52 広まる不満
マーメイド族の戦士長スタークは、族長アダーシェに聖なる島に居る魔魚の駆除について相談していた。
あの島には地底湖があり、その中心地にある陸地はマーメイド族の神聖なる場所とされ、そこにお供え物をして豊漁を祈願していた。
そこには海底洞窟から泳いで入るのだが、そこに魔蛇が住み着き、洞窟内の隙間から不意打ちで現れては聖なる場所に行こうとするマーメイド達に襲い掛かり、その長い体を巻き付け締め上げ窒息させようとするのだ。
「族長、今日カンカ殿が人間との取引で武器を手に入れて来るのだろう。それを使って洞窟内の魔魚を駆除したいと思っている」
「あそこに居る魔蛇は固い鱗を持っているが、勝てるのかい?」
「ああ、なんでも錬金術師が錬成したナイフを取り寄せてくれたようだ。それがあれば魔蛇の鱗でも大丈夫だろう」
自信満々にスタークが言い切ると、族長も頷いてくれた。
そんな時、大慌てでやって来た者がいた。
それはカンカ殿の護衛として人間との取引についていった者だった。
「た、大変だ。カンカ様が捕まった」
「捕まった? 一体誰に?」
まさかあの魔蛇が他の場所にも出たのか?
それなら急いで助けに行かないと絞殺されてしまう。
「人間共だ。あいつら最初から取引するつもりが無かったんだ」
え、あいつら海中草が必要じゃなかったのか?
まさか、人質を取って我々から永遠に搾取するつもりなのか?
「族長、どうする? 奪還するなら人数を集めるぞ」
スタークが方針を尋ねると、族長のアダーシェは首を横に振った。
「まあ、そう熱くなるな。まずは、海中草の取引を盾に引き渡しを要求する使者を出すのだ。奪還を考えるのはカンカの居場所を特定してからじゃ」
「分かった。直ぐに手配しよう」
スタークは使者を送ると同時に奪還になる事を想定して戦士を集める事にした。
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沿岸都市ロエルの商業ギルドでは、ギルドマスターのアロンドラ・ベルティは「はぁ」とため息をついた。
それを耳にした受付嬢が、上司をおもんぱかって声をかけた。
「ギルマス、そんなに思いつめなくても、そもそも原因を作ったのはあのくっそ忌々しいアマハヴァーラ教の奴らなんですから」
あの日、アマハヴァーラ教の武装集団が取引相手であるマーメイド族を襲撃してカンカ嬢を攫って行ってから、直ぐにギルドはこの件に関わっていない事を声明として出しながら、ロエルと王都ダルチェにあるアマハヴァーラ教の神殿に対して今回の暴挙に関する抗議とカンカ嬢の返還を求める書状を送付したのだ。
だが神殿側の反応は、まるでこちらを小馬鹿にするかのような沈黙だった。
そんな状況の中、マーメイド達からはカンカ嬢の返還要求が付きつけられ、それが無いのなら取引はしないと断交宣言までされてしまったのだ。
焦ったアロンドラはモステラ王家にも陳情を行ったが、こちらも反応が思わしくなかった。
そのような状況でも漁師達は食料調達のためノームの中にいる魔魚を狩らなければならず、浮遊魚の毒に当てられる被害者が発生してしまうのだ。
浮遊魚の神経毒の毒消し需要は高まる一方なのに、材料となる海中草は手に入らない。
毒消しの在庫が減っていくのに反比例して、漁師達の不安は高まっていった。
この期に及んでようやく神殿側が毒の治療を始めたが、その治療費の高さが不満を高めていった。
「くそったれの神官共は自分達で原因を作っておきながら、治療に高額な心付けを求めやがる」
「ああ、なにが治療費はお気持ちだよ。明らかに貧乏人は無視してやがる」
モステラの民の間では、アマハヴァーラ教や何も手を打たない王家に対する不満が燻り続けていた。
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モステラの王都ダルチェの王城では、国王のエフライン・バスクアルが窓の外に広がるドライウォールの壁を見つめていた。
初めてノームが現れた時はあの靄の意味が分からなかったが、その靄が拡大して海を覆いつくすと、漁で靄の中に入った船が行方不明になる事件が起きるようになった。
やがてその靄の中には魔物が居る事が知られるようになると、その靄をノームと名付け、これ以上の拡大を抑えようと国内の錬金術師達を総動員してドライウォールというマジック・アイテムを開発させたのだ。
