸びていた。


 仲間がやられた事で防衛線に隙が出来たのを見て、カルドナは直ぐに命令を叫んだ。


「防衛線の穴を埋めろ。浮遊魚の触手に触れるな。触ったら麻痺毒を撃ち込まれるぞ」

「「「はっ」」」


 そして後ろを振り返ると、そこに待機していた商業ギルドの職員に頷いた。


「浮遊魚の麻痺毒にやられたようだ。解毒を頼む」

「分かりました。ですが、ポーションが不足しています」

「だが、この町に神官は居ないぞ。今ある物でなんとかやりくりしてくれ」


 無理な事を言っている自覚はあるが、他に方法が無いのだ。


 カルドナは目の前の白く濁ったノームを睨むと、ドライウォールを押し込むように一部が盛り上がってきた。


「おいディマス、そこ、ノームが溢れてきているぞ。盾で押し戻せ」

「は、はい」


 ノームの圧力が高まると、ドライウォールの弱くなった場所からノームが入り込んで来るので、常に警戒が必要だった。


 本当なら領主館に設置してあるドライウォールの出力を上げればいいのだが、それが出来ないという事はこれ以上強くは出来ないのだろう。


 それだけノームの圧力が高まっているという証拠だった。


 最前線の部下達は、交代も出来ず先ほどからずっと戦っていた。


「隊長、援軍はまだでしょうか?」


 疲労が色濃く顔に現れた兵士が弱音を吐いてくるが、町全体でノームの圧力が高まっている状況では既に領軍は全部出払っている筈で、手が回らない部分は民間人の志願兵が対応しているがあまり期待は出来なかった。


 この段階では援軍は望めないだろう。


「もうしばらく踏ん張ってくれ」


 懸命に町を守って戦っている領兵達には、希望になるような言葉をかけてやりたいのだが、それが言えない事がくやしかった。


 くそっ、この状況は何時まで続くんだ?


 カルドナは後ろに見える領主館に目をやった。


「連絡兵、負傷者が多すぎる。伯爵様に増援が必要だと伝えて来るのだ」

「はっ」


 連絡兵は一礼すると直ぐに馬にまたがって駆け出していった。


 +++++


 カルドナ達が最前線でノームの勢いを防いでいるところでドライウォールを管理している領主館では、領主のエリアス・アランサバル伯爵が頭を抱えていた。


 ドライウォールに対する魔魚の攻撃が激しくなっているという報告を受けると、直ぐに館の中に設置してあるドライウォール発生装置の元にやって来ていた。


 そして装置の管理をしているオルティスに話しかけた。


「オルティス、ドライウォールの出力はもう上げられないのか?」

「伯爵様、既に最大出力になっております。これ以上の出力が必要なら装置を増やすしか方法がありません」


 エリアスは、その言葉に返す言葉が無かった。


 話が違うのではないか?


 ドライウォールの動力源として疑神石を使えば、出力が飛躍的に向上するので装置を複数設置する必要は無いと言っていなかったか?


 それがどうだ?


 ノームの勢いが更に強まっているではないか。


 そもそもあの疑神石を購入するのだって、どれだけ無理をしたと思っているんだ。


 ノームがモステラの大地に上陸して以来、多くの町がその対抗策としてドライウォールを導入していった。


 そのため装置が品薄になり必要数を確保できなかったところで、あの男が疑神石の営業にやって来たのだ。


 エリアスは疑神石の営業にやって来たあの自信に満ちたふやけ面を、思いっきり殴り飛ばしてやりたい衝動にかられていた。


 我がアランサバル伯爵領は、領民を領都レアムバルに集めドライウォールによって空気の壁を作ると、壁を突き破ろうとする魔魚対策として領兵の巡回を増やし、魔魚を狩る漁師達を増やして対抗していた。


 この漁師達はドライウォールに干渉してくる魔魚を狩ってくれるので、町の防衛と同時に食料を得てくれるので、とても頼りになる者達だった。


 エリアスは積極的にこの漁師達を増やすことで、町の防衛と食料問題を解決してきたのだ。


 その点ではレアムバルは勝組の町だったはずなのだ。


 だというのに、今はノームの圧力により破滅の縁に立たされていた。


 そんな時廊下を駆ける足音が響くと、突然扉が開かれた。


「伯爵様、ノームの勢いが強く領軍も奮戦しておりますが、負傷者が増えてそろそろ限界になりそうです」


 エリアスは今朝の打ち合わせで将軍が言っていた言葉を思い出していた。


 確か、日々の戦闘による損耗が激しく、今動かせる将兵は全て出していると言っていたな。


「援軍は無理だ。商業ギルドにポーション類を全部出すように要請を出せ」

「はい、分かりました」

「あ、それと動ける漁師には防衛にあたるように命じるのだ」

「確認してみます」


 連絡兵が出て行くと、エリアスはオルティスを見た。


「住民の避難は可能なのか?」

「保有している携帯型ドライウォールの数が全く足りません。現状で避難の情報が洩れたら、生き残りをかけた暴動が発生するでしょう」


 住民の避難は無理か。仕方が無いな。


「私は領民を見捨てた臆病者と呼ばれるな」

「やむを得ないでしょう」


 我が栄光あるレアムバルの町も、ノームに飲み込まれたその他大勢の町と同じ運命をたどる事になるのか。


 エリアスはぐっと奥歯をかみしめると、有能な家令に目をやった。


「妻と娘を避難させる手配をするのだ」

「はい、畏まりました」

「其方は、護衛として同伴してくれ」

「分かりました」


 そう言った途端、家令との間で無言の時間が流れた。


 すまぬな。私は最後までこの町の防衛に責任を持たなければならぬのだ。


 +++++


 レアムバルの町にある商業ギルドでは、ギルドマスターのデスタバン・ヒスベルトが突然入って来たアランサバル伯爵軍の兵士の姿を見て一瞬固まった。


 兵士はデスタバンの顔を見ると直ぐに駆け寄ってきた。


「ギルドマスター、伯爵様からの要請です。町の防衛のため、手持ちのポーションを全て出して頂きたい。代金は今回の騒動が終わった後でお願いする」


 兵士の顔色を見れば、この町が他の町同様ノームに飲み込まれようとしている事が分かってしまった。


 そして提供したポーションの代金は恐らくは回収できないだろう。


 それでも一縷の望みをつなぐには、ここは協力するしか方法は無かった。


「分かりました。在庫を全て出しましょう」

「助かる」


 デスタバンは数名の職員に指示を出すと、倉庫の鍵を開け、在庫のポーションを全て荷馬車に載せて行った。


「ギルマス、これを何処に運ぶのですか?」

「ドライウォールに沿って1周回ってくるのだ。そこで過不足なく配るのだ」

「分かりました」


 デスタバンはギルドの荷馬車を見送ると、ギルド内の自室に向かった。


 そして扉を閉め棚に飾られた思い出の品を順に手に取ると、最後の時までのわずかな時間、自分だけの世界に浸るのだった。


 +++++


 ドライウォールの前で魔魚の攻撃を防いでいるカルドナの元に、連絡兵がギルドの荷馬車を従えてやって来た。


「隊長、伯爵様から増援は無理とのことですが、商業ギルドから在庫のポーションを出してもらいました」


 それを聞いて、少なくとも負傷兵を再び前線に出せることは朗報だと思う事にした。


 直ぐに負傷兵にポーションを使って怪我と解毒をすると、直ぐに最前線に送り出した。


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