ドライウォールは、技術開発部が開発した空気の壁を発生させる装置で、動力源には魔法石を使っていたが、消費魔力量が大きく直ぐに空になるのが欠点だった。
何とか安定的なエネルギー源を探していると、何処で聞きつけたのか、とある商人が疑神石という物を売り込みにやって来た。
疑神石が発するエネルギーはすさまじく、ドライウォールを安定して発生させることが可能となったのだ。
だが・・・。
後ろで「コホン」という咳払いで振り返ると、そこには困り顔の宰相ライムンド・エランが立っていた。
「陛下、今年に入り既に3つの町がノームに飲み込まれました」
「何故だ。町を整理統合してドライウォールを設置しているのではなかったのか?」
バスクアルがそう下問すると、宰相は渋い顔になった。
「はい、そこまでは良かったのです。その後、ドライウォールを使って人間の生活圏を広げようとしましたが、するとどういう訳かノームが強力になったのです。そのため、逆に町が飲み込まれるという事態が発生しております」
バスクアルは頭を抱えた。
ドライウォールに使う疑神石も安くは無いのだぞ。
「初めて現れたノームの靄を、先々代は何故放置したのだろうな」
それはもう只の愚痴でしかなかったが、宰相は当時の事を伝え聞いていたのか、バスクアルの愚痴に付き合っていた。
「当時は、ただの靄だから直ぐに消えるだろうと皆が思っていたようです。その後、これは拙いと本格的に調査を始めたようですが、結果は御覧のとおりですな」
まあ、直ぐに調査をしたとしても原因が分からないのだから、対処のしようもなかっただろうがな。
それにしても宰相のやつ、まるで他人事のように言うではないか。
「陛下、ロエルの都市長エクトル・サラビアから陳情書が上がってきております」
あそこは王家直轄の沿岸都市だったか。
「なんでも、商業ギルドマスターのアロンドラ・ベルティから取引相手のマーメイド族をアマハヴァーラ教の無頼漢共が捕まえたようです。マーメイド族は今では手に入れられない浮遊魚の毒消しを提供してくれているので、アマハヴァーラ教の連中に返還を要求してほしいとのことです」
マーメイド族?
「その毒消しは他の手段では手に入れられないのか?」
「毒消しは海中草から抽出するのですが、今となってはマーメイド族に頼るしか入手する手段が無いようです。ああ、それと甲殻類も取引しているようです」
「ほう、そうなのか」
バスクアルがそう言うと、宰相は何故か眉間を摘まんでいた。
「ノームのせいで甲殻類の漁が出来なくなっています。このままだと陛下の食卓に好物の甲殻類が出なくなりますよ」
なに、それは拙いではないか。
「私の名前で神殿に申し入れをしても、あいつら聞きもしないだろう?」
「ええ、全くその通りだと思いますが、何もしないとあいつらはますますつけあがりますよ」
「確かにそうだな。良し、いっその事かなり強い口調で非難してやろう」
「それがよろしいかと思います」
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王都ダルチェにある神殿では、神殿長のシーロ・ソルがモステラ王家からの書面を睨みつけていた。
「神殿長、どうなさりましたか?」
シーロは自分の補佐官であるゴドフレド・ジャマスの顔を見上げた。
「神殿が捕らえたマーメイド族を即刻解放せよと言ってきたのだ」
それを聞いた補佐官もため息をついた。
「そんな事をするのはアンスリウムの強制懲罰部隊くらいでしょう。あの連中はモステラで何をしているのでしょうか?」
「形式的な挨拶に来た部隊長は、モステラの問題は亜人を退治すれば解決するとか言っていたからな。あの調子では、解放するつもりなんか全く無いだろうな」
「では、どうするのですか?」
シーロは補佐官のその言葉に深いため息をついた。
「強制懲罰部隊に命令できるのは大神官様だけなのだ。我々が口を差しはさむ余地はない」
「それではモステラ王家からの要請は無視、ですか?」
「止むを得まい。我々は何も出来ないのだ」
私がアンスリウム出身者なら、少しくらいは強制懲罰部隊も話を聞いてくれるかもしれないが、悲しいかなシーロはモステラ出身者だった。
シーロは深いため息をついた。
「こんな時、アンスリウムから誰か神官がやってこないかなぁ」
「この劣悪な環境の地に、それは無理なんじゃないですか」
神殿長とその補佐官は互いに深いため息をついた。




